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中国は反日? 台湾は親日? 熊本地震から考える七面倒くさい話

ニューズウィーク日本版 2016年4月26日 16時12分

 ニューズウィーク日本版に寄稿させていただくようになって半年余りが過ぎた。気がつけば「手作り大砲で地上げ屋と戦う中国の農民」や「中国政府のじゃがいも主食化計画」などのニッチなネタばかりを扱うように。これも売れ線ではないネタを面白がってくれる担当編集者Mさんのおかげだ。

 今回は「熊本地震と中国社会の反応」というお題を戴いたのだが、Mさんのご好意に甘えて、わかりやすい売れ線の話とは真逆の、「中国社会の反応」を理解するためのやたらと面倒な話をご紹介したい。

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わかりやすい筋書きじゃわからない現実

「中国事情に詳しいジャーナリスト」という肩書きで仕事をさせていただいているので、知り合いとの雑談では中国絡みの話題を振られることが多い。例えばこんな感じだ。

「やっぱり中国は反日ですね。ウェブニュースで見ましたよ。熊本地震を祝って割引キャンペーンをやっている会社があるっていうじゃないですか」「中国はひどいですね。西安市でしたっけ? "祝熊本地震!ビール一箱無料プレゼント"みたいな横断幕を出しているレストランがあるのだとか」

 逆のパターンもある。

「中国のSNSで流行っているイラスト、ウェブで見ましたよ。包帯を巻いているくまモンにパンダが笹を差し入れしているものです。胸が熱くなりました」「熊本上海事務所に義援金を送りたいという問い合わせが殺到しているという話をテレビでやっていましたね。中国人は反日というのはネトウヨのウソですね」

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 こういう話をふられると、微妙な笑顔で「そうですね」と答えるしかなくなってしまう。というのも「中国は反日」であれ、「中国人は親日に変わった」であれ、わかりやすいストーリーとして定着してしまっているからだ。相反するイメージだが、どちらかを信じたい人にとっては覆しがたい"事実"のようになっている。

 定着したイメージといえば「台湾=親日」というイメージも強固だ。「台湾の民間人は親日。東日本大震災では200億円以上も義援金を送ってくれた。でも外省人の馬英九総統は反日で、いつも慰安婦問題で日本を批判している」というのがよく聞く話だろうか。しかし、台湾世論も慰安婦問題に対する日本の対応には批判的な意見が大勢であり、また馬英九総統は、東日本大震災当時には義援金を募るテレビ特番に自ら出演するなど、台湾の支援ムードを盛り上げた立役者の一人でもある。



 一つ一つの事実は正しくとも、それで短絡的に反日、親日と結論を出せるような話ではない。まじめに話をするならば、「こういう社会階層の人にはこういう傾向が強く......」「この話題についてはこういう態度だが、この話題については別の態度......」などなど、長くわかりづらい話を延々としなければならない。

中国人の対日観=「無関心」

 それでも無理やりにわかりやすくまとめるとするならば、中国人全体の対日観は「無関心」というのが正しいところだろう。お隣の国であり、長い交流の歴史も戦争の体験もあるとはいえ、結局は外国。たいして気にならないという人が圧倒的だ。

 こう説明すると、「中国では愛国主義教育が盛んに行われ、テレビでは抗日戦争ドラマばかりが流れているというじゃないですか。それで無関心ということがありますか?」と反論をいただくこともある。しかし考えてみれば、私たち日本人も学校教育でかなり外国について学んでいるが、すっかり忘れてしまったという人が少なくないのではないか。中国とて同じこと。特に愛国主義教育なんて受験とは関係がないだけに、さぼるための絶好の時間となっている。

 靖国問題やら歴史認識問題やらを話させればすらすらと演説できる中国人もいるが、心の底から日本に怒りを覚えているという人はごく少数。話のタネ、"ネタ"ぐらいの扱いでしかない人のほうが多い。たまたま出会った日本人と一生懸命お話ししようという"善意"から、自分の知っている日本ネタを引っ張り出してきたら、南京大虐殺問題しか思いつかなかった......。そういう中国人を何人も見てきている。

中国人が「変わった」理由

 大多数は無関心であったとしても、ネット世論のムードには変化も見られる。SNSの注目コメントランキングやニュースサイトのコメント欄を眺めると、東日本大震災当時と比べて、地震を喜ぶような書き込みよりも、同情の意を示すコメントのほうが多くなったように感じる。その理由はなんだろうか。

「2010年の尖閣諸島抗議デモの記憶も新しく、緊張が続いていた2011年当時と比べて、日中関係は大きく改善しています。また"爆買い"に象徴されるように中国人観光客の日本旅行が急増した影響もあるでしょう。2015年は前年からほぼ倍増となる約500万人が日本を訪問しました。実際に日本を知ることで対日観に変化が生まれているのです。また中国ではくまモンが大人気。熊本に行ったことがなくても、くまモンを通じて熊本を知っている人は多く、多くの関心が寄せられました」



 これが中国専門家としての模範解答だろうか。「政治の国」中国では外交関係が社会のムードに与える影響は大きいのでこの点は間違いないと考えるが、民間交流やくまモンがどれほどの影響を与えているのかについては疑問もある。500万人はすごい数に思えるが、13億人という総数から見ればごくごく一部でしかないのだ。

 この手の話となると、日中関係という枠組みでストーリーを作ることが求められ、日本絡みの要因が中国を変えたというシナリオにしてしまいがち。だが実際には中韓関係などでも似たような変化は見られる。視野を広げてみればまったく違う世界が見えてくる。

 個人的には、高等教育を受けて一定以上の知識水準と収入を得た都市住民が増えていることのほうが影響が大きいように感じる。中国語では学歴が高いことを「文化がある」というが、そういう人ほど海外ニュースをよく目にし、バカな差別も少なく、ついでに公共空間で大声で騒いだりしないなどマナーが良かったりもする。中国の大学卒業生は年間700万人超。その多くが都市でサラリーマンとして働いている。若い高学歴都市住民の数が増え、目立つようになったことが中国の変化の要因ではないだろうか。

 冒頭で紹介したような質問にちゃんと答えるとなると、ここまで長い話を説明しなければならない。わかりやすいストーリーではないが、それでも知っていて損はないと考える。わかりやすいイメージで期待していても裏切られてがっかりするのがオチだからだ。

 今も強く印象に残っているのは2008年の四川大地震。日本の救助隊が遺体を前に黙祷する姿が中国メディアに大々的に取り上げられ、日本叩きの急先鋒として知られる環球時報までもが「日本人はすばらしい」との記事を掲載していた。先輩の中国専門家までもが「中国は変わった! 反日は終わった!」と大興奮した記事を書き散らかしていたが、その後の展開は皆さんご存知のとおり。高学歴者の増加などの要因があっても、政治によって社会のムードががらりと変わるのが中国だ。

 勝手に期待して勝手に裏切られても疲れるだけ。わかりやすいストーリーに一喜一憂するよりも、冷静な態度で状況を認識することをオススメしたい。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。


高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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