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【再録】ウィル・アイ・アム「犯罪と暴力を歌ったことがないのが誇り」

ニューズウィーク日本版 2016年4月1日 15時35分


ニューズウィーク日本版 創刊30周年 ウェブ特別企画
1986年に創刊した「ニューズウィーク日本版」はこれまで、政治、経済から映画、アート、スポーツまで、さまざまな人物に話を聞いてきました。このたび創刊30周年の特別企画として、過去に掲載したインタビュー記事の中から厳選した8本を再録します(貴重な取材を勝ち取った記者の回顧録もいくつか掲載)。 ※記事中の肩書はすべて当時のもの。


[インタビューの初出: 2011年1月19日号]

 2月に行われる全米最大のスポーツイベント、NFL(全米プロフットボールリーグ)スーパーボウルのハーフタイムショーに乗り込む、ヒップホップグループ「ブラック・アイド・ピーズ」。ソロでも活躍の場を広げるメンバーのウィル・アイ・アム(35)に、音楽ジャーナリストのロレーン・アリが聞いた。

◇ ◇ ◇

――米大統領就任記念ライブ、サッカーのワールドカップ開幕コンサートときて、ついにスーパーボウルだ。

 スーパーボウルは格が違う。国民の祝日だ! それにうちの家族はフットボールの大ファンなんだ。おじがロサンゼルス・ラムズ(現セントルイス・ラムズ)でプレーしていた。ついに家族の中からスーパーボウルの「出場者」が出るわけさ。

──自分をセレブだと思う?

 頼むから俺のことをそう呼ばないでくれ(笑)。最近のセレブの大半は、セレブの名に値することをしていない。それだけでも俺はセレブになりたくない。音楽に情熱を傾けている1人の男で、俺の曲にみんなが引き寄せられる、それでいい。

――あなたは超大物のプロデュースも数多く手掛けている。ボノみたいな人に、「音程が外れている」とか言える?

 スタジオに入る前はパニックだ。「M・J(マイケル・ジャクソン)とアイルランドで1週間も一緒なんて!」。でも、いざとなったら責任を持ってやる。謙虚さも必要だ。「俺の力を借りたいんだろう?」なんて付け上がってはダメだ。

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――あなたがマイケル・ジャクソンと手掛けた曲は、先日発売されたマイケルのアルバムに収録されていない。機会があればリリースしたいか。

 彼と3年間やって、発表したのは『スリラー25周年記念リミテッド・エディション』のリミックスだけ。一緒に録音したほかの曲は、もう出すべきじゃない。彼の賛成なしで出すのは良くない。彼は完璧主義だった。

――ブラック・アイド・ピーズの新しいアルバムは『ザ・ビギニング』。前作は『ジ・エンド』。順番が逆では?

 終わりがあれば、必ず新しい始まりがある。

――何が終わったのか。

 レコード産業の在り方すべて。今はまったく新しいテクノロジーの時代が始まっている。

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――でも新しいアルバムは、2ライブ・クルーの歌詞や映画『ダーティー・ダンシング』のリフなど80年代が満載だ。

 今あるものはすべて80年代に始まった。コンピューターもハイビジョンテレビもインターネットも。一方で、今の俺たちはまだまだ子供だと分かる。自分ではどんなに進んだつもりでも、ほんの始まりにすぎない。

――あなたはサウンドトラックやCMから音楽活動を始めた。その経験が、マルチに活躍している今の土台になっているのか。

 ニベアのCMで母さんの住宅ローンを払った。ドクターペッパーのCMで母さんに新しい家を買った。30秒の音楽が72分の音楽より儲かった。ソロの有名アーティストでも、レコード契約でははした金しかもらえない。広告は儲かる。それが音楽ビジネスだと分かっていたんだ。

――メディアへの露出が多過ぎて心配にならないか。

 メディアを利用しないと自分を売り込めない奴なら、露出過剰に陥るのを心配したほうがいい。でも、メディアでの露出以上に創造力を発揮できるのなら、問題ない。

――初めの頃はあなたの折衷的なヒップホップに驚かされた。

 スラム街で生まれて、生活保護で育った俺は、いつホームレスになってもおかしくなかった。そんな人生を変えたかった。ギャングではなくMCハマーみたいな格好をしたかった。デ・ラ・ソウルみたいになりたかった。ア・トライブ・コールド・クエストみたいなサウンドをやりたかった。牢屋行きが決まっているスラム街の若者にはなりたくなかった。

――あなたのサウンドはハードさに欠けると言われてきた。

 犯罪と暴力は一番再現しやすい感情だ。俺はそれを歌ったことはないし、そのことに誇りを持っている。アフリカ系アメリカ人とスラムのコミュニティーを後戻りさせるようなサウンドでなくても成功できた。

――そう言うあなたが、昨年9月のMTVビデオ・ミュージック・アワーズに黒いフェースペイントで登場して批判された。

 今はツイッターという素晴らしい場所があって、分かっていない奴らが、黒人の男が顔を黒く塗ったのを見てつぶやく。「黒人の立場を1000年、後戻りさせた」とかね。

 どうせつぶやくなら、教育にカネを使おうとしない地元の議員のことをつぶやけ。それがアフリカ系アメリカ人やラティーノ(中南米系アメリカ人)をどれだけ後戻りさせているか、よく考えてみろ!



――08年の米大統領選ではバラク・オバマを熱烈に応援した。今も政治に積極的か。

 最近の政治にはなかなか意欲をかき立てられない。すべてが赤(共和党)対青(民主党)だ。ギャングの赤チーム対青チームじゃあるまいし。失業や肥満や貧困の問題はどうした?

 赤と青を混ぜたら紫になるんだから、一緒になればいい。科学的には紫の光が(波長が短くて)一番速い。1つになればもっと速く、もっと力強くなる。

――政治に何を期待するか。

 アメリカを一発でノックアウトできる問題が5つある。失業、肥満、糖尿病、ホームレス、教育の不備。気を付けないと、アメリカは俺たちが思っているより早く第三世界の国になりかねない。

――あなたは最近、奨学金プログラムと住宅ローンの救済プログラムを立ち上げた。

 責任を負うことで、がむしゃらに働こうという動機になる。「パパラッチに追い掛けられたい!」という動機は要らない。目的のある動機が欲しい。ユニセフの親善大使になるつもりはないが、今の俺には目的を実現する手段もカネもある。

――音楽界の外では、意外な人たちと付き合いがある。

 科学とテクノロジーが好きだ。音楽と同じでクリエーティブだから、そういう世界の人と付き合う。(セグウェイを開発した)ディーン・ケーメンに、(家電量販店最大手)ベスト・バイのブライアン・ダン(CEO)も。

 彼らは未来をのぞかせてくれる。スタジオで、「これはダメだ! 俺はちょいと明日を見てきたんだ。こんなのうまくいかないぞ」と言えるじゃないか。

――(ブラック・アイド・ピーズ唯一の女性メンバー)ファーギーとの関係は? 脱退の噂が絶えない。

 俺たちの絆は強い。まだ別れていないということは、永遠に別れないということだ。


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[2011.1.19号掲載]
ロレーン・アリ(音楽ジャーナリスト)

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