Infoseek 楽天

同性カップルの子が学校に通う社会という未来に向けて

ニューズウィーク日本版 2016年4月18日 16時58分

『ルポ 同性カップルの子どもたち――アメリカ「ゲイビーブーム」を追う』(杉山麻里子著、岩波書店)は、さまざまな手段によって子をもうける同性カップル、そしてその子どもたちの現実を浮き彫りにしたルポタージュだ。非常にていねいな取材がもとになっている。

 各国で同性婚が合法化されるなど、性的マイノリティ(以下LGBT)の権利は急速に保障されつつある。たとえば日本でも昨年、東京都渋谷区で同姓パートナーシップ証明書を発行する条例が施行されたことだし。けれどアメリカの場合、整備の速度はさらに速いようだ。

【参考記事】同性愛への寛容度でわかる日本の世代間分裂

 二〇一四年春、長男がニューヨーク市立小学校に入学して半年ほどたった頃のことだ。遊びに行ったチャーリーの家から帰宅すると、長男は開口一番、こう言った。
「クリスとボブ、結婚してるんだって。男と男って、結婚できるの?
 チャーリーは、長男と同じクラスの、ゲイカップルに育てられている男の子である。真ん丸の大きな青い瞳に、真っ赤な唇。まっすぐなブロンドヘアを肩まで伸ばしている。レゴブロックと忍者ごっこ、そしてポケモンを愛する、少し人見知りで控えめな性格の美少年だ。両親は、四四歳のクリスと五四歳のボブ。二〇〇三年に米国で初めて同性婚を容認した「先進地」マサチューセッツ州から引っ越してきたばかりで、同じ学年にいる兄弟のオーウェンと四人で暮らす。(8ページより)

 その前年からニューヨークに住みはじめた著者が同姓親家庭について調べはじめたのは、こんなエピソードが発端。なんでもアメリカではいま、空前の「ゲイビーブーム」が到来しているのだという。

【参考記事】性転換するわが子を守り通した両親の戦いの記録

「ゲイビーブーム」という造語が生まれたのは、1990年のこと。同年3月12日付の米ニューズウィーク誌の特集「アメリカの同性愛の未来」で、レズビアンカップルを取り上げた際に初めて使われた言葉だそうだ。つまり26年も経っているわけで、現在は「第二次ベビーブーム」と位置づけられている。

 ところで事情に詳しくない立場からすると、まず気になるのは同姓カップルがどうやって子どもを持つのか、そして愛情をきちんと注げるのかということではないだろうか? 著者によれば、その方法は大きく分けて4つある。

一、異性のパートナーとの間の子どもを、離婚後に引き取り、同姓のパートナーと一緒に育てる。
二、養子や里子を迎える。
三、レズビアンカップルが精子提供を受けて、片方の女性が人工授精や体外受精で妊娠、出産する。
四、ゲイカップルの片方の男性の精子を使い、卵子提供を受けるなどして代理母に子どもを産んでもらう。(13ページより)

 一、二に関しては理解が容易だ。血がつながっていなかったとしても、これらの場合、愛情を育むことは決して不可能ではないはずからだ。同じく三も、産む側の女性は特に、子どもに愛情を感じることができるだろう。ただ、四はどうなのだろう? 専門的な知識を持たない立場から見ても、代理母の体にダメージを与える場合もあるのではないかと思えてならない。



 事実、著者もこの点を重大に扱っている。「母体が悲鳴を上げる」こともあって、なかには二度と赤ちゃんを産めない体になってしまった人もいるというのである。そもそも妊娠、出産自体がリスクを伴うことであるだけに、むしろ当然のことだといえるだろう。なのになぜ、「代理母」として他人のためになろうという人がいるのだろう? そのことを解き明かすべく、著者は代理母にもインタビューを行っている。

「一人目の子を妊娠中、アレルギーも頭痛もなくなって、体調が最高によくなったんです。何かが乗り移ったみたいで、一生妊娠していてもいいわ、と思ったくらい。でも、我が家は子どもは三人で十分。ある時、私には代理母が天職なんじゃないかと思いついたんです。当時は商業的な代理出産を認めていない州に住んでいたので、テキサス州に転居してから仲介業者に登録しました。ずっと人の助けになることがしたかったし、自宅で子どもたちのそばにいながらできることも大きかったですね」。(63~64ページより)

 そう語る34歳の代理母は、依頼者の"夫夫"と初めて会った日は、初デートのように緊張したと振り返る。男性のひとりは骨肉腫のため右脚を太腿から切断し、義足をつけていた。「赤ちゃんに障害が見つかったとしても、産んでもらいたい」といわれ、自分の第二子にも障害があるため、彼女は好感を抱いたのだそうだ。

 またそれ以外のケースも紹介されているが、代理母の成功例に共通しているのは、依頼者との信頼関係だ。逆に、話して少しでも「あれっ?」と感じたら断った方がいいというが、たしかに意思を共有できるのなら、それは「あり」なことなのかもしれない。

 ただし、それはあくまで親の側の話だということを忘れてはならない。愛情をかけてきちんと育てれば、同姓カップルと子どもとの間にも信頼関係は生まれるだろう。そういう意味では、「同姓カップルの子だから」というデメリットはないようにも見える。

 ところが、そうといい切れるはずはないのだ。なぜなら人間には多かれ少なかれ、差別意識や偏見があるものだから。事実、近年LGBTの中学生や高校生がカミングアウトするケースが増え、彼らを積極的にサポートする学校が出てきたというアメリカでは、その一方で同級生によるいじめや教師からの心ない発言が後を絶たないのだという。

【参考記事】ミシシッピ州で「反LGBT法」成立、広範な差別が合法に

 ニューヨークに本部を持ち、LGBTの中高生らを支援するNPO「ゲイ、レズビアン、ストレート教育ネットワーク(GLSEN)」が2008年に学齢期のLGBT親子を対象にした調査からも、そのような実態が浮かび上がる。



 LGBTの親たちの回答からは、学校現場で十分に理解が進んでいない実態が浮かび上がった。
 学校コミュニティーから排除されていると感じる親は五割強にのぼり、一五%は学校の行事から排除されていると感じていた。例えば、〈息子が母の日のために贈り物を二つ作ることを先生が許してくれなかった〉、〈子どものクラスの保護者ボランティアとして、(同性親の)私たち二人が同時に学校に来られたら困る、と言われた〉などだ。ネガティブな反応を恐れて、学校行事に顔を出さないと回答した親もいた。(131~132ページより)

 子どもたちの自由記述を見ると、「言葉による嫌がらせ」が学校で日常化している様子がうかがえる。ある高校二年の男子生徒は、スピーチの授業で自分が一番影響を受けた人の話をするように言われ、レズビアンの母について発表したところ、〈他の生徒が「罪人がいい影響を与えるはずがない」と発言した〉と書いた。〈僕の父がゲイだと知った同級生が「だから、◯◯(生徒の名前)もホモっぽいんだ」と話していた〉(中学二年の男子生徒)、〈「母親が同性愛者じゃなくてよかった。もしそうだったら、自殺してると思う」と言った人がいる〉(中学二年の女子生徒)という記述もあった。(133ページより)

 しかも子どもたちが直面するのは、同級生からの偏見だけではない。他の保護者や教師、校長、学校職員などの大人から不当な扱いを受ける子も多いという話には、十分に納得できる。

 個人的には、むしろ子どもが直面するそういった問題のほうが気になる。もちろん親である同性カップルの苦悩にも目を向けるべきだし、われわれはできる限り、彼らと気持ちを共有していくべきだ。

 だが、そこにばかり目を向けるのではなく、子どもたちのことも同じくらい、もしかしたらそれ以上に考えていくべきなのではないか。ゲイビーが社会的に認知されつつある以上、その子どもたちも確実に増えていくのだから。

 そしてもうひとつ。ここに書かれていることを他人事と捉えるべきではないとも思う。前述した渋谷区の例を持ち出すまでもなく、同性カップルおよびその子どもたちは、我が国にも増えていくはずだからだ。

 そのとき私たちがすべきなのは、彼らに寄り添い、気持ちを共有することだ。そのためには、ここに書かれていることがきっと役立つ。つまり本書は、私たちの将来にもつながっていると理解する必要があるのだ。


『ルポ 同性カップルの子どもたち
 ――アメリカ「ゲイビーブーム」を追う』
 杉山麻里子 著
 岩波書店


[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「Suzie」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、多方面で活躍中。2月26日に新刊『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)を上梓。


印南敦史(作家、書評家)

この記事の関連ニュース