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香港・マカオ4泊5日、完全無料、ただし監禁――中国「爆買い」ツアーの闇

ニューズウィーク日本版 2016年3月24日 15時49分

 テレビや新聞でたびたび取り上げられる中国人の"爆買い"旅行。日本を楽しんでいる姿ばかりが話題になるが、実はブラックな旅行ビジネスが静かに広がりつつある。

旅行会社が現地ガイドに客を売りつける

「香港旅行でひどい目にあったのよ!」

 突然、怒声が飛び込んできた。天津市に住む中国人の友人からの電話だ。悪名高き無料の香港・マカオツアーに参加したら、ひどい目にあったのだという。

 4泊5日の日程だったが、初日に海洋公園とビクトリアハーバーでの夜景見物があったぐらいで、残る時間はほとんどすべて土産物屋に押し込まれていたとのこと。マカオでは、カジノを見物したいとガイドにお願いすると、土産物屋からの脱出料として1人あたり130元(約2300円)を徴収されたのだとか。宝飾品ショップ、高級時計ショップ、翡翠ショップ、チョコレート・ショップ、家電ショップを毎日毎日回り続ける4泊5日はまさに苦行としか言いようがない。

「タダより高いものはない」という言葉があるが、中国にはこの意味を実感できる機会がごろごろ転がっている。というのも、管理が行き届いた日本では限度を超えた「安かろう悪かろう」のサービスはあまり存在しないが、中国では下限が存在しないかのようだ。

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 その極致とも言えるのが無料の香港・マカオツアーだ。旅行費と宿泊費、そして朝食・昼食代が込みで無料(観光地の入場チケットは別料金のことが多い)というのだから恐ろしい。ちなみに数千円から2万円弱程度の料金を取る低価格ツアーもあるが、構造は無料ツアーと同じだ。

 無料でどうやって儲けるのか。まず旅行会社は、集めた客を香港の現地ガイドに売りつけて収入にする。面白いのは客の出発地によって値段が違うこと。大都市など金払いがいい地域の客は高く売れるのだという。

 現地ガイドは買い取った客を引き連れて、ぼったくりの土産物屋・免税店を巡回する。客の購入額に応じてキックバックをもらい、収入にするという仕組みだ。どのガイドが連れてきた客かを見分けるために、客は体にシールを貼らされていることが多い。ツアーごとに個室が用意され、えんえんと商品の説明を聞かされるというパターンもある。

「日本の旅行ツアーだって土産物屋めぐりは組み込まれている」「嫌ならば買わなければいいだけ」と思われるかもしれないが、中国はレベルが違う。現地ガイドは金を払って客を買っている以上、無理やりにでも"爆買い"させないかぎり赤字となってしまうのだ。

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罵倒に脅迫、そして殺人......中国式セールストーク

 冒頭の知人女性の体験だと、最初の土産物屋でガイドが激怒。個室にツアー客全員を集めて、えんえんと説教をし始めたという。「あなたたちが買い物をすれば30分で移動して観光に行ける。さもなくばずっとここにいてもらうことになる」と監禁宣言。ちなみに建物には通信機能抑止装置が設置されており、携帯電話は強制的に圏外に。助けを呼ぶこともできないのだ。細かいところまでよく考えられていると感心してしまった。

「それでもうちのガイドさんは温厚な男性だったので、そんなに怖くなかった」と知人女性。「他のツアーのガイドは女性でね。びっくりするような大声で"ふざけるな""いいかげんにしろ"と怒鳴りつけたり、猫なで声で説得してきたりとテクニックが豊富。たぶん、うちのガイドさんはすぐに廃業するんじゃないの」と話していた。

 実際、中国ガイドの売りつけテクニックは圧巻だ。私も香港ではないが、中国のツアー旅行に参加したことがあり、その圧倒的技術を目の当たりにした。時に優しく、時に罵倒し、時に脅迫してとありとあらゆる技を駆使している。

 中でも話題となったのが、2015年10月に香港・九龍地区の宝飾品店で起きた事件だ。買い物を拒んで店に入らなかった客にガイドが激怒。チンピラを呼んで殴る蹴るの暴行を加え、死亡するという惨事が起きている。香港当局及び旅行業界は改善を約束しているが、何も変わらぬまま今にいたっている。

 ここまで悪名が知れわたれば参加しなければいいのにと思うのだが、そこは13億人の中国。リピーターがいなくとも新たな客を開拓し続ければ食べていけてしまう。また有料ツアーにしても、ホテルのグレードが上がったり土産物屋にいる時間が少し短くなったりする程度で、本質的にはあまり変わらないというあきらめもあるという。それだけに、できれば個人旅行で外国に行きたいと考える人が多いが、価格や手間を考えて仕方なくツアーに申し込む人もいるという。

ブラック旅行ビジネスは水平展開され、日本にも上陸

 さて、こうしたえげつない中国の旅行ツアーはなにも香港・マカオだけではない。韓国や台湾でも、香港に近いレベルで「ブラック旅行インフラ」が整備されている。先日は「オーストラリアの土産物屋で働いていたんだけど質問ある?」というネット掲示板が話題となった。ぼったくり土産物屋でバイトした経験から、普通のお店の数倍という高額の料金で売りさばいていたことを告白する内容だ。

 また、日本にもそうした動きは広がっている。香港・マカオの成功事例を各地にコピーする、ブラックビジネスの水平展開だ。

 例えば上海から韓国・済州島、日本・福岡を回る4泊5日の客船旅行は2000元(約3万5000円)を切る低価格で提供されている。宿泊費、食事代込みだけにびっくりするほどリーズナブルだ。だが低価格旅行に「騙された」という中国人消費者の声はすでに相当数に増えており、中国メディアもぼったくり日本旅行について取り上げる機会が増えている。

【参考記事】日本企業が「爆売り」すれば、爆買いブームは終わらない

 低価格ツアーの客が連れ込まれる免税店は、「日本人立ち入り禁止」すなわち外国人ツアー客しか入れない。他の店と値段を見比べたりできない空間で、健康食品やら化粧品やら家電やらを大量に買わされることになる。

 いい買い物をしたと喜んでいる人もいる一方で、後になってから、購入した製品がまったく無名のブランドで本当に日本企業が製造したかどうかすらも分からないと憤っている人も多い。ネット掲示板やSNSを検索すると、怒りの書き込みがずらりと並ぶ。

 日本ならば騙されない、日本にはニセモノは売っていないはず――中国人が持つ日本ブランドをうまく利用してあこぎな商売をしているわけだ。こうしたツアーは客も外国人ならば、ぼったくり免税店の経営者やガイドも外国人ということで、日本人の目に触れる機会は少なく話題になっていない。日本当局の動きも鈍いようだ。

 しかし、あこぎな業者が利用し食いつぶしているのは日本のブランド価値なのだ。日本人が気づかないうちに、日本に対する信用がぼろぼろになっているということも十分考えられるのではないか。日本におけるブラック旅行ツアーのシステムが完成し、旅行客が殴り殺される事件が起きる前に、取り締まりが必要ではないだろうか。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。


高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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