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試作すらせずに、新商品の売れ行きを事前リサーチするには?

ニューズウィーク日本版 2016年3月25日 15時0分

「例えば、マクドナルドが『マックスパゲッティ』という新コンセプトの料理を売り出したいとしましょう。実際に商品開発をする前に、売れそうかどうかをテストするとしたら、いちばん簡単なのはどんな方法でしょうか?」

 会場から、次々に手が挙がる。「食べたいかを消費者に聞く」「スパゲッティをビッグマックに挟んでみる」「実際に作って試食してもらう」......。

 答え――メニューに「マックスパゲッティ」と記載する。ただそれだけ。会場の聴衆からは、その手があったかと、ため息が漏れる。試作する必要すらないのだ。この方法なら費用をかけることなく、注文しようとする客の数で、売れそうかどうかを事前にリサーチできる。

 これは、3月9日に東京・麹町のグロービス経営大学院で開かれた特別セミナーの一幕だ。スタンフォード大学の起業家育成のエキスパート、ティナ・シーリグ教授が新刊『スタンフォード大学 夢をかなえる集中講義』(高遠裕子訳、三ツ松新解説、CCCメディアハウス)のプロモーションで来日し、約240人の聴衆を前に熱弁を振るった。会場の反応もよく、まるで本場のTEDトークだった。

まさに「スタンフォード大学 集中講義」、シーリグはエネルギッシュに聴衆を巻き込み、時には笑いを誘いながら、本場のTEDトークさながらのプレゼンテーションを行った Photo: ATSUKO TOYAMA (CROSSOVER)

 セミナーは、すべて英語、通訳なし。おまけに外はあいにくの雨という平日の夜だったが、それでもこれだけ多くの人が駆けつけ、会場は熱気に満ちていた。2010年に日本で刊行されたシーリグの第1作『20歳のときに知っておきたかったこと』(高遠裕子訳、三ツ松新解説、CCCメディアハウス)は32万部のベストセラーになったが、知名度だけが理由ではないだろう。人気の秘密はどこにあるのか。

【参考記事】起業家育成のカリスマに学ぶ成功の極意

想像力・クリエイティビティ・イノベーション・起業家精神

 シーリグは概念図や具体例を用いて、新刊の中心テーマである「インベンション・サイクル」を丁寧に解説していった。インベンション・サイクルとは、ひらめきを形にするまでのサイクルのことで、「想像力」を起点に「クリエイティビティ」「イノベーション」を経て「起業家精神」を発揮するまでのプロセスだと、シーリグは言う。このサイクルに従えば、多くのチャンスに気づき、ユニークなアイデアを思いついて実行し、豊かな人生を描けるようになると彼女は主張する。

インベンション・サイクル(Invention Cycle)

「想像力にあふれ、クリエイティブであり、イノベーティブであり、起業家的であるためには何が必要か。私は長い間、研究を重ねてきました。そして膨大なリストを作りました。そこから『1つの行動、1つの姿勢』へと絞り込んだのです」と、シーリグは言った。

「想像力」「クリエイティビティ」「イノベーション」「起業家精神」の順に、それぞれ「1つの行動、1つの姿勢」をキーワードとして提示し、具体例を挙げて説明していくシーリグ。巧みなプレゼンテーションで聴衆を巻き込むのがうまいだけでなく、わかりやすい構成なので、頭に入ってきやすい。

 まずは想像力。キーワードは「Engage & Envision」である。すなわち、何かひとつのことにどっぷり浸かること、今あるものに代わるものを思い描くこと。

 ここでシーリグが例に出したのは、書籍でも取り上げているスコット・ハリソンのエピソードだった。すさんだ生活を送るナイトクラブのプロモーターだったが、心を入れ替え、世界の8億人に清潔な飲料水を届けようとNPOを立ち上げた男だ(参考記事:悪行をやり尽くした末、慈善活動家になった男の話)。

 次がクリエイティビティで、キーワードは「Motivate & Experiment」。やる気を高めることと、実験を繰り返しながら課題を解決しようとすることである。

 冒頭に挙げた「マックスパゲッティ」の話は、シーリグがクリエイティビティの例として出したものだ。投資する前にテストし、実際に製品を作るかどうか判断する手法を「プレトタイピング」と呼ぶらしいが、その一例として、聴衆にクイズを出したのである。要するに、プロトタイプの前の段階の実験であり、頭を柔らかく保つのにも役立つ方法だという。

 その後も、時には短い動画を流しながら、シーリグはイノベーション、起業家精神と順に説明していく。イノベーションのキーワードは「Focus & Reframe」(フォーカスすること、状況を捉え直してユニークな解決策を生み出すこと)で、起業家精神のキーワードは「Persist & Inspire」(粘り強く続けること、周りの人を巻き込むこと)だ。

 自分が受け持つスタンフォードのオンライン講座で、1つの課題に対して解決策を最低100個考えるよう受講生に要求したエピソードも披露した。10個ではなく、100個である。起業家として成功するには――あるいは、豊かな人生を切り拓くには――、そのぐらいReframeやPersistが必要ということだ(参考記事:「解決策を100個考えなさい」とティナ・シーリグは言った)。

「さあ、質問を100個ちょうだいね」と質疑応答へ

 起業家精神の説明が終わると、ちょうど予定時間1時間30分の半分を過ぎたところだった。シーリグはここで突如、話を止め、壇上のイスに腰掛ける。無理やりに終えた様子ではなく、最初からそのつもりだったようだ。

 理由は、質疑応答。全体の半分を質疑応答に充てるつもりらしい。シーリグはいつも質疑応答を重視するそうだが、今回、それだけの数の質問が聴衆から出てくるだろうか(もちろん質問も英語だ)。

「さあ、質問を100個ちょうだいね」と、シーリグが促す。

 心配は無用だった。1人、また1人と手が上がる。「日本の教育制度の中で育ってきた自分はクリエイティブではない。どうすればいいか?」といった質問や、「大きな組織ではインベンション・サイクルに邪魔が入ると思う。どうやって避ければいい?」といった質問。「どうすればもっと良い質問ができますか?」という"クリエイティブな"質問もあった。

 思いがこもっているがゆえに――あるいは拙い英語力ゆえか――、的を射ない質問も一部にあったが、シーリグはうまく意図をくみ取って答えを投げ返す。結局、途切れることなく16人が質問をして、後半の45分もあっという間に過ぎていった。

 シーリグは著書で一貫してこう主張している。クリエイティビティやイノベーションは、生まれつきの才能ではなく、誰もが身につけられるスキルだ――。「起業後進国」とも呼ばれる日本だからこそ、現状にもどかしさを感じ危機感を抱いている多くの人に、彼女のこうしたメッセージが響くのではないだろうか。

 少なくともこの日、東京で雨の夜に開催された「夢をかなえる集中講義」の受講生約240人は、そんな人たちだった。TEDトークのような会場の空気をつくり出していたのは、ティナ・シーリグだけでなく、聴衆たちでもあったのだ。

[登壇者]
ティナ・シーリグ Tina Seelig
スタンフォード大学医学大学院で神経科学の博士号を取得。現在、スタンフォード大学工学部教授およびスタンフォード・テクノロジー・ベンチャーズ・プログラム(STVP)のエグゼクティブ・ディレクター。米国立科学財団とSTVPが出資するエピセンター(イノベーション創出のための工学教育センター)のディレクターでもある。さらに、ハッソ・プラットナー・デザイン研究所(通称d.school)でアントレプレナーシップとイノベーションの講座を担当。工学教育での活動を評価され、2009年に権威あるゴードン賞を受賞。

《本誌ウェブ「スタンフォード大学 集中講義」記事一覧》


『スタンフォード大学 夢をかなえる集中講義』
 ティナ・シーリグ 著
 高遠裕子 訳
 三ツ松 新 解説
 CCCメディアハウス


ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

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