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【再録】現代史上、最も名高い2人の新旧米国務長官

ニューズウィーク日本版 2016年3月30日 15時50分


ニューズウィーク日本版 創刊30周年 ウェブ特別企画
1986年に創刊した「ニューズウィーク日本版」はこれまで、政治、経済から映画、アート、スポーツまで、さまざまな人物に話を聞いてきました。このたび創刊30周年の特別企画として、過去に掲載したインタビュー記事の中から厳選した8本を再録します(貴重な取材を勝ち取った記者の回顧録もいくつか掲載)。 ※記事中の肩書はすべて当時のもの。


[インタビューの初出:2009年12月30日/2010年1月6日号]

「国務長官の仕事は24時間勤務だ」――クリントン

――国務長官に就任して以来、最も驚いたことは何か。

ヒラリー・クリントン 答えはたぶん、いかに激務かということ。この仕事は24時間勤務だ。

 陳腐な表現に聞こえるとは思うが世界は広大で、アメリカは実質的にそのすべての場所で責任を負っている。現在、この国が直面している課題の本質は2国間ないし多国間的であるだけでなく、超国家的でもある。

 個人的には、積極的に政策決定に関わることが最大の課題の1つだ。受け身でいたら、事務処理に追われるだけの国務長官になりかねない。国務長官に休日はない。ある国を訪問して仕事に取り掛かり、また別の国へ移動して仕事に取り掛かる。帰国する頃には、書類が山積みになっている。

【参考記事】ヒラリー「最強の国務長官」への舞台裏

ヘンリー・キッシンジャー 私も同じような体験をした。私の場合は国務長官に就任する前、国家安全保障問題担当の大統領補佐官を4年間務めていたから、ホワイトハウスと国務省が担当する問題の違いは分かっていた。

 ホワイトハウスが扱うのは大抵、戦略に関わる問題だ。その一方で国務長官は、アメリカの利害関係国という多くの「顧客」を相手にしなければならない。毎日が決断の連続だ。どの問題を無視して誰を侮辱するべきか、とね(クリントンが笑う)。全部に対応するのは不可能だから。

 政府が抱える難問の1つとは、緊急課題と重要課題を見極め、緊急課題のせいで重要課題をおろそかにしないことだ。国務長官にとってもう1つの悩みの種は、国務省スタッフはワシントンで最も優秀だが、最も頑固でもあるということではないか。

クリントン なるほど。

キッシンジャー 立場の異なるスタッフを1つにまとめるのは国務長官にとって大変な任務だ。

クリントン おっしゃるとおり。

キッシンジャー 国務長官になる前に4年間ホワイトハウスで働いていたとはいえ、私も(国務長官執務室がある国務省の)7階に勤務するようになるまで職務の重さを理解していなかった。

クリントン ヘンリーの発言に付け加えるとすれば、緊急課題と重要課題を見極めるとともに、今は緊急でも重要でもない問題が来年や再来年にはそうなることもあり得る以上、長期的傾向にも目を向けなければならない。そのためには、別種のスキルが必要だ。

 私は常に国務省のスタッフにこう確認している。「エネルギー保障やエネルギー自給の問題はどうするの? EU(欧州連合)がエネルギー需要に関して共通政策を構築できるよう、ヨーロッパにどう働き掛ける? 食料安全保障の問題は?」と。

 08年には(穀物価格高騰で)各地で暴動が発生した。気候変動が起こり、人口移動のパターンも変化している。食料問題の重要度は今後さらに高くなる。新型インフルエンザの脅威で、世界の医療問題と併せてパンデミック(世界的流行病)にどう対処するかも課題になっている。

 アメリカ政府は最近、北極圏に注目し始めている。海氷や氷河の融解が進みシーレーン(海上交通路)が変化している北極海は、5つの国と接している。(その1つである)ロシアは10年に北極遠征を行って北極点に国旗を立てると言うが、カナダは「そんなことはするな」と反対している。北極圏問題は大いに関心を持つべき分野だが、今のところ記者会見やホワイトハウスの議題になっていない。

 つまり各種の問題が絡み合っているということだ。緊急課題と重要課題と長期的課題がある。

「オバマ大統領とは毎週2人だけで話をしている」――クリントン

――国務長官と大統領の関係はどれほど重要なのか。

クリントン 極めて重要だと考えている。政策を立案し、重大な決断を下す際にアドバイスを提供し、政策決定に外交や発展という要素を反映させるには大統領との良好な関係が欠かせない。

 ヘンリーも含めて私が話をしたことがある歴代の国務長官も同じ意見だと思うが、この立場にある者は多くの時間と労力を注ぎ込んで大統領との関係を築き上げなければならない。

 私はジェームズ・ジョーンズ(国家安全保障問題担当大統領補佐官)だけでなく、ロバート・ゲーツ(国防長官)とも緊密に協力している。だが結局のところ、最終的な決定権を持つのは大統領だ。難しい決断が行われる場所は大統領執務室にほかならない。

 大統領執務室に乗り込んで「私はこうすべきだと思います」と主張するようなやり方は通じない。よく考えて努力を重ねなければ。(バラク・オバマ)大統領とは週1回、2人で話をするし、安全保障担当チームの会合でも顔を合わせる。意思疎通は欠かさない。

キッシンジャー まったく同感だ。大統領と国務長官の関係こそが鍵だ。国務省は外交を指揮するのは自分たちの権利だと主張しがちだが、特権を主張するのは省庁間の戦いに負けた証拠だと思う。

 国務長官時代、私も大統領もワシントンにいるときは毎日会って話をした。方向性を共有することが不可欠だと思ったからだ。

 私の場合は幸運だった。国務長官として仕えた2人の大統領(リチャード・ニクソンとジェラルド・フォード)のどちらとも非常に親しい関係だった。歴代の国務長官を振り返れば、これは珍しいことだ。大統領と近しい関係にない国務長官は長続きしない。

クリントン 私がバランスを取るのに苦慮している問題は、今日の世界では現地を訪問することが必要とされるということ。直ちに連絡を取り合える今の時代、わざわざ飛行機に乗って現地で会談しなくてもいいじゃないかと思うかもしれない。でも現実には、むしろ直接対談することへの欲求が高まっているように感じる。

キッシンジャー アメリカが本当のところ何をどう考えているか、説明してもらいたいからだ。ケーブル経由では、それは分からない。

クリントン 確かに。それに、メディアを悪く言う気はないけれど、報道のせいで根拠のない不安や懸念が広がることが多い。おかげでアメリカ政府の真意は何なのかと、各国政府が気をもむ。だから私たちは現地へ行って話をし、話を聞かなければならない。

 最近の私のように飛行機に乗りっ放しの場合、すべての関係国や関係者に対処するのはとても大変だ。だが大統領と信頼し合える関係にあれば、外国訪問の前にじっくり方針を話し合って考えを共有できるから、安心して外国へ行き、結果を報告できる。

 言うまでもなく、各国はそれぞれの国益に基づいて決断を下すものだ。とはいえ相互関係が発展すれば、別の視点から国益を判断するよう促し、より大きな共通点を探ることが可能になる。会談相手がこちらを個人的に理解し、親しみを感じていれば、見解の一致点も見つけやすくなる。

 だからこそ私はかつてヘンリーがしたように、膨大な時間を費やしてそうした関係を築こうとしている。指導者や国家の間に十分な信頼関係があれば、誤解を防げる。自国にとってそれほど重要でない問題で、相手に歩み寄ることも容易になる。

キッシンジャー 非常に重要なのは、ほかの国に何かを求める前にまず関係を築くことだ。そうすれば交渉に入ったときや危機が持ち上がったときに、ある程度の敬意を抱いて接することができる。

 国務長官が他国を訪問するときに厄介なことの1つは、報道陣が付いて来て、すぐに結果を求めること。実際は、慌てて結果を求めずに、次のために相手の理解を得ることこそ最良の結果という場合もあるのだが。

クリントン まさにそのとおり。

――国務長官にとって国際政治の理論はどういう意味があるのか。

クリントン この点はヘンリーの専門だと思うけれど、理論は外交の枠組みや方向性、歴史の教訓を教えてくれると私は思っている。

 ただし、過去のパターンが参考になる面はあっても、まったく同じ局面は2つとない。型にはまった考え方をせず、状況に俊敏に反応し、直感を研ぎ澄ませてチャンスを見逃さずに振る舞い、その上で実際の行動を説明する理論をつくり上げる......というのが正直なところかしら(笑)。

キッシンジャー 私は学者出身なので、理論には関心がある。ただし(実務家と違って)学者は、目の前の情勢に適合した理論を構築するためにたっぷり時間をかけられる。それに学者という立場であれば、(実現性を考えずに)一刀両断の解決策を唱えても構わない。

 一方、国務長官にとって、問題を一発で解決できるような解決策はまずあり得ない。問題を解決するためには、一つ一つ段階を踏むしかない。

「重要なのはアメとムチをうまく提示すること」――キッシンジャー

――2人とも戦時に国務長官を務めている(キッシンジャーはベトナム戦争終盤の国務長官)。戦争を戦っているときに外交を行うことに特有の難しさはあるのか。

クリントン オバマ大統領は(前政権からイラクとアフガニスタンの)2つの戦争を引き継ぎ、自分で生み出したわけではない問題について早期に判断を下すことを強いられた。(しかしその後)大統領はしっかり時間をかけ、問題を根本に立ち返って検討するプロセスを踏んだ。その点を私は高く評価している。

 イラクの戦争は終息に向かっているが、それに伴って米軍が引き揚げれば、国務省と国際開発庁(USAID)の担う役割がますます大きくなる。

 一例を挙げると、いまイラク警察の訓練を実施している米軍は、この任務を行うために必要な手だてをたくさん持っている。大規模な兵力はもとより、装備も豊富だし、自由に使用できる予算もふんだんにある。国務省とUSAIDにはそういう手だてがないが、私はその責任を引き受けなくてはならない。重責に気が遠くなる。

 アフガニスタンに関しては、どうやって前に進むべきか時間をかけて検討してきた。軍と文民部門の双方で意見が一致したのは、軍事力だけでは成功を収められないということ。当たり前の結論に聞こえるかもしれないが、このように結論づけたことにより、国務省とUSAIDの直面する課題が山ほど浮上してくる。

 国防総省に比べると、国務省やUSAIDは予算の獲得が格段に難しい。目下の厳しい財政状況では、必要な予算を獲得することがとりわけ難しい。それでも、担わなければならない責任があることに変わりはない。

 こういうストレスは、戦時にはいつも付いて回るものだ。アメリカの若い兵士たちが身を危険にさらしているとき、文民たちも同様に危険な場に出掛けなければならないケースが増えている。例えばアフガニスタンの農業を支援するとすれば、戦闘が終結してすぐに農業の専門家が現地入りすることになる。

キッシンジャー ベトナム戦争以降の40年間、戦時のアメリカでは、戦争をすべきか否かが国内で議論の対象になるという特殊な状況を経験してきた。いま最も重要なのは、戦争の戦術に関しては意見の相違があってもいいが、戦争の正当性そのものについて意見の対立がないようにすることだ。

 その出発点として共有すべき認識がある。それは、戦争を行っている政権は例外なく、その戦争を終わらせたいと考えているのだということだ。

クリントン そのとおり。

キッシンジャー (戦争を戦うことによって)最も大きなリスクを負っているのは、そのときの政権にほかならないのだから。

 ベトナム戦争やイラク戦争などの戦時の議論をみると、戦争を終わらせることと軍隊を引き揚げることが同一視されてきた。軍を撤収させることが第1の、もしかすると唯一の出口戦略であるかのように言われてきた。

 本来、最良の出口戦略は戦争に勝つこと。あるいは外交で相手を説得すること。あるいは戦いが自然に終息することのはず。それなのに、米軍部隊の撤収を出口戦略と同一視すれば、(なぜ戦争を始めたのかという)政治的な目的をないがしろにする結果を招く。

 そうなると、時の政権が戦争終結のために十分な努力を払っていないという中傷を受け、最良の判断とは異なる行動を取らざるを得なくなる。そういう事態に陥ることがしばしばあった。

 現在の戦争に関してオバマ政権に対する私の立場は、いま述べたような基本認識に基づいている。もっとも、一つ一つの政策の詳細までに賛成か反対かはまた別の問題だが。

 ヒラリーが挙げた第2の点は文民部門に関してだったが、第3の点として私が指摘したいのは、(戦争を終わらせる上で)いずれかの時点で外交上の落としどころを見つけなくてはならないということだ。当事者が受け入れて実行できる合意点を見いだす必要がある。ベトナム戦争後にひどい結果になったのは、私たちが約束した内容を守らなかったからだ。

 アフガニスタンがどういう結果に落ち着こうと、私たちは(合意を)実行しなければならない。そのためには国際的な法的枠組みが不可欠だが、そのような枠組みはまだない。この点は、国務長官にとって大きな試練になるだろう。

 いずれにせよ、その枠組みの中で議論が交わされるのは結構だが、「私たちは戦争を終わらせたいのか」「私たちはいつ戦争を終わらせられるのか」といった議論を行うべきではない。現政権が一刻も早く戦争を終わらせたいと考えていることに、私は疑問の余地がない。そう考えない理由などあり得ないからだ。

――一般の世論では、外交と軍事力、ハト派とタカ派を単純に2分して考える見方があるように思える。アメリカ国民がアフガニスタンとイラクでの戦争、イランとの話し合いについて考える上で、どういう点を頭に入れてほしいか。

クリントン (アフガニスタンに)兵士を追加派遣する一方で、外交的・政治的努力も強めていることを知ってほしい。アフガニスタンの人々と協力し、基本的な行政サービスの質を向上させるためにできる限りのことをしている。

 そうすることで、(イスラム原理主義の反政府勢力)タリバンの影響力を弱められると戦略的に判断している。すべては結び付いている。もはや(外交と軍事を)二者択一で考えられる時代ではない。

キッシンジャー 理解しておくべきなのは、外交上の話し合いの場を設ける以上、アメとムチを組み合わせることが不可欠だということだ。相手が常に損得を計算して振る舞うことも頭に入れておかなくてはならない。

 重要なのは、アメとムチをうまく提示すること。さあこれから私たちが譲歩しますよ、などと宣言するような稚拙な交渉しかできない人物を話し合いの場に送り込んではならない。こちらが際限なく譲歩するという印象を与えれば、ほぼ確実に相手は言うことを聞かない。いま北朝鮮との関係がそうなっている。10年前からずっとそうなのだが。

 政府のすべての行動は、緊密な連携の下で進める必要がある。外交交渉の担当者は、この点を理解していなければならない。この意味で、ヒラリーの役職は政府の中で最もエキサイティングな仕事と言っていい。

クリントン ただし、その仕事は音楽のソリストみたいに独りでできるものではない。(国務長官は)オーケストラの指揮者のような存在でなくてはならない。


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[2009.12.30号掲載]
ジョン・ミーチャム(米国版編集長)

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