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注目の大使人事に隠された官邸と外務省の見えざる攻防

ニューズウィーク日本版 2016年3月29日 16時0分

 近年、メディアでは霞が関において「官邸主導」の流れが固まってきたと言われている。

 外務省の大使人事も例外ではない。最近もスイス大使に本田悦朗内閣官房参与が任命され、中国大使に横井裕トルコ大使が横滑りするなどの報道があった。これは官邸主導の人事、あるいは中国との関係増進に真剣な証しなどの臆測がにぎやかだ。

 だがそれは「政治主導」「民間人登用」「外務省のチャイナスクールは中国に甘い」などの決まり文句をはめ込んだ議論だ。

「政治主導」など、日本の官僚はずっと以前から、少なくとも表面的には実行している。筆者も外務省で若い頃から、「役人は下ごしらえが仕事。花(と責任)は政治家に持たせる」と教わってきた。実際大きな問題になると、大臣や首脳同士が話した格好にしないと決まらない。

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 ことさら政治主導が騒がれるようになったのは、政権交代が起こるようになってからだ。そのたびに、「これまでの与党に従っていた役人は新しい与党の言うことを聞け」「自分たちの息の掛かった案件に予算を付けろ」「利権を回せ」という声が大きくなってきた。

 本来、三権分立である以上、国会と政府と司法は同権で、独裁者の出現を防ぐため互いに牽制あるいは協力し合う。ただ日本は、複雑な敬語の存在が示すように、同等の人間・組織同士の切磋琢磨というよりも権威主義、従属関係が前面に出やすい。政治主導というと政治家のほうが偉い、官僚は下僕だとなってしまう。政と官はもっと志を同じくする同輩、人間として協働し、批判し合ったらいい。

政権交代でマイナスにも

 政治家や民間人の大使任命もいいが、数カ国語を操り、外国でも日本でも説得力を発揮する外交官がいるのなら、活用せねばもったいなかろう。散々予算を使い、長い期間をかけて育ててきたのだから。確かに首相官邸の声掛かりで任命された大使は、首相とのコミュニケーションは取りやすいだろう。しかし、その首相が代われば、それまでのプラスはマイナスになる。

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 本田氏の大使任命はアベノミクスの旗振り役に対する論功行賞的な意味を持つのだろうが、論功行賞に大使のポストを使うのは慎重であるべきだ。彼自身については人格、能力とも申し分ないが、論功行賞ありと皆に思われた途端、自薦他薦で大使希望者が殺到し、日本外交は麻痺しかねない。大使は自ら先方との話し合いの場を仕切り、国際会議で日本の立場や利益を主張し、大勢を納得させなければならない。ワイングラス片手にばか話だけやっているわけではない。

 その点、横井大使の起用は通常のパターンと言える。今の木寺昌人大使は日中関係が難しいときに着任したため、用心深くなっている中国側要人とあまり話せなかった。着任から3年半もたっており、交代は自然だ。

 日中関係に前向きの気配が出てきた現在、これまで何回も中国に在勤して人脈も広い横井大使を派遣すれば、人脈と経験を駆使して中国指導部との渡りをつけてくれそうだ。安倍晋三首相ともトルコで何度も会って、気心が知れている。政治主導が言われるずっと前から、重要な国や機関の大使は外務省が首相に協議して人選してきた。今回もそうだろう。

 中国大使をめぐっては、「チャイナスクールは中国に甘い」という思い込みが独り歩きし、メディアの判断をゆがめている。チャイナスクールには中国に過度の配慮を払う人もいれば、日中関係を進めることを基本としながら中国の一方的物言いにきちんと対応する人もいる。

 外交方針は日本国内で決まる。大使はそのメッセンジャーであり、PRが主な仕事だ。それに、情報収集も含めて外交は大使一人だけで行うわけではない。大使が丁々発止と孤軍奮闘、能力と人格を問われる場面も随分あるが、公使や参事官などの大使館員もそれぞれの持ち場で同じような場面をくぐっている。大使交代に過重な意味を付するのは視野の狭い議論であろう。

[2016.3.29号掲載]
河東哲夫(本誌コラムニスト)

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