パナマ文書のニュースはもうご存じだろう。では、パナマ文書に専用ウェブサイトが用意されていることや、#panamapapers のハッシュタグもあることはご存じだろうか。ジャーナリストたちがパナマ文書をいかに「モノにした」か、ニューヨーク・タイムズがなぜパナマ文書について知らされていなかったのか、今回のリークの規模がいかにケタ違いか(文書にして1150万件、データにして2.6テラバイト)?
パナマ文書には2つの側面がある。1つは、法律事務所モサック・フォンセカの内部告発者がもたらしたらしいナマの巨大データ、という側面。データのほとんどは、オフショア法人の設立と投資に関するもののようだ。その多くは公明正大だが、別の多くは世界から集まったドス黒い金だ。2つめは、ジャーナリストたちの協同作業による分析・調査・公開を経て、グローバル・ジャーナリズムの一大イベントになったという側面だ。
今回のように、リークが製品のように扱われるのは初めてで、現実とは思えない。まるで新製品の発売だ。国境を越えたジャーナリスト・チームと洗練されたホームページ。リークがあって、計画が練られて、誕生したのが、ジャーナリズム印の「パナマ文書」というブランドだ。
ここには不気味なメッセージが込められている。ウィキリークスが暴露した外交公電などゴミだ、不倫サイト「アシュレイ・マディソン」の顧客データベースも問題外、それよりも2.6テラバイト分のナマの腐敗情報のほうがずっと凄い。
【参考記事】不倫サイトがハッカーに襲われたら
まずはこのチャートを見てくれ、と彼らは言う。いちばん上の長いバーが今回のリークだ。どうだ、大きいだろう!
リークされたデータは、スノーデン(上から3番目)やウィキリークス(4番目)と比べてもパナマ文書が圧倒的に大きい
リーク情報の価値はいつからテラバイトで決まるようになったのだろうか?
パナマ文書の発覚で、アイスランドの首相は辞任に追い込まれた。大したものだ、そしてこれはほんの序の口だ......。
ここでの売り物は我々が日ごろから読んだり買ったりするニュースだけではなく、ジャーナリズムそのものだ、という気がしてならない。ブランド化された大量のリーク情報はジャーナリズムの新しい商品となり、報道機関の存在意義になる。彼らはこう言っているようでもある。「この膨大なデータの点と点を結びつけ、裏を取る気があるのはどうせジャーナリストだろう」
彼らの献身的なサービスに、お礼を言わなければなるまい。
以下は先月、私がニューリパブリック誌に書いた記事からの引用だ。まだパナマ文書がニュースになる前のことだ。パナマ文書は、大きなトレンドの一部に過ぎない。
アカデミー賞作品賞を受賞した映画『スポットライト 世紀のスクープ』の舞台は2001年ごろで、多くの登場人物が紙の書類を読んでいる。今の我々の問題は、この当時とはまるで別物だ。データはどこからでも入手可能。そこでメディアは、巨大なデータを大衆のために翻訳するという新しい役割を担うことになる。寄付で調査報道を行うNPOメディアのプロパブリカはその一例だ。彼らは、他のいくつかのメディアと共同で「ドキュメントクラウド」というプロジェクトを推進している。PDFファイルの山を検索しやすくする技術を開発するのが目的だ。
巨大なリーク情報は、あまりに退屈で難解なので一般の人は避けて通りがちだ。アシュレイ・マディソンのように興味深い顧客データベースでさえもだ。私はダウンロードしてみたが、よくわからないデータばかりで本当に退屈だった。
元CIA職員のエドワード・スノーデンやウィキリークスの例を挙げるまでもなく、我々はグローバルな巨大リークがあり得る新しい世界に住んでいる。そこでは、そうしたデータを吟味して加工し、利用可能な形にして、残りは一般人の手の届かないところに保管するのが事実上メディアの仕事だ。大衆でも理解できるような形にリークを加工し、どのリークが公開できるかを決めるのは2010年代のメディアの新たな責任ともいえる。そうした特権の代わり、メディアは訴訟リスクを負いながら複雑なデータと格闘する。
【参考記事】ウィキリークス爆弾で外交は焼け野原に
【参考記事】米検閲システム「プリズム」を暴露した男
パナマ文書が流出したモサック・フォンセカ法律事務所の内部には、潜在的に腐敗した未完の世界経済があった。メディアは地図を完成させ、その結果を少しずつ小出しにして人々の関心を長引かせることで利益を最大化する。
今回姿を表した「リーク・ジャーナリズム」の同盟は、世界の人々の利益にかなっているのだろうか。パナマ文書プロジェクトを率いた国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)はそう思って欲しいだろう。
確信のある答えはない。なぜなら、私もパナマ文書の生データにアクセスできないからだ。アクセスできるのは世界でもほんの数百人の人間だろう。従って、パナマ文書がジャーナリストにとってではなく我々にとって何を意味するかがわかるまでには、まだ長い時間がかかることになる。
This article was originally published on the Track Changes site.
Paul Ford is co-founder of Postlight and a contributing editor at the New Republic.
ポール・フォード(ニューリパブリック誌外部編集員、ポストライト社共同創業者)
パナマ文書には2つの側面がある。1つは、法律事務所モサック・フォンセカの内部告発者がもたらしたらしいナマの巨大データ、という側面。データのほとんどは、オフショア法人の設立と投資に関するもののようだ。その多くは公明正大だが、別の多くは世界から集まったドス黒い金だ。2つめは、ジャーナリストたちの協同作業による分析・調査・公開を経て、グローバル・ジャーナリズムの一大イベントになったという側面だ。
今回のように、リークが製品のように扱われるのは初めてで、現実とは思えない。まるで新製品の発売だ。国境を越えたジャーナリスト・チームと洗練されたホームページ。リークがあって、計画が練られて、誕生したのが、ジャーナリズム印の「パナマ文書」というブランドだ。
ここには不気味なメッセージが込められている。ウィキリークスが暴露した外交公電などゴミだ、不倫サイト「アシュレイ・マディソン」の顧客データベースも問題外、それよりも2.6テラバイト分のナマの腐敗情報のほうがずっと凄い。
【参考記事】不倫サイトがハッカーに襲われたら
まずはこのチャートを見てくれ、と彼らは言う。いちばん上の長いバーが今回のリークだ。どうだ、大きいだろう!
リークされたデータは、スノーデン(上から3番目)やウィキリークス(4番目)と比べてもパナマ文書が圧倒的に大きい
リーク情報の価値はいつからテラバイトで決まるようになったのだろうか?
パナマ文書の発覚で、アイスランドの首相は辞任に追い込まれた。大したものだ、そしてこれはほんの序の口だ......。
ここでの売り物は我々が日ごろから読んだり買ったりするニュースだけではなく、ジャーナリズムそのものだ、という気がしてならない。ブランド化された大量のリーク情報はジャーナリズムの新しい商品となり、報道機関の存在意義になる。彼らはこう言っているようでもある。「この膨大なデータの点と点を結びつけ、裏を取る気があるのはどうせジャーナリストだろう」
彼らの献身的なサービスに、お礼を言わなければなるまい。
以下は先月、私がニューリパブリック誌に書いた記事からの引用だ。まだパナマ文書がニュースになる前のことだ。パナマ文書は、大きなトレンドの一部に過ぎない。
アカデミー賞作品賞を受賞した映画『スポットライト 世紀のスクープ』の舞台は2001年ごろで、多くの登場人物が紙の書類を読んでいる。今の我々の問題は、この当時とはまるで別物だ。データはどこからでも入手可能。そこでメディアは、巨大なデータを大衆のために翻訳するという新しい役割を担うことになる。寄付で調査報道を行うNPOメディアのプロパブリカはその一例だ。彼らは、他のいくつかのメディアと共同で「ドキュメントクラウド」というプロジェクトを推進している。PDFファイルの山を検索しやすくする技術を開発するのが目的だ。
巨大なリーク情報は、あまりに退屈で難解なので一般の人は避けて通りがちだ。アシュレイ・マディソンのように興味深い顧客データベースでさえもだ。私はダウンロードしてみたが、よくわからないデータばかりで本当に退屈だった。
元CIA職員のエドワード・スノーデンやウィキリークスの例を挙げるまでもなく、我々はグローバルな巨大リークがあり得る新しい世界に住んでいる。そこでは、そうしたデータを吟味して加工し、利用可能な形にして、残りは一般人の手の届かないところに保管するのが事実上メディアの仕事だ。大衆でも理解できるような形にリークを加工し、どのリークが公開できるかを決めるのは2010年代のメディアの新たな責任ともいえる。そうした特権の代わり、メディアは訴訟リスクを負いながら複雑なデータと格闘する。
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パナマ文書が流出したモサック・フォンセカ法律事務所の内部には、潜在的に腐敗した未完の世界経済があった。メディアは地図を完成させ、その結果を少しずつ小出しにして人々の関心を長引かせることで利益を最大化する。
今回姿を表した「リーク・ジャーナリズム」の同盟は、世界の人々の利益にかなっているのだろうか。パナマ文書プロジェクトを率いた国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)はそう思って欲しいだろう。
確信のある答えはない。なぜなら、私もパナマ文書の生データにアクセスできないからだ。アクセスできるのは世界でもほんの数百人の人間だろう。従って、パナマ文書がジャーナリストにとってではなく我々にとって何を意味するかがわかるまでには、まだ長い時間がかかることになる。
This article was originally published on the Track Changes site.
Paul Ford is co-founder of Postlight and a contributing editor at the New Republic.
ポール・フォード(ニューリパブリック誌外部編集員、ポストライト社共同創業者)