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2000億ドルもの中国マネーがアメリカに消えた?

ニューズウィーク日本版 2016年4月1日 13時50分

 中国マネーは、海外の企業買収から不動産購入まで、あらゆる海外資産への投資に拍車がかかっている。

 中国の外貨準備高は2015年度の前半には3兆6000億ドルあったものが、夏には3兆2000億ドルへと急激に減少したため、中国政府は緊急措置として海外送金禁止を実施し、それ以後は減少傾向に歯止めがかかったという。だが、わずか半年で4000億ドルもの資産が失われたことに変わりはなく、その資産の半分は個人資産だとされる。つまり2000億ドル(約22兆円)もの個人資産が跡形もなく、煙のように消えてしまったのだ。はて、人々の金はどこへ消えたのだろうか?

 その答えが、どうやら中国とはちょうど地球の裏側にあるアメリカにあった。

 今、中国からの観光客が続々とアメリカで銀行口座を開設しており、「銀行口座開設ツアー」まで組まれる大ブームになっている。

マネーロンダリング対策で大手銀行では新規口座開設が困難に

 まず、アメリカの居住者が銀行口座を開設する場合をみてみよう。これには口座開設申込書以外に、ソーシャル・セキュリティー・ナンバー(社会保障番号)、運転免許証、居住証明(光熱費の領収書二種)などの提出を求められ、さらにセキュリティのために「あなたの(夫の)母親の旧姓はなんですか?」というような質問をして新参者を驚かす。その他、いくつもの条件をクリアした後、ようやく口座開設となるのである。

【参考記事】マイナンバー歴44年の僕から一言

 アメリカに住所がない外国人(非居住者)の場合は、例えばアメリカの住宅購入や子供の留学など、正当な理由を証明する公式書類が要求され、手続きもさらに煩雑になってくる。

 そして近年、アメリカでは中近東のテロリストや東南アジアの麻薬組織からの資金流入を警戒し、マネーロンダリング(資金洗浄)に厳重な監視の目を光らせているため、外国人(非居住者)による新規の銀行口座の開設数はとみに縮小傾向にある。

 大手銀行では、非居住者の新規の口座開設をめぐって、顧客との間で「けんか腰」の応酬がつづき、最終的に拒否される事態が頻発している。



 無論、これは少しでも疑わしい資金は受け入れたくないという大手銀行の警戒心によるものだ。しかし正当な顧客であっても、質問にスムースに答えられなかったり、要求された大量の書類に不足があったりすると口座開設は難しく、はなはだしい例では、住宅を購入しようとする顧客に対して「住宅を取得した証明書」を提出せよと求めるという。そもそも住宅を購入するには先ず銀行口座がなければならないのだから、これでは「鶏と卵」論争のようで、バカバカしいことこの上ない。

 こうした縮小傾向にもかかわらず、中国人観光客の口座開設が相次いでいるのはなぜなのか。その実態とはどんなものだろうか。

パスポートとクレジットカードだけでOKな華僑系銀行

 米国の中国語サイト博訊網(2月27日付)によれば、シカゴのチャイナタウンにある複数の銀行では、ソーシャル・セキュリティー・ナンバーも居住証明もいらず、ただ有効な中国のパスポートさえ持参すれば、その場で簡単に銀行口座が開設されるという。そのため、連日、中国からの観光客が詰めかけて、新規の口座開設数がここ半年ほどで約3倍に急増した。

 銀行によって提示するものは多少異なるが、例えばキャセイバンク(国泰銀行)の場合、有効な中国のパスポートとクレジットカードの2点を提示するだけで銀行口座が開設できる。また渡米前でも、キャセイバンクがコルレス契約(為替取引契約)を結んでいる中国の蘇州銀行へ行けば、アメリカ国内の銀行口座を開設することができるという。

 別の銀行では、中国のパスポートと運転免許証だけで済むところや、中国のパスポート以外にアメリカの居住証明が必要だと告示してあっても、その実、居住証明は「有効」でありさえすれば、友人や知人の名義でも構わないところがある。銀行によっては、特に宣伝をしたわけでもないのに顧客数が2~3倍に膨れ上がり、首を傾げているという。

 ちなみに、シカゴのチャイナタウンにはキャセイバンクのほかにも、アメリカン・メトロバンク、チャーターワンバンク、シティバンク、インターナショナルバンク、レイクサイドバンク、パシフィック・グローバルバンクと、7つもの銀行がひしめいている。日本ではあまり馴染みのない銀行が多いが、これは吸収合併を繰り返す大手銀行や中規模銀行、地域銀行(地銀)が少なくないからである。そして地銀の中には華僑系銀行も少なくない。



 華僑系銀行は台湾系アメリカ人や華僑一世が開いたものが多いが、10年も前にこんな話を聞いたことがある。カリフォルニアのある華僑系銀行で、ある日、中国語で電話がかかってきた。「おたくの銀行は中国政府に報告義務がありますか?」と聞くので、「ありません」と答えると、その日のうちにトランクに札束を詰めこんだ中国人がやってきて、銀行口座を開設して預けていったという。銀行側も驚いたが、「拒否する理由もありませんしね」と笑っていたという。

 中国人はもともと大金を持ち歩く習慣があり、それを知っている華僑系銀行では、大手銀行とちがい、現金の出所を根掘り葉掘り尋ねることが少ないのだ。これが中国人の資金洗浄の温床になっていると指摘されて久しいが、未だに摘発されたという話は聞いたことがない。

 だいいち、広大なアメリカでは地域性による変則的な事態も現実には起こりうる。例えばニューヨークの場合、日本企業の駐在員が集中するマンハッタン地区にある大手銀行にはジャパンデスクが設けられ、日本人行員が対応して、ソーシャル・セキュリティー・ナンバーを持たない駐在員と家族にも「例外措置」として銀行口座を開設したりクレジットカードを発行したりする。それから類推すれば、中国事情に詳しいシカゴの華僑系銀行が、信用ある提携先から紹介されてくる顧客に「例外措置」を取っていても、おかしくないはずだ。

安全な海外へ向かう「逃避マネー」が深く浸透してきた

 中国人観光客がアメリカで銀行口座を開こうとする目的は、"爆買い"に使う金を貯めたり、将来の子供の留学準備や住宅購入のためであるとされるが、中国政府が昨年10月から個人のクレジットカードに使用制限を設けたこととも関連があるだろう。

【参考記事】アングル:ドバイや英学生寮、中国マネーが狙う海外格安物件

 だが実際のところ、中国から安全な海外へ資産を移そうとする「逃避マネー」の動向が、従来のように富裕層に限ったことではなく、一般の人々の間にも深く浸透してきたとみるべきだろう。中国で消えてしまった個人資産2000億ドルが、こうしたルートを通じて大量にアメリカへ注がれていることは想像に難くない。



 そして一度銀行口座を開設してしまえば、その後にどのような目的で利用したとしても、発覚しにくい。「名義貸し」は犯罪だが、例えば香港では目下、銀行口座の「名義貸し」による資金洗浄が急増し、裁判所の告発案件は列を成している。それがアメリカで起きない理由は見当たらない。

 21世紀はグローバル化の時代だといわれるが、その急先鋒であった国際金融の世界は、今、迷路にはまり込んでいるようだ。猛獣のように世界中を駆けめぐる汚濁した資金の流れを押しとどめようと、世界の金融センターは軒並み健全化に転換しているが、ありあまる汚濁した資金は行き場を失い、怒涛の如くに香港に注ぎ込まれている。

 中国政府が実質的に支配する香港で、果たして建前通りの金融規制が行われているのか、水面下ではどのような抜け道を通って資金洗浄が行われているのか、西側諸国はその実態を察知する術をもたない。

 香港経由でアメリカに流入する大口の資金以外に、個人口座を通じて中国大陸から直接アメリカに流入する大量の小口資金は、目下、アメリカの大きな頭痛の種である。銀行口座の新規開設を巡る攻防は、まさに水際で繰り広げられている熾烈な戦いなのである。

[執筆者]
譚璐美(タン・ロミ)
作家、慶應義塾大学文学部訪問教授。東京生まれ、慶應義塾大学卒業、ニューヨーク在住。日中近代史を主なテーマに、国際政治、経済、文化など幅広く執筆。著書に『中国共産党を作った13人』、『日中百年の群像 革命いまだ成らず』(ともに新潮社)、『中国共産党 葬られた歴史』(文春新書)、『江青に妬まれた女――ファーストレディ王光美の人生』(NHK出版)、『ザッツ・ア・グッド・クエッション!――日米中、笑う経済最前線』(日本経済新聞社)、その他多数。


譚璐美(作家、慶應義塾大学文学部訪問教授)

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