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アップルも撃沈させた中国一恐ろしいテレビ特番、今年の被害者は?

ニューズウィーク日本版 2016年3月17日 18時15分

 2016年3月15日、中国でもっとも"面白く"かつ"恐ろしい"テレビ番組が放送された。『315晩会』だ。中国の庶民はこの番組を見て昏(くら)い喜びにひたり、中国企業も日本企業も恐れおののく。『315晩会』とは、一体どんな番組なのだろうか。

「遠山の金さん」的であり、超速攻で謝罪するしかない

 毎年3月15日は「世界消費者権利デー」に指定されている。米国のケネディ大統領が1962年に「消費者の権利」を提示したことにちなんで、国際消費者機構が1983年に制定した記念日だ。中国では1991年から中国中央電視台(CCTV)が『315晩会』という特別番組を放送している。

 なぜ、もっとも"面白く"かつ"恐ろしい"番組なのか。放送時間は3時間程度だが、この間に、記者が隠しカメラで撮影した悪事が次々と放送され、企業の不正が暴かれていく。近年ではアップル、フォルクスワーゲン、ニコンなどの外資系企業も槍玉に挙げられている。

 企業担当者の謝罪する姿が流されることもあれば、放送中にSNSで企業から謝罪声明が公開されることもある。「遠山の金さん」的とでも言うのだろうか、普段威張りくさっている大企業が「恐れ入りました」と土下座する姿が庶民に昏い喜びを与えているのだ。

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 その"面白さ"の一方で、メディアの暴力という"恐ろしさ"も感じずにはいられない。政府部局から指導や修正要求があった場合には、対応する時間もあれば話し合いをすることもできるが、『315晩会』に取り上げられたからには一切の抗弁は許されない。ただただ謝罪する以外の選択肢はないのだ。企業にとってはたまったものではない。

 しかもCCTVといえば官制メディアであり、その報道内容は中国共産党の意を色濃く受けているとあっては、通常のメディアスクラム以上の恐ろしさを備えている。後述するが、『315晩会』に逆らえば中国官制メディアが一丸となって潰しにかかってくる。

 企業にとっては恐怖の一日となるだけに、『315晩会』対策のセミナーやマニュアルも多数存在する。日本企業向けのセミナーも少なくない。それらの多くでは「番組に取り上げられたら、言い訳しないで超速攻で謝罪しましょう」と指導されている。

 ちなみに、CCTVに直接話をつけて『315晩会』のターゲットから外してもらうことができると話すコンサルタントも存在する。果たして本当にそんなことが可能かどうかはわからないが、かつて『315晩会』の責任者であったCCTV財経チャンネルトップの郭振璽氏が2014年に収賄容疑で逮捕されているという事実はある。ただし『315晩会』がらみだったかどうかは明かされていない。

謝罪の優等生はマクドナルド、失敗例はアップル

 速攻謝罪の好例とされているのが、2012年『315晩会』でのマクドナルドの対応だ。「調理から一定時間が過ぎた商品は廃棄せよ」とマニュアルにはあるのに販売を続けている店舗があったという。たいしたネタではないが、マクドナルド中国は番組終了からわずか30分後にはSNSで謝罪声明を発表し、批判の拡大を防いだ。

 逆に失敗例とされているのが2013年『315晩会』でのアップル。中国の法律では不良品を交換した場合、交換日から1年間が新たな保証期間となる。極論を言うと、不良品を交換し続ければ無限に保証期間が延びてしまうことになる。そこでアップルは、中国以外の国では不具合があったiPhoneは交換で対応していたが、中国では裏カバーだけは元の製品のものを流用。「一部の部品を換えただけで、新たな商品に交換したわけではない」と主張していた。これが「中国人民だけが差別されている」と叩かれたのだ。

 アップルの対応だが、番組放送から1週間後に声明を発表し、事情を説明した。中国人を差別しているわけではないと理解を求めた声明だったが、謝罪をしなかったとして中国メディアの批判が殺到。中国共産党の機関紙・人民日報が「アップルの"比類なき"傲慢を叩け」とのタイトルで批判キャンペーンをはる騒ぎにまで拡大し、謝罪に追い込まれた。

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2016年のターゲットは中国IT企業だった

 さて、今年の『315晩会』ではどのような企業が血祭りに上げられたのか。意外なことに、外資系企業の被害はゼロだった。変わってメインターゲットとなったのが中国IT企業だ。

 外食宅配サービスの「餓了麼」は、サイト上では清潔な店舗写真が掲載されているのに、実際にはド汚い厨房で料理が作られていたという詐欺で槍玉にあげられた。中古車販売マッチングサイトの「車易拍」は、売り手と買い手に提示される金額が異なっており、その差額を利益にしているにもかかわらず、さらに手数料を取っていることが不当行為だと糾弾された。

 一番面白かったのは「ネットショップやレストラン・クチコミサイトの高評価は金で買える」というネタだろうか。いかにもよくありそうな話ではあるが、その規模がすさまじい。記者が潜入取材した組織だけで参加者は1万人超。業界全体では数十万人がサクラとして働き、ニセの評価をつけまくっているという。スマホさえあれば誰でも簡単にできる、ちょっとしたバイトとして定着しているようだ。

 また、3月15日にはCCTV以外のメディアも悪徳企業の暴露記事を出しているが、出色だったのは北京市・新京報のニセiPhone記事だ。中国ではiPhoneそっくりのAndroid携帯が出回っているというのは有名な話だが、今回取り上げられたのはれっきとしたiOSデバイス。ホンモノのiPhone 6の基板を使い、さまざまなパーツと組み合わせてiPhone 6sのニセモノを作っているのだとか。

 広東省深圳市の闇工房で量産されているようだが、効きが悪いとはいえ3D Touchまで再現されているとのことで、その技術力(?)には驚くしかない。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。


高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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