今週ニューヨーク州で実施された予備選では、民主党のヒラリー・クリントン候補、共和党のドナルド・トランプ候補が共に大差で勝利した。それでは、この2人がこれで一気に大統領の座に近づいたのかと言うと、必ずしもそうは言いきれない。この先の「予備選の終盤レース」へ向けて、両党の混迷はさらに深まったという見方もできる。
まず民主党では、ここ数週間、ヒラリーは連戦連敗だった。バーニー・サンダース候補には明らかな勢いが出ていた。その勢いに乗って、ニューヨークでも逆転勝利とまでは行かなくても、ヒラリーを僅差に追い詰めるという、そんな可能性が指摘されるほど、投票日直前のムードとしてはサンダース陣営が勝っていた。
だが、結果としてヒラリーの得票率が58%(獲得代議員数139)に対して、サンダースは42%(代議員数106)と、16ポイントの大差となり代議員数でも差が付いている。現時点で、ヒラリーの獲得代議員数は合計で1930となり「マジックナンバー(民主党の場合は2383が過半数+1)」に近づいてきた。一方のサンダースは1223と、かなり差が開いている。
ヒラリーの獲得代議員数の過半数超えは秒読みに入った。残された問題は、統一候補となった場合、サンダース支持派を含めた党内をまとめきれるかという点だ。つまり、予備選のしこり、日本風に言えば「怨念」が残る中で、サンダース支持派が「本選で棄権する」という可能性がある。
【参考記事】最強の味方のはずのビルがヒラリーの足手まとい
この点では、2008年の「オバマ対ヒラリー」の予備選も、相当な泥仕合となった。ヒラリー陣営から「バスケットボールのようなエリートのスポーツばかりやっていたオバマは、白人の貧困層の気持ちがわからない。その証拠にボウリングが下手」などという人格攻撃をされたこともあった。負けず嫌いのオバマは、必死になってボウリングの練習をしたという噂も出たぐらいだ。
だが、そんな確執があっても、オバマ政権発足時に国務長官就任を依頼されたヒラリーは、入閣を受諾して、今はオバマ政治の継承を訴えている。それ以前の問題として、本選でのオバマは、党内の団結を背景に高い投票率を実現して勝利した。
では、サンダースとその支持者はどうかというと、2008年とは異なる「怨念」が残る懸念がある。まず、政策がまったく違う。民主党内でも、中道実務派のヒラリーと、最左派のサンダースの立ち位置は相容れないほど遠い。また、支持層も違う。サンダースは若者に強く、ヒラリーは中高年に強い。さらにヒラリーは有色人種に強く、サンダースは中西部で強いなど、支持層が「違いすぎる」のだ。
今回のニューヨーク州予備選では、手続きにも問題があった。州独特のルールにより「選挙人名簿への登録は1年前」という規定、そして「国政選挙を2回連続して棄権すると名簿記載が失効」するという規定により、サンダース支持の無党派層がまったく投票できず、一部の報道では10万票が無効になっているという。
この点に関しては、州の規定にはあいまいなところはなく、連邦判事も「投票権確認の仮処分申請」をスピード却下するなど、論争の余地はないようだ。だが、投票できなかったサンダース支持派には、感情的な「しこり」が残りそうだ。
サンダースは、過半数超えの望みがほとんど消えたにも関わらず、幅広く集めた個人献金の資金を使って選挙戦を続けている。例えばペンシルベニア州では「ヒラリーは、悪質な富裕層向け銀行と癒着している」などという、相変わらず一方的な広告を流しているが、この種のキャンペーンが、本選へ向けての党内の結束を傷付ける危険は無視できない。
【参考記事】大統領候補の高齢化が示すもの
対する共和党では、ドナルド・トランプ候補が60.1%という得票率で大勝している。だが、2位のジョン・ケーシック候補が25.1%と善戦したこともあって、代議員数92の「総取り」はできなかった。トランプの獲得代議員数は89に終わり、通算で847となった。
この60%超えというのは事前の世論調査を上回るもので、圧勝と言って良いのだが、問題はここで「代議員数3」を落としたことだ。現時点では残り674の中で、トランプが過半数+1の「マジックナンバー1237」を確保するには390が必要。つまり残りの代議員数の60%以上を取らねばならない。
今回の勝利で、この「1237への到達」は理論的には可能になったと言われている。だが、多くのアナリストが試算の結果として指摘しているのは、「マジックナンバーに1人か2人足りない」という結果に終わる可能性が一番高いのだという。そう考えると、今回「3人少ない89に終わった」ことは重大だ。
トランプ陣営もそのことは理解しているようで、「圧倒的1位であれば(過半数に届かなくても)指名されて当然」という主張を強く訴え始めている。だが、共和党の全国委員会は「ルールはルール」だとして、党大会の場での自由投票による「トランプ降ろし」の可能性を依然として追求してくるのは間違いない。
ちなみに、現在2位のクルーズと、3位のケーシックは、この終盤戦の状況では「一本化するよりも双方が得意な層から集票した方が、トランプの過半数超えを阻止できる」と判断している。
例えば、今回のニューヨークで仮にクルーズに一本化していたとしたら、マンハッタンなどの都市型選挙区では「アンチ・クルーズ票」が多いので、クルーズはケーシック票を取れなかっただろうと言われている。その場合、トランプは全州でまんべんなく得票して、それこそ代議員数92を「総取り」していたかもしれない。実際、マンハッタンでは、ケーシックが45%を取って1位になり「代議員数3」を確保している。
ヒラリーもトランプも、ニューヨークでは圧勝した。しかしヒラリーは今後の民主党内の結束に問題を抱えている。そして共和党のトランプは、「代議員数が数名足りずに過半数に達しない」という危険を抱え込んでいる。終盤に差し掛かった予備選レースは、依然として混迷の中にある。
<ニューストピックス:【2016米大統領選】最新現地リポート>
≪筆者・冷泉彰彦氏の連載コラム「プリンストン発 日本/アメリカ 新時代」≫
冷泉彰彦(在米ジャーナリスト)
まず民主党では、ここ数週間、ヒラリーは連戦連敗だった。バーニー・サンダース候補には明らかな勢いが出ていた。その勢いに乗って、ニューヨークでも逆転勝利とまでは行かなくても、ヒラリーを僅差に追い詰めるという、そんな可能性が指摘されるほど、投票日直前のムードとしてはサンダース陣営が勝っていた。
だが、結果としてヒラリーの得票率が58%(獲得代議員数139)に対して、サンダースは42%(代議員数106)と、16ポイントの大差となり代議員数でも差が付いている。現時点で、ヒラリーの獲得代議員数は合計で1930となり「マジックナンバー(民主党の場合は2383が過半数+1)」に近づいてきた。一方のサンダースは1223と、かなり差が開いている。
ヒラリーの獲得代議員数の過半数超えは秒読みに入った。残された問題は、統一候補となった場合、サンダース支持派を含めた党内をまとめきれるかという点だ。つまり、予備選のしこり、日本風に言えば「怨念」が残る中で、サンダース支持派が「本選で棄権する」という可能性がある。
【参考記事】最強の味方のはずのビルがヒラリーの足手まとい
この点では、2008年の「オバマ対ヒラリー」の予備選も、相当な泥仕合となった。ヒラリー陣営から「バスケットボールのようなエリートのスポーツばかりやっていたオバマは、白人の貧困層の気持ちがわからない。その証拠にボウリングが下手」などという人格攻撃をされたこともあった。負けず嫌いのオバマは、必死になってボウリングの練習をしたという噂も出たぐらいだ。
だが、そんな確執があっても、オバマ政権発足時に国務長官就任を依頼されたヒラリーは、入閣を受諾して、今はオバマ政治の継承を訴えている。それ以前の問題として、本選でのオバマは、党内の団結を背景に高い投票率を実現して勝利した。
では、サンダースとその支持者はどうかというと、2008年とは異なる「怨念」が残る懸念がある。まず、政策がまったく違う。民主党内でも、中道実務派のヒラリーと、最左派のサンダースの立ち位置は相容れないほど遠い。また、支持層も違う。サンダースは若者に強く、ヒラリーは中高年に強い。さらにヒラリーは有色人種に強く、サンダースは中西部で強いなど、支持層が「違いすぎる」のだ。
今回のニューヨーク州予備選では、手続きにも問題があった。州独特のルールにより「選挙人名簿への登録は1年前」という規定、そして「国政選挙を2回連続して棄権すると名簿記載が失効」するという規定により、サンダース支持の無党派層がまったく投票できず、一部の報道では10万票が無効になっているという。
この点に関しては、州の規定にはあいまいなところはなく、連邦判事も「投票権確認の仮処分申請」をスピード却下するなど、論争の余地はないようだ。だが、投票できなかったサンダース支持派には、感情的な「しこり」が残りそうだ。
サンダースは、過半数超えの望みがほとんど消えたにも関わらず、幅広く集めた個人献金の資金を使って選挙戦を続けている。例えばペンシルベニア州では「ヒラリーは、悪質な富裕層向け銀行と癒着している」などという、相変わらず一方的な広告を流しているが、この種のキャンペーンが、本選へ向けての党内の結束を傷付ける危険は無視できない。
【参考記事】大統領候補の高齢化が示すもの
対する共和党では、ドナルド・トランプ候補が60.1%という得票率で大勝している。だが、2位のジョン・ケーシック候補が25.1%と善戦したこともあって、代議員数92の「総取り」はできなかった。トランプの獲得代議員数は89に終わり、通算で847となった。
この60%超えというのは事前の世論調査を上回るもので、圧勝と言って良いのだが、問題はここで「代議員数3」を落としたことだ。現時点では残り674の中で、トランプが過半数+1の「マジックナンバー1237」を確保するには390が必要。つまり残りの代議員数の60%以上を取らねばならない。
今回の勝利で、この「1237への到達」は理論的には可能になったと言われている。だが、多くのアナリストが試算の結果として指摘しているのは、「マジックナンバーに1人か2人足りない」という結果に終わる可能性が一番高いのだという。そう考えると、今回「3人少ない89に終わった」ことは重大だ。
トランプ陣営もそのことは理解しているようで、「圧倒的1位であれば(過半数に届かなくても)指名されて当然」という主張を強く訴え始めている。だが、共和党の全国委員会は「ルールはルール」だとして、党大会の場での自由投票による「トランプ降ろし」の可能性を依然として追求してくるのは間違いない。
ちなみに、現在2位のクルーズと、3位のケーシックは、この終盤戦の状況では「一本化するよりも双方が得意な層から集票した方が、トランプの過半数超えを阻止できる」と判断している。
例えば、今回のニューヨークで仮にクルーズに一本化していたとしたら、マンハッタンなどの都市型選挙区では「アンチ・クルーズ票」が多いので、クルーズはケーシック票を取れなかっただろうと言われている。その場合、トランプは全州でまんべんなく得票して、それこそ代議員数92を「総取り」していたかもしれない。実際、マンハッタンでは、ケーシックが45%を取って1位になり「代議員数3」を確保している。
ヒラリーもトランプも、ニューヨークでは圧勝した。しかしヒラリーは今後の民主党内の結束に問題を抱えている。そして共和党のトランプは、「代議員数が数名足りずに過半数に達しない」という危険を抱え込んでいる。終盤に差し掛かった予備選レースは、依然として混迷の中にある。
<ニューストピックス:【2016米大統領選】最新現地リポート>
≪筆者・冷泉彰彦氏の連載コラム「プリンストン発 日本/アメリカ 新時代」≫
冷泉彰彦(在米ジャーナリスト)