4月3日に流出した「パナマ文書」が世界のメディアを賑わせている。リストにはイギリスのキャメロン首相の親類やロシアのプーチン大統領の知人、中国の習主席を含む共産党トップの親類など大国指導者の関係者も多数含まれており、説明責任への糾弾はまだ続きそうだ。
なかでももっともおおきな反響があったのは、アイスランドだろう。アイスランドでは、「パナマ文書」がリークされた翌日に首都・レイキャビクの国会議事堂前で大規模なデモが発生。参加者の数は人口の10%とも言われる。
pic.twitter.com/bKJqFnuneb— (╯°□°)╯︵ ┻━┻ (@w03_) 2016年4月4日
4月4日、アイスランド大規模デモの様子(Tweet by Jason Scott)
その大規模デモを受け、4月5日にはアイスランド首相が辞意を表明。「パナマ文書」が国家首脳の解任につながる第一例となった。
ところでアイスランドといえば、去年からその政治動向に異変が起きているということをご存知だろうか? 2012年に発足した「海賊党」という新興政党が支持率を伸ばし、世論調査で一年以上も与党を抑えて支持率一位を獲得しているのだ。
今回のデモにおいても、海賊党はSNSを駆使してその様子を実況。その動画や画像は世界中に拡散し、話題を集めている。「パナマ文書」後に行われた世論調査によれば、大多数の国民が首相の退陣を求める中、海賊党の支持率はさらに上昇し43%にまで登っている。
The protest continues. 3 hours in. Thanks for the eggs ^^ #PanamaLeaks #panamapapers #iceland pic.twitter.com/wdGiGOjn8O— Ásta Helgadóttir (@asta_fish) 2016年4月4日
国会議事堂に卵が投げられる様子を、国会議事堂の中からツイートする海賊党のエスタ・ヘルガドッター国会議員(Tweet by Ásta Helgadóttir)
海賊党とは?
海賊党はそもそも、2006年にスウェーデンで「デジタルテクノロジーをつかって政治をより良くする」ことを標榜し、「著作権法の改正」「オンライン上のプライバシー保護」「情報の自由なアクセス」などをマニフェストに掲げ設立された。その躍進はインターネットを通じて瞬く間にヨーロッパ中に広まり、同時に海賊党の政策もより包括的なものになっていく。その中には、「液体民主主義」と呼ばれる、インターネットを通じたオンライン投票・熟議システムの導入や、デジタルテクノロジーを使った政治の透明性の推進なども含まれる。2011年、海賊党はドイツ・ベルリンの市議選で得票率8.9%を得て第三党となる。また、スイス、オーストリア、チェコ、スペインの地方議会でも議席を得る。2009年と2014年の欧州議会選挙ではそれぞれスウェーデンとドイツから議席を獲得。2013年にアイスランドの総選挙で得票率5・1%で3議席を獲得し、はじめて国政に進出した。
しかし、「デジタルテクノロジーを駆使した政治運営」がはじめこそネット世代の若者に支持されたものの、経験不足の露呈や内部分裂などから最も趨勢を誇ったスウェーデンやドイツではここ数年支持率が低迷している。
そこへ来て、アイスランドでの海賊党のこの躍進である。
筆者はそんなアイスランド海賊党の人気の秘密を探るべく、パナマ文書流出のちょうど一か月前にアイスランドで現地調査を行っていた。
人気を博すアイスランド海賊党
アイスランドで海賊党は少なくとも1年以上、与党を抑えて国内支持率一位を獲得し続けている。メディアの調査では支持率は大体35%〜40%くらいを推移。党員は2000人くらいだが、誰でも参加できるアイスランド海賊党の公開板の人数は6000人を超える。人口30万人の国でこれは大きな数字だ。
アイスランドの「次の選挙でどの政党に投票するか」を表す世論調査。(左2013年3月、右2016年3月) 紫の線が海賊党
ではアイスランド海賊党の人気の理由は何なのだろうか?
党員によると、様々な理由が組み合わさって今回の支持率上昇につながっているそうだが、一番の理由は「従来型の政治に人々が辟易している」ことにあるのだという。アイスランドでは長い間中道右派の政党が連立政権を握り、政治腐敗が常態化していた。加えて2008年のアイスランド金融危機で国民の政治不信はピークに達する。それを受けた2009年の選挙では長年政権を取っていた独立党が大幅に議席を減らし中道左派政権が誕生するものの、その政権運営に国民の不満が続出。2013年の選挙では再度独立党を中心とする右派政権へと回帰した。
期待を持って投票した左派政権への落胆、そして旧来の腐敗した政権への逆戻り―そんな状況に悲観し、政治に対してあきらめていた国民の気持ちを吸い上げたのが海賊党だった。
海賊党のやり方はユニークだ。まず、海賊党はトップダウンの政策決定をまるごと否定する。それだけでなく、マニフェストに書かれたふたつの大きな政策(憲法改正とEU加盟)にすら、「これ」といった解答を用意していない。憲法を改正すべきかすべきでないか、EUに加盟するべきかそうでないか―それを決めるのは国民であって、党ではない。海賊党は、国民が議論を尽くすための情報を与え、専門家と利益団体をつなぎ、国民にとって最適の解を出すための「プラットフォーム」として存在する―それが彼らの考えなのである。
海賊党の理念―「批判的思考」と「オープン・スペース・テクノロジー」
しかし、この「みんなが参加できるボトムアップの政策決定」は誰もが発言権を持つというその特徴ゆえに、党内のカオスや内部分裂の危険性を常にはらむ。実は、これこそがスウェーデンやドイツ海賊党の凋落の原因でもある。ボトムアップで政策決定をする場合、たとえば極端な右派の人と極端な左派の人が同じテーブルで議論を重ねなければならないが、そうなると結局話し合いが折り合わず、声の大きい人が勝つか、もめて個人バッシングにつながっていきがちなのである。これは過去の様々な海賊党が嵌ってしまった罠とも言えよう。
そのような事態を防ぐために設けられているのが、アイスランド海賊党のコア・ポリシーでもある「批判的思考」だ。アイスランド海賊党はこの「批判的思考による政治決定」をコア・ポリシーの第一条に掲げており、その次に「市民権」「プライバシーの権利」「政治の透明性」などが挙げられている。
コア・ポリシー全訳はこちらに
「批判的思考」とは、文章では「その政策の是非に関係なく(偏見なく)集められたデータと知識をもとに政策を決定すること」と説明されているが、その意味はこれだけに留まらず、アイスランド海賊党の政策議論の根本理念としても成り立っている。つまりそれは、議論において発言者はなにを言ってもよく、参加者はどんな発言も受け入れなければならない。ただし、発言者は同時にその発言の論理的なバックアップを常に求められ、参加者も発言者の属性やバックグラウンドではなく、その発言自体の論理性のみを追求すべしという考え方だ。
究極的なことを言えば、たとえばアイスランド海賊党の国会議員はアイスランド海賊党の決定に従う必要はなく、自分の考えに則って自由に発言し、投票ができる。そして党員はそれに文句を言ってはいけない。ただし、国会議員はつねに、自分の発言や自分の投票行動を論理的に説明し、正当化しなければならない。それがアイスランド海賊党の「批判的思考」の実践なのである。
アイスランド海賊党の政策会議の様子。(Photo by Rio Nishiyama, CC0 1.0)
もう一つ、アイスランド海賊党が議論に用いているのは、「オープン・スペース・テクノロジー」のメソッドだ。
オープン・スペース・テクノロジーとは、参加者が主体的にアジェンダを設定し、議事を進めていくような議論のやり方で、参加者は自分の好きなセッションをみずから立ち上げ、それらに自由に参加し、また離脱することができる。このやり方によって政策決定に参加者の自主性・自律性がうながされる。アイスランド海賊党はこのやり方をほとんどの政策議論に用いているのだという。
「批判的思考」によって政策の論理性・妥当性を担保し、かつ「オープン・スペース・テクノロジー」の議論運営によって参加者の自立性を確保する。見えてくるのは、アイスランド海賊党の人気の秘密は「どんな政策を」(What)訴えるかではなく、まずその根底にある「どのようにして」(How)政治を運営するか、に焦点を当てた党方針にあるということだ。そしてそれは、今日の民主政治において、「どのようにして」政治を運営するか、という根本的な問題がいかにないがしろにされてきたかを裏付けるものでもある。これは必ずしも、アイスランドの政治に限った話ではないだろう。
オンラインプラットフォームを使った、政策決定プロセス
では、アイスランド海賊党の実際の政策決定プロセスはどのようなものなのだろうか?
政策決定には党のオンラインプラットフォームを使い、すべての公式な政策決定は、このプラットフォームの多数決投票によって決められなければならない。
サイトに行くと、左上のコラムに「政策一覧」(外交、安全保障、社会保障、教育、...など)、右のコラムに「すでに議論が終了し、決定が下された政策」、左下のコラムに「現在議論中の政策」と分かれている。
政策決定のプロセスはこうだ。
まず、とある政策について議論したいひとは誰でも(党員でなくても)、党の理事会(Executive board)に申請し、政策会議をひらくことができる。政策会議には誰でも参加できる。その会議で当該の政策は5%以上の支持を得なければならない。
5%以上の支持を得た政策は、今度は上記のオンラインプラットフォームで議題として提示される。ここであらためて議題は掲示板で議論されることになる。政策会議は党員でなくても発議することができるが、オンラインプラットフォームでコメントしたり投票したりするには、党員である必要がある。
興味深いことに、アイスランドではマイナンバーに似た個人識別共通番号制度があり、このプラットフォームはその共通番号リストと連動しているため、党員になる=オンラインプラットフォームに登録する=アイスランド市民として認証される、がひとつの行為でつながっている。これによって匿名による荒らしや不正投票を防ぐことができる。
党員としてシステムにログインすると、コメント機能や投票機能が表示され、設定された期間内であれば自由にコメントしたり、投票したり自分の投票を変えたりすることができる。
これは現在議論中の政策。「環境」分野の「中央高地保護」に関するものだ
「オンラインプラットフォームによる政策決定」という仕組みは、ドイツ海賊党で導入されたリキッド・フィードバックに似ているが、こちらは投票を委任できないという点で「液体民主主義」ではない。また、ドイツ海賊党では液体民主主義の導入を通した直接・間接民主主義のクオリティ向上が一時おおきなトピックになっていたのと異なり、アイスランド海賊党の重点はそこにはないのだという。
アイスランド海賊党員で市議会評議員のある人によれば、
「アイスランド海賊党がいま目指しているのは直接民主制の実現ではなく、『権力を持つ人と持たざる人の力の差を是正すること』だ。だからこそ、個人を権力の濫用から守るためにプライバシーの保護が必要だし、権力をひとびとと同じレベルに下げるために、政治の透明性が必要なんだ」
そしてオンライン・プラットフォームはその「政治決定の透明性」のために必要不可欠なのだという。
今回の「パナマ文書」のリークによって政治腐敗の問題点や政治の透明性の必要性がさらに取り沙汰されることは間違いなく、支持率の上昇も確実視されるアイスランド海賊党。今後のアイスランド政治から目が離せない。
[筆者]
Rio Nishiyama
元・欧州議会インターン。1991年生まれ。早稲田大学社会科学部・政治経済学部中退。オランダ・マーストリヒト大学卒業。2011年、スウェーデンのルンド大学に留学時海賊党を知りその後活動に関わることになる。大学卒業後、ブリュッセルの欧州議会にてドイツ海賊党議員のもとで半年間のインターンを経験。その後帰国。専攻はEU政治とEU著作権法改正プロセス。(Website: https://ldjp.wordpress.com/)
Rio Nishiyama
なかでももっともおおきな反響があったのは、アイスランドだろう。アイスランドでは、「パナマ文書」がリークされた翌日に首都・レイキャビクの国会議事堂前で大規模なデモが発生。参加者の数は人口の10%とも言われる。
pic.twitter.com/bKJqFnuneb— (╯°□°)╯︵ ┻━┻ (@w03_) 2016年4月4日
4月4日、アイスランド大規模デモの様子(Tweet by Jason Scott)
その大規模デモを受け、4月5日にはアイスランド首相が辞意を表明。「パナマ文書」が国家首脳の解任につながる第一例となった。
ところでアイスランドといえば、去年からその政治動向に異変が起きているということをご存知だろうか? 2012年に発足した「海賊党」という新興政党が支持率を伸ばし、世論調査で一年以上も与党を抑えて支持率一位を獲得しているのだ。
今回のデモにおいても、海賊党はSNSを駆使してその様子を実況。その動画や画像は世界中に拡散し、話題を集めている。「パナマ文書」後に行われた世論調査によれば、大多数の国民が首相の退陣を求める中、海賊党の支持率はさらに上昇し43%にまで登っている。
The protest continues. 3 hours in. Thanks for the eggs ^^ #PanamaLeaks #panamapapers #iceland pic.twitter.com/wdGiGOjn8O— Ásta Helgadóttir (@asta_fish) 2016年4月4日
国会議事堂に卵が投げられる様子を、国会議事堂の中からツイートする海賊党のエスタ・ヘルガドッター国会議員(Tweet by Ásta Helgadóttir)
海賊党とは?
海賊党はそもそも、2006年にスウェーデンで「デジタルテクノロジーをつかって政治をより良くする」ことを標榜し、「著作権法の改正」「オンライン上のプライバシー保護」「情報の自由なアクセス」などをマニフェストに掲げ設立された。その躍進はインターネットを通じて瞬く間にヨーロッパ中に広まり、同時に海賊党の政策もより包括的なものになっていく。その中には、「液体民主主義」と呼ばれる、インターネットを通じたオンライン投票・熟議システムの導入や、デジタルテクノロジーを使った政治の透明性の推進なども含まれる。2011年、海賊党はドイツ・ベルリンの市議選で得票率8.9%を得て第三党となる。また、スイス、オーストリア、チェコ、スペインの地方議会でも議席を得る。2009年と2014年の欧州議会選挙ではそれぞれスウェーデンとドイツから議席を獲得。2013年にアイスランドの総選挙で得票率5・1%で3議席を獲得し、はじめて国政に進出した。
しかし、「デジタルテクノロジーを駆使した政治運営」がはじめこそネット世代の若者に支持されたものの、経験不足の露呈や内部分裂などから最も趨勢を誇ったスウェーデンやドイツではここ数年支持率が低迷している。
そこへ来て、アイスランドでの海賊党のこの躍進である。
筆者はそんなアイスランド海賊党の人気の秘密を探るべく、パナマ文書流出のちょうど一か月前にアイスランドで現地調査を行っていた。
人気を博すアイスランド海賊党
アイスランドで海賊党は少なくとも1年以上、与党を抑えて国内支持率一位を獲得し続けている。メディアの調査では支持率は大体35%〜40%くらいを推移。党員は2000人くらいだが、誰でも参加できるアイスランド海賊党の公開板の人数は6000人を超える。人口30万人の国でこれは大きな数字だ。
アイスランドの「次の選挙でどの政党に投票するか」を表す世論調査。(左2013年3月、右2016年3月) 紫の線が海賊党
ではアイスランド海賊党の人気の理由は何なのだろうか?
党員によると、様々な理由が組み合わさって今回の支持率上昇につながっているそうだが、一番の理由は「従来型の政治に人々が辟易している」ことにあるのだという。アイスランドでは長い間中道右派の政党が連立政権を握り、政治腐敗が常態化していた。加えて2008年のアイスランド金融危機で国民の政治不信はピークに達する。それを受けた2009年の選挙では長年政権を取っていた独立党が大幅に議席を減らし中道左派政権が誕生するものの、その政権運営に国民の不満が続出。2013年の選挙では再度独立党を中心とする右派政権へと回帰した。
期待を持って投票した左派政権への落胆、そして旧来の腐敗した政権への逆戻り―そんな状況に悲観し、政治に対してあきらめていた国民の気持ちを吸い上げたのが海賊党だった。
海賊党のやり方はユニークだ。まず、海賊党はトップダウンの政策決定をまるごと否定する。それだけでなく、マニフェストに書かれたふたつの大きな政策(憲法改正とEU加盟)にすら、「これ」といった解答を用意していない。憲法を改正すべきかすべきでないか、EUに加盟するべきかそうでないか―それを決めるのは国民であって、党ではない。海賊党は、国民が議論を尽くすための情報を与え、専門家と利益団体をつなぎ、国民にとって最適の解を出すための「プラットフォーム」として存在する―それが彼らの考えなのである。
海賊党の理念―「批判的思考」と「オープン・スペース・テクノロジー」
しかし、この「みんなが参加できるボトムアップの政策決定」は誰もが発言権を持つというその特徴ゆえに、党内のカオスや内部分裂の危険性を常にはらむ。実は、これこそがスウェーデンやドイツ海賊党の凋落の原因でもある。ボトムアップで政策決定をする場合、たとえば極端な右派の人と極端な左派の人が同じテーブルで議論を重ねなければならないが、そうなると結局話し合いが折り合わず、声の大きい人が勝つか、もめて個人バッシングにつながっていきがちなのである。これは過去の様々な海賊党が嵌ってしまった罠とも言えよう。
そのような事態を防ぐために設けられているのが、アイスランド海賊党のコア・ポリシーでもある「批判的思考」だ。アイスランド海賊党はこの「批判的思考による政治決定」をコア・ポリシーの第一条に掲げており、その次に「市民権」「プライバシーの権利」「政治の透明性」などが挙げられている。
コア・ポリシー全訳はこちらに
「批判的思考」とは、文章では「その政策の是非に関係なく(偏見なく)集められたデータと知識をもとに政策を決定すること」と説明されているが、その意味はこれだけに留まらず、アイスランド海賊党の政策議論の根本理念としても成り立っている。つまりそれは、議論において発言者はなにを言ってもよく、参加者はどんな発言も受け入れなければならない。ただし、発言者は同時にその発言の論理的なバックアップを常に求められ、参加者も発言者の属性やバックグラウンドではなく、その発言自体の論理性のみを追求すべしという考え方だ。
究極的なことを言えば、たとえばアイスランド海賊党の国会議員はアイスランド海賊党の決定に従う必要はなく、自分の考えに則って自由に発言し、投票ができる。そして党員はそれに文句を言ってはいけない。ただし、国会議員はつねに、自分の発言や自分の投票行動を論理的に説明し、正当化しなければならない。それがアイスランド海賊党の「批判的思考」の実践なのである。
アイスランド海賊党の政策会議の様子。(Photo by Rio Nishiyama, CC0 1.0)
もう一つ、アイスランド海賊党が議論に用いているのは、「オープン・スペース・テクノロジー」のメソッドだ。
オープン・スペース・テクノロジーとは、参加者が主体的にアジェンダを設定し、議事を進めていくような議論のやり方で、参加者は自分の好きなセッションをみずから立ち上げ、それらに自由に参加し、また離脱することができる。このやり方によって政策決定に参加者の自主性・自律性がうながされる。アイスランド海賊党はこのやり方をほとんどの政策議論に用いているのだという。
「批判的思考」によって政策の論理性・妥当性を担保し、かつ「オープン・スペース・テクノロジー」の議論運営によって参加者の自立性を確保する。見えてくるのは、アイスランド海賊党の人気の秘密は「どんな政策を」(What)訴えるかではなく、まずその根底にある「どのようにして」(How)政治を運営するか、に焦点を当てた党方針にあるということだ。そしてそれは、今日の民主政治において、「どのようにして」政治を運営するか、という根本的な問題がいかにないがしろにされてきたかを裏付けるものでもある。これは必ずしも、アイスランドの政治に限った話ではないだろう。
オンラインプラットフォームを使った、政策決定プロセス
では、アイスランド海賊党の実際の政策決定プロセスはどのようなものなのだろうか?
政策決定には党のオンラインプラットフォームを使い、すべての公式な政策決定は、このプラットフォームの多数決投票によって決められなければならない。
サイトに行くと、左上のコラムに「政策一覧」(外交、安全保障、社会保障、教育、...など)、右のコラムに「すでに議論が終了し、決定が下された政策」、左下のコラムに「現在議論中の政策」と分かれている。
政策決定のプロセスはこうだ。
まず、とある政策について議論したいひとは誰でも(党員でなくても)、党の理事会(Executive board)に申請し、政策会議をひらくことができる。政策会議には誰でも参加できる。その会議で当該の政策は5%以上の支持を得なければならない。
5%以上の支持を得た政策は、今度は上記のオンラインプラットフォームで議題として提示される。ここであらためて議題は掲示板で議論されることになる。政策会議は党員でなくても発議することができるが、オンラインプラットフォームでコメントしたり投票したりするには、党員である必要がある。
興味深いことに、アイスランドではマイナンバーに似た個人識別共通番号制度があり、このプラットフォームはその共通番号リストと連動しているため、党員になる=オンラインプラットフォームに登録する=アイスランド市民として認証される、がひとつの行為でつながっている。これによって匿名による荒らしや不正投票を防ぐことができる。
党員としてシステムにログインすると、コメント機能や投票機能が表示され、設定された期間内であれば自由にコメントしたり、投票したり自分の投票を変えたりすることができる。
これは現在議論中の政策。「環境」分野の「中央高地保護」に関するものだ
「オンラインプラットフォームによる政策決定」という仕組みは、ドイツ海賊党で導入されたリキッド・フィードバックに似ているが、こちらは投票を委任できないという点で「液体民主主義」ではない。また、ドイツ海賊党では液体民主主義の導入を通した直接・間接民主主義のクオリティ向上が一時おおきなトピックになっていたのと異なり、アイスランド海賊党の重点はそこにはないのだという。
アイスランド海賊党員で市議会評議員のある人によれば、
「アイスランド海賊党がいま目指しているのは直接民主制の実現ではなく、『権力を持つ人と持たざる人の力の差を是正すること』だ。だからこそ、個人を権力の濫用から守るためにプライバシーの保護が必要だし、権力をひとびとと同じレベルに下げるために、政治の透明性が必要なんだ」
そしてオンライン・プラットフォームはその「政治決定の透明性」のために必要不可欠なのだという。
今回の「パナマ文書」のリークによって政治腐敗の問題点や政治の透明性の必要性がさらに取り沙汰されることは間違いなく、支持率の上昇も確実視されるアイスランド海賊党。今後のアイスランド政治から目が離せない。
[筆者]
Rio Nishiyama
元・欧州議会インターン。1991年生まれ。早稲田大学社会科学部・政治経済学部中退。オランダ・マーストリヒト大学卒業。2011年、スウェーデンのルンド大学に留学時海賊党を知りその後活動に関わることになる。大学卒業後、ブリュッセルの欧州議会にてドイツ海賊党議員のもとで半年間のインターンを経験。その後帰国。専攻はEU政治とEU著作権法改正プロセス。(Website: https://ldjp.wordpress.com/)
Rio Nishiyama