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ISISからシリアを解放できるのはアメリカ、さもなくばロシアとアサド

ニューズウィーク日本版 2016年4月4日 19時0分

 パリとブリュッセルへのテロ攻撃で多くの人命が失われるのを目の当たりにした今、西側もいよいよISIS(自称「イスラム国」、別名ISIL)掃討へ本気で地上軍を差し向けるときがきた──と、普通は思うだろう。

 空爆と地上のクルド人武装勢力だけでもISISに痛手を与えることはできる。だが、軍事作戦の帰趨を決するのは地上戦だ。

 一方、ISISが「イスラム国の首都」と称するシリアのラッカには、命ある限りヨーロッパを恐怖に陥れ、北米でもその恐怖を再現しようと企む戦闘員たちがいる。

 アメリカ政府はなぜ、これを緊急事態と考えないのか。

【参考記事】シッパイがイッパイ、アメリカの中近東政策

 その答えの一部は、3月30日のホワイトハウス報道官ジョシュ・アーネストの言葉に表れている。記者はこう質問した。「大統領は有志連合に『ISISに勝ちたいなら、今すぐ地上軍を送ろう』と言うべきでは」

 アーネストの答えはこうだ。「大統領は、地上部隊の主力は自国のために戦っている人々であるべきだと考えていると思う。我々は、よその国では戦うべきでないという教訓を学んでいる」

クルド人にラッカは解放できない

 残念ながら、これらの前提に疑問を投げかける記者は一人もいなかった。我々が学んだ本当の「教訓」は何かについて問い質す記者もいない。

 だが報道官の言うことなど放っておこう。そもそも、オバマ政権はISISを掃討する地元の地上軍を組織するために何をやっているのか?

 米政権の言う「対ISIS地上部隊」の主力はクルド人だ。彼らが祖国のために戦う人々であることは間違いない。ただ彼らが戦っているのはシリアのためではなく、クルド人の自治とその土地のためだ。

【参考記事】クルド人「独立宣言」がシリアの新たな火種に

 クルド人は、トルコとの国境地帯にあるクルド人地域にISISが侵入することは阻止するだろう。では彼らは、ISISの支配下にあるラッカやデリゾールを解放できるだろうか? シリアの東部一帯から、ISISを駆逐することができるだろうか? 無理だ。

 では他に誰が、国を守るためにISISと戦うだろうか? ISISともシリアのアサド政権とも戦ってきた愛国主義の反政府勢力がいる。任務を果たせる可能性もある。だが、彼らを訓練して武器を与えるオバマ政権の計画は無残な失敗に終わった。

 では、地元の人々で構成する既存の部隊はないのか? シリア政府軍部隊がそれに相当するが、オバマ政権はISIS壊滅を託すのにはふさわしくないと判断した。残酷な独裁者アサドの軍だからだ。

 アーネストはシリア大統領のバシャル・アル・アサドをこう批判した。「国軍を使って無実の市民を攻撃した彼のやり方は許されない。シリア国民の大多数もアサドを敵と見なしている」



 そう言いながら一方では、外国のシーア派武装勢力とロシア空軍の支援を受けたシリア軍がISISを蹴散らし、古代都市パルミラに進軍するのを何もせずに眺めているのは矛盾している。

【参考記事】シリア当局者語る、「パルミラはロシアの空爆を歓迎する」

 彼らが次はラッカに向かったらどうするのか。アメリカ政府と66カ国の有志連合はただ見ないふりをするのだろうか。それともISIS排除を優先して空爆でシリア軍を援護するのか。それこそ、ロシアのプーチン大統領の思う壺だ。かつてアサドは退くべきだと主張したアメリカ大統領は、まんまとこの大量虐殺者と軍事提携を結ばされるのだろうか。

 ISISを殺すのは地元の人間であるべきだ、という基準は誤っているし、自滅的だ。ISISの殺人者の頭を貫く銃弾は、フランス人のものでもヨルダン人のものでもシリア人が放ったものと同じ効き目をもつ。

戦後復興計画の恐るべき欠如

 またISISの奴隷にされ恐怖に震えてきた女や子供たちは、彼らを解放したのが近隣諸国の兵士でなく西側諸国の兵士だったとしても、国や宗教への侮辱とは思うまい。

 本当に問うべき質問は「次は何か」ということだ。アーネストが教訓について語りたいなら、軍と民間共同の戦後復興計画の完全な欠如について語るべきだ。

 イラクはその顕著な例だ。イラクでの失敗は、米兵の戦闘能力とは何の関係もない。責任があるのは、フセイン政権を倒しさえすれば、あとは外国に亡命した優秀なイラク人が何とかしてくれると考えていた米政府関係者だ。

 ではアメリカは、ISIS掃討後、シリアの反政府勢力の統治を支えることを主眼とした軍民共同の安定化計画を準備したのか。

 答えに「ノー」はありえない。戦いの時は必ず、軍事的に敵が倒れた後の「次」を考えなければならない。

 ロシアの支援を受けた"虐殺依存症"のアサドが、ISIS支配下の都市を奪回したときに何が起こりうるのかについても、オバマ政権は考えなければならない。1つの悪が、別の悪に取って替わられるわけだ。

 また前述したように、対ISISでアメリカがアサドと組むことになればロシアの思う壺、アメリカのアラブ同盟諸国との関係は崩壊する。

 今日まで、オバマ政権の頭のなかにあるのは、祖国愛からISISと戦うシリア人という美しいイメージだ。アサドがモスクワなりイランなりへ逃亡した後、シリア軍と反政府武装勢力が手に手を取ってISISが待つ東へ行進する......。

 美しい。だが、いったいいつまで待てば実現するのか。パリとブリュッセルの後、次の大規模テロまでどれだけ時間が残されているのだろうか。

This article first appeared on the Atlantic Council site.

Frederic C. Hof is a resident senior fellow with the Atlantic Council's Rafik Hariri Center for the Middle East.



 






 


 
 


 

 

 

フレデリック・ホフ(大西洋協議会中東センター上級研究員、元米中東特使)

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