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被災者の本音、女性が抱える避難所ストレス

ニューズウィーク日本版 2016年4月21日 17時48分

 熊本県から遠く離れたニューヨークにいると、避難所に身を寄せている9万人以上の方々がどのような状況にあるのか、どのような思いを抱えているのか、直接声を聞くことができない。断片的な情報しか入手できないなか、マスク姿で避難生活を送る女性たちのニュース写真を見て、5年前に東北地方を取材した際に聞こえてきた「女性被災者の本音」が頭から離れなくなった。

 2011年の東日本大震災では、避難所で生活する女性たちが声高に訴えられない悩みを抱えていた。その最たるものが、「生理用品」「下着」「着替え」の問題だ。

 J-CASTニュースは19日、東日本大震災では男性の理解不足から「生理用品が避難所で配布されなかった」という趣旨の一部ツイートがネット上で話題になっていることを伝えた。ネットには、熊本ではそんなことのないよう「男性は生理に対する理解を深めて欲しい」という声が挙がっていたが、生理用品にまつわる問題は私自身が避難所を取材したときにも耳にしたことがある。

女性被災者の届かぬ声

 5年前に宮城県沿岸部の避難所を回っていた際、「生理用品がない」という話は聞かなかったが、代わりに「あっても心おきなく使えない」現実があった。本誌2011年5月25日号掲載の記事「限界に達した避難所ストレス」にも書いたことだが、そこで女性たちから聞いたのは、月1回の生理を前提として生理用ナプキンが1人1セットずつ支給されるなか、経血の量には個人差があって(つまり毎月の生理に必要なナプキン数は人それぞれ違う)、足りなくなっても周りに遠慮してしまって追加でもらいにくいという声だ。その一方で、逆に配布場所で「早い者勝ち」の状況が生まれることもあった。

【参考記事】熊本地震、信頼できる災害情報・安否情報をネットで確認する

 同じようなことは、「下着」についても起きていた。支援物資として数種類のサイズの下着が届けられるのはいいが、段ボール箱から自分のサイズを探すしかない環境では、特に若い女性は手を伸ばしづらい。男性主体で運営される避難所では細かい配慮が行き届かず、支援物資として届く下着をもらいにいけない女性もいた。この話を聞いて、周りにたくさんの洗濯物が干されているなか女性の下着は1つもない光景に納得したことを覚えている。

 多くの避難所にはプライベートな空間などなく、やることなすことすべてが人目にさらされる。ある避難所では震災から2カ月が経つまで女性用更衣室が設置されず、女性たちは汚れたトイレで着替えるしかなかった。とても毎日着替える気にはなれなくて、下着でさえ毎日交換できずに生理用ナプキンで「代用」している人さえいた。



 当時取材したNPO法人「女性と子ども支援センター ウィメンズネット・こうべ」の正井礼子代表によれば、これは1995年の阪神淡路大震災でも見られた問題だった。阪神淡路では、ナプキンを使い続けたことで外陰炎を起こしたり、ひどいときには出血する女性もいたという。正井氏は、このときにバスタオルで隠しながら着替えていた女性の中には、その記憶がトラウマになっていまだに裸になるのが怖い人もいると語っていた。

被災者は「集合体」ではない

 5年前、東日本大震災の数多ある報道のなかで印象的だったのは、こうした「女性特有の悩み」が震災直後、ほとんど聞こえてこなかったことだ。

「東北人は我慢強い」とか「日本人は礼儀正しい」という言説が流布していたが、たしかに避難している方々は、こちらが聞かない限り「あれが欲しい」とか「これが不満だ」と声高には言わない印象だった。それでも、その印象論で被災者を「我慢強い」とひとくくりにするのは残酷だ。聞けば出てくる本音もある。

【参考記事】どうして被災県知事が情報の司令塔になれないのか?

 今でも記憶に焼き付いているのは、若い女性の被災者たちが軒並みマスク姿だったこと。みんな眉毛がなく、ふとカメラを向けるのがためらわれた。「化粧水とか、どうしてるんですか」とおそるおそる聞くと、「そう聞かれるのを待ってました」と言わんばかりに笑ってくれたことが忘れられない。震災から2週間後と、まだ化粧品=「贅沢品」という思考が働いていたのか、支援物資でも遠慮されていた時期のことだ。

 もちろん、女性特有の悩みは男性だと聞きづらいとか、男性に聞かれても本音で語れない、ということもある。同じように、男性同士でしか話せないこと、高齢者や子供を持つ母親、同性愛者やトランスジェンダーなど、当事者だからこそ気付く視点というのもあるだろう。「被災者」は1つの集合体ではない。

 今回の地震で、避難生活がどれだけ続くのは分からない。東日本大震災とは異なる点も多く、熊本にはすでに支援物資として生理用品や下着が続々と届けられているとも聞く。5年前の経験から学び、それが生かされているのかもしれない。

 一方で、阪神淡路で見えたはずの課題の中に、16年後の東北で十分に目を向けられなかったことがあったのもまた事実だ。その1つが、女性被災者が避難所で抱えるストレスの問題だった。今回こそは、埋もれがちな「教訓」から学べるのだろうか。少しの配慮で、被災者の心の負担が軽減されることは確実にある。


小暮聡子(ニューヨーク支局)

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