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「パナマ文書」問題がアメリカでは大騒ぎにならない理由 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2016年4月7日 16時15分

 パナマの法律事務所モサック・フォンセカが作成した、膨大な機密文書の暴露、いわゆる「パナマ文書」問題では、アイスランドのグンラウグソン首相の辞任を求める声が高まっています。また、イギリスのキャメロン首相については、亡くなった父親がリストに含まれているという暴露があり、その他にもウクライナのポロシェンコ大統領や、サウジのサルマン国王などの名前も挙がっています。

 また、中国の習近平主席の親族の名前や、ロシアのプーチン大統領の友人の名前も出ているそうです。またサッカーのスター選手である、アルゼンチンのリオネル・メッシ選手(FCバルセロナ)については親族の名前が出ているそうですし、そのサッカーに関してはFIFA(国際サッカー連盟)のスキャンダルに関係した暴露もあって、各国はその対応や報道で大騒ぎになっているという状況です。

 要するに「オフショア」、つまり「タックスヘイブン(租税回避地)」を利用して課税を逃れていた「顧客名簿」と、その関連資料が流出しているのですが、一部報道によれば総数は1150万件であるとか、関係した企業は21万社などという規模に及んでいるようです。

 資料のリークについては、まずドイツの新聞社「南ドイツ新聞」に持ち込まれ、その後、多くの国のジャーナリストの協力によって解析が進み、今月3日に報道が始まりました。なお、資料の解析はまだ続いているようで、5月にはさらに詳細の暴露があるという情報もあります。

【参考記事】世紀のリーク「パナマ文書」が暴く権力者の資産運用、そして犯罪

 この問題、アメリカではそれほど大きな騒ぎになっていません。とにかく、今月5日のウィスコンシン州予備選でトランプが負けたことから、「トランプ旋風の終わりの始まり」だというムードが出てきており、ニュースのヘッドラインはその話ばかり。その他は大学バスケット選手権の話題くらいというのが実情です。

 一説には、これはアメリカが仕組んだ暴露であるという解説もあります。というのは、暴露の規模が大きい割にはアメリカの大物が入っておらず、ロシアや中国のトップ絡みの情報が入っているという、アメリカの利益になるような「状況証拠」があるからです。

 さすがにこの「アメリカのリーク」説というのは、陰謀論にしても荒唐無稽ですが、それにしても、これだけの規模のスキャンダルの割には、アメリカが静かなのは確かに奇妙です。



 一つには、そもそも「租税回避地を使う」ことも含めて、合法的な節税を行うことには、まったく罪悪感がないというカルチャーがあると思います。建国の理由が英国王の徴税権からの離脱が目的だったこともありますし、そもそも節税や脱税に関する倫理的な非難が「されない」風土があるのです。

 80~90年代にレオナ・ヘルムズリーという女性が、ニューヨークのホテル王として一世を風靡しました。同時に彼女は「税金を払うのが嫌い」だと放言して脱税を繰り返し、逮捕されたり収監されたりという「お騒がせ」の存在でした。ですが、彼女が「脱税女王」として有名になっても、彼女の名前を冠した「ヘルムズリー・ホテルズ」のブランドは、彼女の存命中は衰えることはなかったように思います。

 現代のニューヨークのホテル王といえばドナルド・トランプですが、彼は大統領候補でありながら、確定申告書の公開を拒んでいて、その理由が「確定申告書がいつまでも確定しないから」と言っています。どういうことかと言うと、14年連続で税務調査の対象となり、要するに申告しても税務署が信じないので必ず税務調査がされて、最後は彼の得意な「ディール」で済ませるまで何年もかかるというわけです。

 そこまで納税意識が低いと、欧州やアジアでは社会的に非難されそうですが、アメリカでは、この点に関して言えば「トランプ支持派」でなくても、そんなに目くじらを立てることはありません。

【参考記事】パナマ文書はどうやって世に出たのか

 もう一つの理由は、租税回避地を使った節税が余りにも一般的になっているために、今回のリークの対象となった専門の法律事務所を使わなくても、アメリカ国内の普通の大手の会計事務所でオープンにできてしまうし、上場企業の場合は開示資料の中で堂々と開示していることが多いということがあります。その結果として、アメリカの「利用者」は、今回のモサック・フォンセカのリークには、余り入っていなかったということがあると思います。

 ちなみに、今回の「パナマ文書」問題に激怒して、オフショアを使った節税への規制強化に乗り出すという主張をしているのは、バーニー・サンダース候補です。これもアメリカでは、要するに「社会主義的な」左派ポピュリズムの立場からでないと、租税回避地の利用に対する積極的な批判は出てこないというわけです。

 オバマ大統領も事件を受けて「税法の欠陥を埋めるような改善が必要」だと述べていますが、同時に「租税回避地の利用を取り締まる」というサンダースのような主張が、TPP批判とセットになって保護貿易的な「経済鎖国思想」になることには警戒感を持っているようです。共和党の主流派になると、それはもっと顕著です。

 このような理由から、「パナマ文書」問題に対するアメリカの姿勢は、欧州やアジアでの大騒ぎとは少しトーンが異なっています。

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