ロシアのウクライナやシリアに対する軍事的関与には、世界のロシアに対する認識を操作しようという思惑が見え隠れしている。ISIS(自称「イスラム国」、別名ISIL)への空爆でアメリカと協調する構えを見せる一方で、アメリカの同盟相手であるウクライナやトルコ、シリアの穏健派反政府勢力への軍事攻撃も辞さない立場を堅持している。
【参考記事】シリア停戦後へ米ロとトルコが三巴の勢力争い
ロシアは、ウクライナとレバント(トルコ、シリア、レバノンを含む東部地中海沿岸地域)の双方において、重要な地政学上の目的を達成しようとしている。クリミア半島やシリアにおける軍事基地を維持し、ウクライナがNATO(北大西洋条約機構)やEU(欧州連合)に組み込まれるのだけは阻止しようとしているのもそのためだ。
しかし、ロシアの狙いはそれだけではない。もう一つの重要な使命は、アメリカの干渉からロシア自身を守ることだ。ロシアのエリート層は、グルジア(現ジョージア)のバラ革命、ウクライナのオレンジ革命などアメリカの影響を受けた反体制デモで政権が倒れた「カラー革命」がロシアに波及するのを何より恐れている。
【参考記事】ウクライナを見捨ててはならない
大胆さは弱体化の裏返し
昨年、プーチンがシリアへの空爆開始によってISIS優位だった情勢を一変させ、国際的孤立状態から米欧諸国との交渉のテーブルへ一気に上り詰めるさまは、西部劇でバーに乗り込むカウボーイさながらだった。シリアで一定の影響力を確保したプーチンは、シリア問題で多少の譲歩をするのと引き換えに、欧米諸国のロシアに対する経済制裁の解除を促したい考えだ。
だが、西側との関係を対等に見せかけるためのロシアのカウボーイ的な大胆さは、国の実態がそれだけ弱体化していることの裏返しでもある。
【参考記事】プーチンはなせ破滅的外交に走るのか
まず、ロシアのウクライナ政策は破綻しつつある。ロシア政府は、EU加盟を目指す親欧派の政権を追い落とし、ロシアへの編入を望む親ロ派を後釜に据えるためにありとあらゆることをやっている。
だが「ウクライナは崩壊に向かっている」と、ロシアの元政府高官は言う。「ウクライナを連邦化すれば、国は分裂する。かといって統一して締め付けを厳しくしても、同じことだ」
【参考記事】ウクライナ問題、「苦しいのは実はプーチン」ではないか?
ロシアが直面する困難は誰の目にも明らかだ。2014~15年にかけて、自国通貨のルーブルはドルに対して24%下落、購買力は20%低下し、ロシアの国内総生産(GDP)も3.7%のマイナス成長を記録した。原油と天然ガスの価格下落も国庫を直撃している。
経済の多様化に失敗したロシアでは、新しい産業が生まれておらず、外国人居住者は大挙してロシアを後にしている。欧米出身の外国人数は、2014年1月から翌年1月までの1年間で34%減少した。
縁故主義も蔓延している。政府の重要ポストには治安当局高官の子息が名を連ねる。ロシア連邦安全保障会議書記長ニコライ・パトルシェフの2人の息子は、ロシア国営の農業銀行とガスプロムネフチにそれぞれ在籍。ロシア対外情報庁長官で前首相のミハイル・フラトコフの2人の息子も、一人はロシア開発対外経済銀行、もう一人は大統領府で課長補佐を務める。プーチンの側近中の側近で大統領府長官セルゲイ・イワノフの息子は、ロシア第2位の保険会社でガスプロムなど巨大企業の保険を扱うソガス(SOGAZ)の代表取締役だ。
「ゴルバチョフは国家反逆罪」
一方で、教育や医療など元々貧しいロシアの社会システムは輪をかけて悪化している。財政引き締めの一環で、医療に従事する多数の公務員が削減の対象となったのもその例だ。1月には病院閉鎖や合併を盛り込んだ医療制度改革に反対する人々がモスクワに集まり、抗議活動を行った。
わずかながら残っていたロシアの政治的多様性は消滅に向かい、リベラル派の粛清は続いている。今のロシアは異様で恥ずべき状況にある。
影響力のある映画監督でプーチン政権の讃美者としても知られるニキータ・ミハルコフは、ゴルバチョフとエリツィンがソ連を崩壊させたことは国家反逆罪に当たるとし、国として起訴するよう提言し波紋を広げた。ロシア正教会は高校の文学カリキュラムの改定を呼びかけ、ロシアを代表する劇作家アントン・チェーホフの作品を削除することを盛り込んだ。
こんなロシアに、ロシア人も見切りをつけはじめている。2014年の1~8月には、推定203,000人がロシア国外へ移住した。経済危機直後の1999年に記録した215,000人を上回るペースだ。
今のロシアは2008~09年に経済危機に直面していた頃よりも暮らしにくく、1990年代や2000年代初期に比べると格段に活気が失せているのは明らかだ。
ロシアのエリート層は、今のロシアに必要なのは構造的な経済改革とそれに伴う法整備であると理解している。経済改革には政治的な自由が必要だということも。しかし、前副首相兼財務相のアレクセイ・クドリンやロシア貯蓄銀行(スベルバンク)の頭取ゲルマン・グレフが実質的な権力を握る中、プーチンと彼を支えるKGB(旧ソ連の秘密警察)出身のベテラン政治家たちが、経済の構造改革を求める「システム自由主義」を黙って見逃す気配はない。
ロシアは今、暗黒の地へと向かっている。これほどの窮地に陥った国が、海外からの投資や国内起業家の育成、文化的復興を望むのは不可能に近い。国外移住という選択肢があった人の多くは、その才能を携えてすでにロシア国外へ流出した。
核保有国として圧倒的な軍事力を誇示できるとしても、国際社会でアメリカと並ぶには遠く及ばない。ウクライナとシリア問題を巡るロシアの要求を聴くとき、アメリカはそのことを心に留めておくべきだ。
This article first appeared on the Atlantic Council site.
Ariel Cohen is a nonresident senior fellow at the Dinu Patriciu Eurasia Center and director at International Market Analysis, a political risk management consultancy.
アリエル・コーエン(ディニュー・パトリシウ・ユーラシアセンター上級研究員)
【参考記事】シリア停戦後へ米ロとトルコが三巴の勢力争い
ロシアは、ウクライナとレバント(トルコ、シリア、レバノンを含む東部地中海沿岸地域)の双方において、重要な地政学上の目的を達成しようとしている。クリミア半島やシリアにおける軍事基地を維持し、ウクライナがNATO(北大西洋条約機構)やEU(欧州連合)に組み込まれるのだけは阻止しようとしているのもそのためだ。
しかし、ロシアの狙いはそれだけではない。もう一つの重要な使命は、アメリカの干渉からロシア自身を守ることだ。ロシアのエリート層は、グルジア(現ジョージア)のバラ革命、ウクライナのオレンジ革命などアメリカの影響を受けた反体制デモで政権が倒れた「カラー革命」がロシアに波及するのを何より恐れている。
【参考記事】ウクライナを見捨ててはならない
大胆さは弱体化の裏返し
昨年、プーチンがシリアへの空爆開始によってISIS優位だった情勢を一変させ、国際的孤立状態から米欧諸国との交渉のテーブルへ一気に上り詰めるさまは、西部劇でバーに乗り込むカウボーイさながらだった。シリアで一定の影響力を確保したプーチンは、シリア問題で多少の譲歩をするのと引き換えに、欧米諸国のロシアに対する経済制裁の解除を促したい考えだ。
だが、西側との関係を対等に見せかけるためのロシアのカウボーイ的な大胆さは、国の実態がそれだけ弱体化していることの裏返しでもある。
【参考記事】プーチンはなせ破滅的外交に走るのか
まず、ロシアのウクライナ政策は破綻しつつある。ロシア政府は、EU加盟を目指す親欧派の政権を追い落とし、ロシアへの編入を望む親ロ派を後釜に据えるためにありとあらゆることをやっている。
だが「ウクライナは崩壊に向かっている」と、ロシアの元政府高官は言う。「ウクライナを連邦化すれば、国は分裂する。かといって統一して締め付けを厳しくしても、同じことだ」
【参考記事】ウクライナ問題、「苦しいのは実はプーチン」ではないか?
ロシアが直面する困難は誰の目にも明らかだ。2014~15年にかけて、自国通貨のルーブルはドルに対して24%下落、購買力は20%低下し、ロシアの国内総生産(GDP)も3.7%のマイナス成長を記録した。原油と天然ガスの価格下落も国庫を直撃している。
経済の多様化に失敗したロシアでは、新しい産業が生まれておらず、外国人居住者は大挙してロシアを後にしている。欧米出身の外国人数は、2014年1月から翌年1月までの1年間で34%減少した。
縁故主義も蔓延している。政府の重要ポストには治安当局高官の子息が名を連ねる。ロシア連邦安全保障会議書記長ニコライ・パトルシェフの2人の息子は、ロシア国営の農業銀行とガスプロムネフチにそれぞれ在籍。ロシア対外情報庁長官で前首相のミハイル・フラトコフの2人の息子も、一人はロシア開発対外経済銀行、もう一人は大統領府で課長補佐を務める。プーチンの側近中の側近で大統領府長官セルゲイ・イワノフの息子は、ロシア第2位の保険会社でガスプロムなど巨大企業の保険を扱うソガス(SOGAZ)の代表取締役だ。
「ゴルバチョフは国家反逆罪」
一方で、教育や医療など元々貧しいロシアの社会システムは輪をかけて悪化している。財政引き締めの一環で、医療に従事する多数の公務員が削減の対象となったのもその例だ。1月には病院閉鎖や合併を盛り込んだ医療制度改革に反対する人々がモスクワに集まり、抗議活動を行った。
わずかながら残っていたロシアの政治的多様性は消滅に向かい、リベラル派の粛清は続いている。今のロシアは異様で恥ずべき状況にある。
影響力のある映画監督でプーチン政権の讃美者としても知られるニキータ・ミハルコフは、ゴルバチョフとエリツィンがソ連を崩壊させたことは国家反逆罪に当たるとし、国として起訴するよう提言し波紋を広げた。ロシア正教会は高校の文学カリキュラムの改定を呼びかけ、ロシアを代表する劇作家アントン・チェーホフの作品を削除することを盛り込んだ。
こんなロシアに、ロシア人も見切りをつけはじめている。2014年の1~8月には、推定203,000人がロシア国外へ移住した。経済危機直後の1999年に記録した215,000人を上回るペースだ。
今のロシアは2008~09年に経済危機に直面していた頃よりも暮らしにくく、1990年代や2000年代初期に比べると格段に活気が失せているのは明らかだ。
ロシアのエリート層は、今のロシアに必要なのは構造的な経済改革とそれに伴う法整備であると理解している。経済改革には政治的な自由が必要だということも。しかし、前副首相兼財務相のアレクセイ・クドリンやロシア貯蓄銀行(スベルバンク)の頭取ゲルマン・グレフが実質的な権力を握る中、プーチンと彼を支えるKGB(旧ソ連の秘密警察)出身のベテラン政治家たちが、経済の構造改革を求める「システム自由主義」を黙って見逃す気配はない。
ロシアは今、暗黒の地へと向かっている。これほどの窮地に陥った国が、海外からの投資や国内起業家の育成、文化的復興を望むのは不可能に近い。国外移住という選択肢があった人の多くは、その才能を携えてすでにロシア国外へ流出した。
核保有国として圧倒的な軍事力を誇示できるとしても、国際社会でアメリカと並ぶには遠く及ばない。ウクライナとシリア問題を巡るロシアの要求を聴くとき、アメリカはそのことを心に留めておくべきだ。
This article first appeared on the Atlantic Council site.
Ariel Cohen is a nonresident senior fellow at the Dinu Patriciu Eurasia Center and director at International Market Analysis, a political risk management consultancy.
アリエル・コーエン(ディニュー・パトリシウ・ユーラシアセンター上級研究員)