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中高年男性がキレる理由がわかった!(けれども......)

ニューズウィーク日本版 2016年4月5日 19時30分

『中高年がキレる理由』(榎本博明著、平凡社新書)は、心理学博士である著者が、誰もが見聞きしたことがあるであろう「キレる中高年」の実態、彼らがキレる理由、そしてキレないための心構えなどを簡潔にまとめたものである。

 実は私も半月ほど前、中高年がキレる現場に遭遇した。携帯ショップで機種変更をしているとき、(ついさっきまで穏やかに談笑していたはずの)初老男性がいきなり大声でキレはじめ、一方的に怒鳴り散らしてから出て行ってしまったのである。

 そののち店員に「大変だね、ああいう人って多いの?」とたずねてみたら、「そうですね、少なくとも1日におひとりは......」という答えが返ってきたので、えらく驚いた。キレる中高年が増加していることにはうすうす気づいていたけれど、まさかそんなに多いとは......。それにつきあわされる、20~30代のショップ店員も大変である。

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 それはともかく、コンビニ、駅、病院、その他の公共施設において、キレる中高年を見る機会は本当に増えた。いったい、それはなぜなのだろうか?

 心理学の世界で有名な理論に「欲求不満―攻撃仮説」というものがある。欲求不満が高じると攻撃的になるというものだ。ちょっとしたことで怒り出す人。他人の何気ない言葉に、勝手に悪意を感じて、攻撃的な態度を示す人。仕事でも何でも、うまくいった人に対して、嫌みったらしいことを言う人。仕事などでミスをした人を必要以上にこき下ろす人。そのような攻撃的な人は、思い通りにならないことが多く、欲求不満を溜め込んでいると考えられる。(37~38ページより)

 しかも問題は、明らかに危ない人や、もともとキレやすい人などが予想どおりにキレるのではないという点にある。普段は穏やかで、とてもキレそうには思えない人が突然キレたりするのだ。著者も指摘しているとおり、それは真面目な人に多いのだろうが、日ごろは抑制が効いている人がいきなり変貌するのだから、その根は深いとしかいえない。

 だが、そうだとすれば、ちょっとしたことでキレる中高年の多くは真面目で、しかし「うまくいっていない」人が多いということになる。このことについて著者は、中年期が人生の折り返し地点であることを理由のひとつとして挙げている。

人生の折り返し地点に到達すると、これまでの生活を振り返り、日頃の生活の前提となっている枠組みそのものに目が向くようになる。日常の歩みをいったん止めて、生活の枠組みを見直す時期になったのである。(67~68ページより)



 多くの方が実感できるだろうが、20~30代はまだまだ未熟な段階だ。社会に出て自分の立場を築くことに精いっぱいだから、与えられた枠組みのなかで最善を尽くし、少しずつ自信をつけ、積み木を重ねていくようにして地位を築いていくということ。

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 だが中年期に入ると、自分を取り囲む環境やライフスタイル、家族との関係、ひいては自分が積み上げてきたものの価値などに対する疑問が生じてくる。しかもそんな内面の変化に輪をかけるかのように、働き方そのものが大きく変わってきた。いうまでもなく、努力主義から成果主義への移行である。

 これまでは成果を競うということを意識することなく、とにかく頑張っていればそれなりに評価してもらえた。だれのどんな行動がどんな成果を生んだというようなことを意識しないで、とになくみんなで頑張っていこうといった感じでやっていれば、みんながそれなりに評価された。
 それが、いくら頑張っても成果を出さないと評価されないシステムに変わってきた。当然、だれが成果を出したのかが問われる(81ページより)

 そして、そこに輪をかける要因として著者が引き合いに出しているのが、IT化による技術革新だ。デジタル機器に慣れない中高年が、それらを難なく使いこなす若い世代から蔑まれ、時代に取り残される不安感に強く脅かされているということだ。

 テクノロジーに乗り遅れた大人と聞いて思い出すのは、「IT革命」という流行語を「イット革命」と読んで嘲笑を買った森喜朗だが、とはいえあれは15年以上も前の話だ。あのころすでに「パソコンを使えない中高年」は問題視されていたと記憶するから、決して目新しい話ではない。しかし、そうはいっても、まだまだ適応できない中高年が少なくないことも事実。だとすれば、それも少なからず「キレる一因」になっているのかもしれない。

 いずれにしても、職場においても家庭においても中高年の居場所がなくなり、影響力や存在感も希薄になっていると考えるべきなのだろうか。その結果として彼らは、著者の言葉を借りるなら「自分の価値観・正義感は棚上げし、理不尽な叱責にもヘコヘコ頭を下げるなど」、屈辱に耐えながら生きているということなのだろう。

 そんなときも、ここでキレたら子どもが進学できなくなる、家族の生活が成り立たなくなると思い、歯を食いしばって我慢してきた。(中略)それなのに政府は、一億総活躍社会などとバカげたことを言い出す。(157ページより)



 そんな言葉が、多くの中高年男性が溜め込んできた思いをますます爆発しやすくさせるのだと著者はいう。たしかに一億総活躍社会という発想は、私の目から見ても「笑えないお笑い」でしかない。ただ、ちょっと引っかかる部分もある。本当に議論すべき問題は、「その先」にある気がしてならないのだ。

 本書の大部分は中高年がキレる理由の解釈に費やされており、そこに書かれていることは納得できることばかりである。しかし、ただ彼らに共感するだけでは、なんの解決にもならないはずだ。

 つまり「キレる理由」を検証したのであれば、そのあとに続くべきは「キレなくてすむような手段」を提示することであろう。読み進めながらその部分に早くたどり着きたいと感じたし、たしかに第6章では、そのための策が講じられている。ただ、そこに書かれているのは「ひと呼吸置く」とか「ネガティブな思いの反芻グセを直す」とか、あるいは「ストレスコーピング(いわゆるストレス解消)の実践」など、誰にでも考えつくようなことばかりである。

 もっと、「そうか、そういう考え方もあったか!」と思えるようななにかにたどり着きたかったのだが、残念ながらそこが本書には欠けている。また、「中高年」といいながら、実際には「中高年男性」だけのことしか書かれていない点も気になった。

 なぜならキレる傾向にあるのは、必ずしも男性だけではないからだ。事実、冒頭のエピソードから数週間後のつい先日、設定の仕方を教えてもらうため携帯ショップを再訪すると、今度は40代くらいの女性が大声で若い店員を罵倒しはじめた。

 できすぎのようだが、すべて嘘偽りのない実話である。つまり事態は、「中高年男性の反乱」的な見方で片づけられるようなものではないのだ。おそらく、もっと根が深いのだ。

 決して否定したいわけではない。読んでよかったと感じたし、出るべくして出た作品だとも感じる。だからこそ、もう少し掘り下げて欲しかったという思いが残ったことも否定できない。


『中高年がキレる理由』
 榎本博明 著
 平凡社新書


[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「Suzie」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、多方面で活躍中。2月26日に新刊『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)を上梓。


印南敦史(作家、書評家)

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