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衆参ダブル選挙を憲法改正に絡めるのは強引すぎる - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2016年3月25日 18時0分

 消費税の10%引き上げというのは国際公約であり、唐突に強行すると国債の格下げなど大きなリアクションを受ける可能性があるわけです。ですから、安倍政権としては、万が一先送りをするにしても、「サミットで根回し」した後に発表するという順序で行くのだろうと思っていました。

 ところが、ここ数週間の動きとしては、クルーグマンやスティグリッツといった「ノーベル賞受賞エコノミスト」を呼んで「消費税率アップ反対論」を述べてもらうなど、動きが急になっています。

 ちなみに、基本的に右派政権である安倍政権が、典型的な左派系の論客であるクルーグマンとスティグリッツの「ご託宣」を大事にしているのも妙なら、再分配による格差是正の主張を看板に掲げてきたこの2人が、「増税反対」を堂々と述べるという構図も「十分にねじれて」います。

【参考記事】税制論議をゆがめる安倍政権の「拝外」主義

 それはともかく、デフレ心理がここまで根深い中では増税は確かに難しくなっているのは事実だと思います。ですが、その「先送り」に関する民意を問うために「解散=ダブル選挙」を行うというのには、色々な問題があります。

 問題というのは、色々な要素が詰め込まれた選挙になりそうだということです。争点が複数あるのです。箇条書きにすると、次の4つの要素に分解ができます。

(a)税と社会保障の一体改革で取り決めたが、2014年12月の総選挙で「先送り」を決めた10%増税を、さらに先送りすることの是非を問う。

(b)現状は10%引き上げの環境ではないという判断に関して民意を問いつつ、成長率をプラスに戻す改革の具体案を選択する。

(c)野党が再編を進める中で、与野党のどちらに政権担当能力があるかを問う。

(d)ダブル選となれば、与党が圧勝することで「憲法改正発議のための3分の2」を満たす可能性がある中で、憲法改正への賛否を問う可能性がある。

 という4つが、現在の解散論議の中ではゴチャ混ぜになっているわけです。ちなみに、(a)と(b)は似ていますが、(a)は「ならば年金の将来不安解消など、先送りによる財源不足をどう埋めるのか」という問題の選択があり、(b)はプラス成長に戻すための施策を競うという問題ですから、切り分けた議論が必要と思います。

 問題は、このように重要な点が4つも盛り込まれていると、勝っても負けても「争点がハッキリしない」ことです。この点に関しては、2014年12月の選挙で十分に経験しているにもかかわらず、再度このようなことを繰り返すのでは、選挙後の政局運営が心配になってしまいます。

 具体的には、まず、この4つの争点のうち、そもそもの「解散の大義」となるべき(a)の「税率アップの先送り」に関して、与党は「先送り」を提案するわけですが、野党も「先送り」に関しては異議がないであろうことです。これは、2014年12月の総選挙でもそうだったのですが、与野党で選択が違うのであれば民意を問うことになりますが、野党が与党の提案に乗ってしまっているのであれば、民意として選択はできないわけです。

 選択肢がないにもかかわらず「増税の先送り」に関する民意を問うことが、選挙の「大義」になるのでしょうか? 有権者の側からしたら、与野党にバカにされたような感覚が否定できません。2014年12月の総選挙のムードが「白けていた」ことを考えると、その再現をするのは適切ではないと思います。

 さらに問題なのは(c)です。増税先送りに関しては選択ができない、成長戦略に関しては、与野党どちらも決定打に欠けるとなると、結局は「政権担当能力」ということが決め手になります。そうなると、今でもそうですが、特に2014年12月の時点では、民主党は世論の中で決定的な悪印象があったので、ほぼ自動的に自民党が勝利しました。今回も、現時点では、同じ展開が予想されます。

【参考記事】「予備選」が導入できない日本政治の残念な現状

 ところが、2014年の選挙の場合は、安保法制の賛否も同時に争点になっていました。ですが、有権者の多くには「政権担当能力」という点から、やや消極的ながら自民党政権を信任したが、安保法制に関してはさらに消極的だったという中での投票行動だった可能性があります。安保法制は、その後に反対運動が盛んになったわけですが、その際に「選挙の洗礼を受けている」という政権側の思い込みと、そんなつもりで投票したわけではないという世論の間のズレが賛否両論の騒動を大きくしたのではないでしょうか。

 仮に今回ダブル選になったとして、同じような構図、つまり「野党の低迷を前提」にして、「政権担当能力の比較」との「強制的なセットメニュー」として、改憲論議を絡めるというのは、強引すぎると思います。

 解散の大義名分となる「増税先送り」に関しては与野党が合意してしまって選択のしようがない、その一方で「政権担当能力」という点からはほとんど与党以外に選択肢がない、けれども、そこに改憲論議が「強制的なセットメニュー」としてついてくる、仮にそのようなダブル選となるとすれば、それは極めて異常です。

 かといって、参院選だけを単独で行うと「景気が悪いから与党にお灸をすえて反省させよう」的な投票行動が出て、政権が「続くけれども弱体化」し、結局は景気がさらに悪くなるという悪循環に陥る可能性もあります。安倍政権としては、2007年の単独参院選敗北の悪夢を再現したくないという強い動機があるかもしれません。

 ですが、仮に2007年の反省を教訓にするのであれば、あの時の敗北の要因としては「経済が下降気味で、格差の問題が出てきたのにイデオロギー論議に走った」ことが失敗であったわけです。

 そう考えると、今年の場合も、あくまで改憲論議は封印して、経済運営と政権運営に関する信任を問う「実務的な低姿勢」に徹することで、静かに参院選を乗り切る――これが安倍政権にとっては上策なのではないでしょうか。今回の参院選を強引にダブル選挙へ持ち込んで、そこに憲法論議まで絡めるというのは、どう考えてもトリッキーすぎるように思います。

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