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中国ドラマ規制リスト:学園ドラマも刑事ドラマも禁止!

ニューズウィーク日本版 2016年3月14日 20時46分

「中国で衛星放送のNHKを見ていたら、政治問題に関するニュースが流れるやいなや画面が真っ黒になってしまった」

 日本でもたびたび報じられている中国の検閲だ。だが検閲がカバーする範囲はなにも政治問題にとどまらない。このことを象徴しているのが昨年末に通達された「ドラマコンテンツ制作通則」だ。業界団体の自主規制ガイドラインだが、実際には政府の意向をくみ取った指針と言える。

「通則」には「若者の恋愛ドラマは禁止」「捜査手順の詳細がわかるような刑事ドラマも禁止」「輪廻転生するSFも禁止」「不倫ドラマもダメ」といった厳しすぎる規制が明示されていた。

【参考記事】海賊版天国だった中国が『孤独のグルメ』をリメイクするまで

未成年の恋愛から輪廻転生まで

「通則」第5条には具体的な禁止項目が列挙されている。目につく項目を取り上げつつ、もし日本に適用されたらどのようなドラマが作れなくなるかを考えてみたい。

「人民解放軍、武装警察、国家安全保障部、公安部、司法関係者など特定の職業、グループ、社会組織、団体の公共イメージを損なうもの」

→ 腐敗した警察組織と戦う刑事物もダメなら、怪獣に軍隊が蹴散らされるようなSFも禁止となる。

「社会問題を過大に喧伝し、社会の暗い側面を過剰に表現するもの」

→ 社会派ドラマがほぼ壊滅。

「反面的役割を主要な表現対象とすること、または反動的、落伍、邪悪、違法な社会勢力・組織と人物の伝記や功績を取り上げ、そのプラスの側面を表現すること」

→ マフィア物が壊滅するだけではなく、前近代の地主だったり宗教家に関するドラマも危ない。

「中国の歴史上の封建王朝の対外的武力征服を宣伝すること」

→ 中国では清朝を舞台としたドラマが多いがほとんどは宮廷劇。戦争や遠征について描くことは厳しそうだ。

「中国の実情と異なる、現実生活には例がないような、豪華な暮らしを大々的に取り上げること」

→ セレブを主人公とすることが困難に。

「憑依、輪廻転生、魔術などの封建迷信思想を喧伝すること」

→ 伝奇物ドラマの制作は難しそう。

「愚昧、邪悪、怪異などの封建文化の悪習を喧伝すること」

→ 『世にも奇妙な物語』のような怪異譚はご法度に。

「捜査手段、捜査の詳細について暴露し、犯罪者の対策に役立つもの」

→ 日本で人気の鑑識ドラマはアウト。

「奇怪・怪異な犯罪事件を取り扱うこと」

→ 名作ドラマ『八つ墓村』は中国では作れない。

「アブノーマルな性関係や性行為、すなわち近親相姦や同性愛、性的変態、性的暴行、正虐待を表現すること」

→ 同性愛を性的暴行や正虐待と同列に扱っているという大変問題のある条項。

「不健康な恋愛と婚姻状態を表現、喧伝すること。不倫、ワンナイトラブ、フリーセックスなど」

→ 昼ドラは完全に無理。

「未成年の恋愛、喫煙や飲酒、けんかなどの不良行為を表現すること」

→ 未成年の恋愛ドラマは作れないということで、いわゆる学園ドラマの大半が作れないことに。

建て前としての抗日戦争ドラマ

「通則」の一部を紹介してきたが、これでもごく一部にすぎない。これほどがんじがらめの規制があると、逆にどのようなドラマならば作れるのかわからなくなるほどだ。実際、中国のドラマ制作者たちは、規制とのいたちごっこに苦しみながら新ジャンルを開拓してきた。

 この経緯は2013年3月7日付「南方週末」紙の記事「"抗日"というビジネス "横店抗日根拠地"はいかにして開拓されたか?」に詳しい。2002年頃には裁判ドラマがヒットしたが規制され、2005年にはタイムスリップ時代劇がヒットしては規制され、2006年にはスパイドラマがヒット、そして規制......という流れをたどってきた。上述の山盛りの禁止事項は、いたちごっこによって積み重ねられてきたものとも言えるだろう。

 そして2000年代後半から一世を風靡したのが"傍流"抗日戦争ドラマだ。中国共産党お墨付きの正しいプロパガンダ作品は中国語で「主旋律」と呼ばれている。そこから外れた娯楽性の高い抗日戦争ドラマが人気となった。中国共産党が大活躍する抗日戦争ドラマならば、「愛国精神を高揚させるための作品であり、下世話な代物ではございません」という建て前をつけられるという発想だ。

【参考記事】ブルース・ウィリスが「抗日」映画に

 かくしてドラマ『抗日奇侠』では、素手で日本兵を引き裂くカンフーアクションや美女をSM風に縛り上げる拷問シーンが登場。台湾アイドルが主演を勤めた『向着砲火前進』は、ミッション・インポッシブル的なアクションに仕上がった。スパイとして日本軍高官に接触するという筋立てでセレブの社交界を描いた『雅典娜女神』という作品もある。


『抗日奇侠』


 南方週末の記事タイトルで触れられている横店映画城は、中国を代表する撮影スタジオだが、抗日戦争ドラマブームの時には同時に50作ものドラマが撮影されていたという。死亡した日本兵エキストラの数は累計10億人という笑えないジョークもあるほどだ。

 楽しい作品が大量生産された"傍流"抗日戦争ドラマだが、これも2013年頃には「正しい歴史を描いていない抗日雷劇(トンデモ抗日戦争ドラマ)だ」との批判が高まり、規制されるようになった。横店映画城も清朝の離宮「円明園」を復元したスタジオを作り、宮廷劇の撮影をメインとするようになっている。

 なぜ中国共産党はここまでドラマの内容に口をはさむのだろうか。端的に言ってしまえば、中国の政府は家父長的存在であり、親として子どもである国民のありとあらゆる面に介入しようとするからである。中国も立派な世界の大国に成長した以上、そろそろ子離れの時期ではないかと思うのだが。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。


高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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