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独裁者のお気に入りだったザハ・ハディド

ニューズウィーク日本版 2016年4月1日 16時44分

 2020年開催の東京オリンピックのメイン会場となる新国立競技場の元のデザインを担当したことで知られる建築家ザハ・ハディドが、先週65歳で急死した。

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 ハディドは、間違いなく世界最高の建築家の1人だ。2004年に建築界のノーベル賞にあたる「プリツカー賞」を女性として初めて受賞。また、現代建築界で活躍する数少ないアラブ出身の建築家でもあった。「女性であることが受け入れられたと思ったら、アラブ人であることが問題にされ始まった気がする」と、2012年の英紙ガーディアンのインタビューに答えている。

 ハディドの追悼記事は、彼女の代表作の大胆で幾何学的な造形に注目するはずだ。ロンドンの競泳施設アクアティック・センター、中国・広州のオペラハウス、スコットランド・グラスゴーのリバーサイド・ミュージアムなどがそうだ。

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 こうしたハディドの芸術作品は、時代や流行を超越している。いずれを見ても、最高レベルの建築家の作品と言える。ハディドはこれまでも多くの建築を手がけてきたが、生きていれば、今後も間違いなく多くの作品を生み出していたことだろう。

強制退去と強制労働を礎石に?

 だが、ハディドに対する評価には常に疑惑もつきまとう。自らが関与するプロジェクトでは強制労働を認めない、といった倫理的基準に無頓着だったのではないかという疑いだ。


ハディドの代表作の1つロンドンの競泳施設アクアティック・センター Toby Melville-REUTERS

 2012年、ハディドはアゼルバイジャンの首都バクーで、複合施設「ヘイダル・アリエフ・センター」を完成させた。アリエフは当時の大統領で独裁者。今その後を継いだ独裁者は、息子のイルハム大統領だ。

 アリエフ・センターを含めたバクーの「近代化」は、住民の強制退去と強制労働の上に達成されたとみられている。もしハディドがこの問題で苦しんでいたとしても、それを公の場で見せることは遂に一度もなかった。

 カダフィ政権下のリビアでのプロジェクト(途中で頓挫)に関わったことに疑義を唱える声もある。中国やロシアでも仕事をしている。人権問題を抱える国々で設計を請け負っている建築家は他にもいるが、ハディドは、他の建築家よりも積極的にそうした事業に関わってきた印象を与える。

 白人男性が独占する建築業界で発言力を持ったアラブ系女性として、陰口を叩かれやすい面もあったのだろうか? それもあっただろう。いずれにしてもハディドは、批判を受け続けた。

「ハディドのお気に入りの仕事場は独裁者や暴君の裏庭だ」と、イギリスの保守的な週刊誌「スペクテイター」は2012年の記事で批判している。「建築業界やデザイン業界はいつも、最新のハディド作品を称賛してくれる。強権国家にはおあつらえむきの免罪符だ」


カタールのサッカー場「アル・ワクラ」の完成模型 Fadi Al-Assaad-REUTERS

 とりわけ問題視されているのが2022年のサッカーワールドカップ(W杯)開催地、カタールの「アル・ワクラ・スタジアム」だ。カタール政府が建設作業員を奴隷のように扱っていたことが徐々に明らかになると、ハディドは自分を追及する人々に対して激しく反発した。他のW杯関連施設の建設工事で、1000人近くの労働者が死亡していた事実についてハディドは、「私は労働者とは無関係。問題があるとすれば、それは政府が対処すべきことだ。事態が改善されることを望んでいる」と語った。

 事実関係ではハディドの言う通りかもしれない。しかし「アル・ワクラ」の肩を持ち過ぎたことで、自分自身の評判を貶めてしまった。

天才も政治と無関係に創作はできない

 アーティストが独裁者や暴君のために働くのは今に始まったことではない。時には嫌々ながら、時には自ら進んで。小説家ガートルード・スタインは、ナチスドイツに協力したフランスのビシー政権と仲が良かった。2012年にノーベル文学賞を受賞した中国の作家・莫言(モー・イエン)は、「共産党の操り人形」とも批判されている。スターリン政権下の旧ソ連、人種差別が横行するアメリカ南部でも、何か言えたのに言わなかったアーティストは多い。仕事に専念したかったのだろうが、作品には傷が残ってしまった。
 
 称賛と批判が交錯するハディドへの評価は、天才であっても抽象画のような清らかな世界で創作をすることはできない現実を物語る。誰が建築を手がけているかと同様、どんな場所で建てているかも、無視することはできない。

アレクサンダー・ナザリアン

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