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アメリカの無関心がヨーロッパに戦火を招く

ニューズウィーク日本版 2016年3月18日 19時9分

 今年2月に開催されたミュンヘン安全保障会議でとりわけ目立ったのは、欧州の安全保障問題からアメリカが手を引こうとする動きだった。NATO(北大西洋条約機構)へ軍を派遣する以外にアメリカが関与する様子はほとんど見られず、各国リーダーたちの間でもアメリカを抜きにした発言が多かった。

 アメリカ政府が優先しているのは明らかにシリア情勢であって、欧州ではなかった。

 この動きは、欧米の同盟におけるアメリカのリーダーシップが低下しているという憶測が正しいことを示唆している。また、現在のオバマ政権は欧州のことをあまり気にかけていないという、欧州外交筋や専門家の観測も当たっているようだ。欧州の安全保障におけるリーダーシップの不在は、欧州が抱える不安を増幅させている。近年にない危機的状況の中で欧州は、舵さえ失おうとしている。

 アメリカ政府は、欧州から徐々に遠ざかりつつ、欧州外交政策のほとんどを、意図的かつ明らかにドイツに丸投げしている。

 ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、ウクライナ危機と対ロシア制裁のときにはロシアに対して断固たる姿勢を見せたが、だからといってアメリカが手を引くのは戦略的に危険だ。ドイツの負担が増し、いずれその重みに耐えられなくなり、危険な誘惑に屈服してしまう可能性がある。アメリカが欧州離れを進めれば、ドイツはEUの政策や規律に背いて、あるいは破壊して、ロシアに近づこうとするかもしれない。

【参考記事】ドイツとロシアの恋の行方

 よく知られていることだが、ドイツの経済界では、ロシアとの通商取引とそれに伴う政治的な結びつきを死守するべき、という意見が強い。それによりロシア側に変化が生まれるという誤った思い込みからだ。

 もっと露骨に儲けを追求しようとする動機も、ドイツの外交政策のなかで大きな役割を果たしている。それはロシア市場が魅力的だからではない――いずれにせよ、経済制裁と原油価格の下落で消失しつつある。儲けにはもっと「黒い」側面がある。ドイツ経済界とロシアの結びつきが生んだもっとも顕著な結末のひとつが、ドイツ銀行などドイツ大手企業が絡んだ腐敗やスキャンダルの急増だ。

EUを犠牲にする「ドイツの背徳」

 そして、EUの犠牲の上にロシアに恩恵をもたらす「ドイツの背徳行為」の最たる例が、ロシアから直接ドイツに天然ガスを送るパイプライン「ノルド・ストリーム2」の建設計画だ。

 ノルド・ストリーム2の建設は、ロシアの天然ガスへの依存度を減らそうという欧州委員会の方針に反している。この新しいパイプラインは、採算も合わず戦略的にも問題だ。

 ノルド・ストリーム2はウクライナを経由しないので、親欧派のウクライナには20億~30億ドルに上るきわめて貴重なパイプライン通過料が入らなくなる。それに、欧州の天然ガス貯蔵施設は現在、全体の25~30%しか使われていない。パイプラインの建設は、とう見ても合理的ではない。

 ノルド・ストリーム2が完成すれば、これまでウクライナ経由で天然ガスを買っていた東欧諸国やバルト三国に対するロシアの支配確立を、ドイツは手助けできる。

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EU弱体化で独ロの利害が一致?

 つまりこれは、EUの方針とドイツならびにその同盟国の戦略的利害に反するだけでなく、意図的にEUを回避し、弱体化させようとする計画だ。

 ドイツ副首相を務めるドイツ社会民主党(SPD)のジグマール・ガブリエルは、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領に対して、ノルド・ストリーム2の建設は欧州委員会を通さずに進めるので、独ロ二国間の取引になると率直に語った。統一されたEUをバラバラに引き裂き、独ロの協力関係を築くことを目標とするプーチンには、ガブリエル副首相の発言は耳に心地よく響いただろう。

 メルケルは、ロシアの軍事的な脅威を前に、国防費の増額を唱え、毅然とした態度で制裁に同意する一方で、ノルド・ストリーム2は純粋なビジネスであって政治とは関係ないと述べている。

 しかし、経済合理性に反したこのような取引が純粋なビジネスであるはずはない。多くのドイツ人にとってこれは、東欧とユーラシアに独ロ両国が築こうとしている巨大な経済関係の基盤となるものだ。そしてこの独ロ関係は否応なく、EUおよび欧州の統合を弱体化させる。

【参考記事】ナチスをめぐるロシアとドイツの歴史問題

 イタリアは独ロ間のパイプライン拡充計画に反発した。ただしこの反発は、独ロの取引から除け者にされたことに対する不満が原因だけだったことが後に明らかになった。プーチン大統領は現在、喜んでイタリアをこの取引に参加させようとしているようだ。イタリアが仲間入りすれば、イタリアならびに欧州全体に対するロシアの影響力が増し、欧州の団結にひびが入ることになるだろう。

 アメリカが欧州に一貫して関与せず、リーダーシップをドイツ政府に丸投げしていることで、ある懸念が湧き上がる。ドイツ政治がまた西と東の間でシーソーのように揺れ動く状態に戻るか、あるいはドイツとロシアの間に存在するすべての国々を犠牲にして、フランス、ドイツ、ロシアの3極を軸とした欧州が生まれるかだ。

 そうなれば、平和で自由な欧州への希望は消える。ロシアは欧州の統合、とりわけ民主主義国家の集合体を、地政学的に見て最大の脅威とみなしている。そしてロシアを統治するプーチンが目指すのは、帝国の建設だ。帝国は、昔からしばしば、戦争を生み出すものだ。

*筆者は、米国外交政策評議会の上級研究員
Stephen Blank is a Senior Fellow at the American Foreign Policy Council.

This article first appeared on the Atlantic Council site.

スティーブン・ブランク(米外交政策評議会上級研究員)

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