明治や大正の時代、教員は給与が安くて不人気の職業だった。それは、贅沢ができないというレベルではなく、生活が苦しい程のものだった。大正期の新聞を見ると、「哀れな教員」「先生の弁当はパン半斤」「栄養不良による教員の結核」という記事がたくさん出てくる。
職業を問われて「教師」と答えるとあわれみの眼差しを向けられ、教員になるのを強いられた青年が自殺する事件まで起きていた(東京朝日新聞,1922年6月28日)。
【参考記事】「世間知らず」の日本の教師に進路指導ができるのか
今ではそのようなことはないが、それでも教員の給与は民間より安い。2013年の統計によると、中学校教員の月収は、大卒の雇用労働者全体の8割ほどだ。年間賞与(ボーナス)等を含まないことに注意が要るが、教員給与が民間を大きく上回ることはない。
教員給与の民間平均との比率は、国によってかなりばらつきがあり、その国の若者の教員志望率とも関係している。横軸に中学校教員給与の相対水準(大卒労働者の何倍か)、縦軸に15歳生徒の教員志望率をとった座標上に、26の国を配置すると<図1>のようになる。
横軸をみると、教員給与が民間より高い国(倍率1.0以上)は多くない。韓国などの5カ国だけだ。韓国では、中学校教員の給与は同学歴の労働者全体の1.4倍にもなる。儒教社会のためか、教員の社会的地位が高いようだ。
しかし、このようなケースは少数で、ほとんどの国で教員給与は民間を下回っている。日本は民間の8割、アメリカは7割、チェコやハンガリーといった東欧諸国では半分だ。教員の待遇状況は、若者の教員志望率にも反映され、両者の間には明らかな相関関係が認められる。
なお、教員給与の相対水準は、日本国内の地域別に見てもかなり違いがある。<図2>は、公立中学校教員の月収が大卒労働者全体の何倍かを都道府県別に計算し、地図にしたものだ。
東北や九州では、教員給与が民間を上回る県(倍率1.0以上)が多い。民間の給与水準が低いためだ。しかし都市部では様相が変わり、関東地方は民間比0.9以下を示す真っ白で占められ、東京や神奈川などは民間のおよそ7割だ。大都市では、教員が抱く「相対的低収入感」が大きいかもしれない。
ちなみに教員給与の水準は、教員採用試験の競争率ともプラスの相関関係にある。優秀な人材を引き寄せられるかどうかは、待遇の良し悪しと関連している可能性がある。
【参考記事】大卒の価値が徐々に低下する日本社会
総体的に見ると、教員の給与は決して高くない。「子どもに知識や技術を教える専門職なのに、普通の労働者より給与が安いとはいかがなものか」と考える人もいれば、「教員が扱っているのは専門的な知識ではなく、一般の労働者より労働時間も短い」という意見もあるだろう。
2012年8月に公表された中央教育審議会答申では、教員を「高度専門職」とみなす方針が明言されたが、実際に教員が専門職かどうかについては議論がある。単純作業に勤しむ労働者ではないが、医師や研究者のように高度な自律性を認められた専門職と言い切るのははばかられる。そこで「準専門職(semi-profession)」という苦肉の表現も使われている。
このような立ち位置の曖昧さが、教員給与の適正水準を測るのを困難にし、教員自身の心的葛藤の要因にもなっている。
現行の教員給与を引き上げるべきだという意見もあれば、その逆もあるだろう。その議論の決着は、教員を高度専門職と位置付けるかどうかにかかっている。
<資料:OECD「Who wants become a teacher」、
文科省『学校教員統計調査』、
厚労省『賃金構造基本統計調査』>
≪筆者の記事一覧はこちら≫
舞田敏彦(武蔵野大学講師)
職業を問われて「教師」と答えるとあわれみの眼差しを向けられ、教員になるのを強いられた青年が自殺する事件まで起きていた(東京朝日新聞,1922年6月28日)。
【参考記事】「世間知らず」の日本の教師に進路指導ができるのか
今ではそのようなことはないが、それでも教員の給与は民間より安い。2013年の統計によると、中学校教員の月収は、大卒の雇用労働者全体の8割ほどだ。年間賞与(ボーナス)等を含まないことに注意が要るが、教員給与が民間を大きく上回ることはない。
教員給与の民間平均との比率は、国によってかなりばらつきがあり、その国の若者の教員志望率とも関係している。横軸に中学校教員給与の相対水準(大卒労働者の何倍か)、縦軸に15歳生徒の教員志望率をとった座標上に、26の国を配置すると<図1>のようになる。
横軸をみると、教員給与が民間より高い国(倍率1.0以上)は多くない。韓国などの5カ国だけだ。韓国では、中学校教員の給与は同学歴の労働者全体の1.4倍にもなる。儒教社会のためか、教員の社会的地位が高いようだ。
しかし、このようなケースは少数で、ほとんどの国で教員給与は民間を下回っている。日本は民間の8割、アメリカは7割、チェコやハンガリーといった東欧諸国では半分だ。教員の待遇状況は、若者の教員志望率にも反映され、両者の間には明らかな相関関係が認められる。
なお、教員給与の相対水準は、日本国内の地域別に見てもかなり違いがある。<図2>は、公立中学校教員の月収が大卒労働者全体の何倍かを都道府県別に計算し、地図にしたものだ。
東北や九州では、教員給与が民間を上回る県(倍率1.0以上)が多い。民間の給与水準が低いためだ。しかし都市部では様相が変わり、関東地方は民間比0.9以下を示す真っ白で占められ、東京や神奈川などは民間のおよそ7割だ。大都市では、教員が抱く「相対的低収入感」が大きいかもしれない。
ちなみに教員給与の水準は、教員採用試験の競争率ともプラスの相関関係にある。優秀な人材を引き寄せられるかどうかは、待遇の良し悪しと関連している可能性がある。
【参考記事】大卒の価値が徐々に低下する日本社会
総体的に見ると、教員の給与は決して高くない。「子どもに知識や技術を教える専門職なのに、普通の労働者より給与が安いとはいかがなものか」と考える人もいれば、「教員が扱っているのは専門的な知識ではなく、一般の労働者より労働時間も短い」という意見もあるだろう。
2012年8月に公表された中央教育審議会答申では、教員を「高度専門職」とみなす方針が明言されたが、実際に教員が専門職かどうかについては議論がある。単純作業に勤しむ労働者ではないが、医師や研究者のように高度な自律性を認められた専門職と言い切るのははばかられる。そこで「準専門職(semi-profession)」という苦肉の表現も使われている。
このような立ち位置の曖昧さが、教員給与の適正水準を測るのを困難にし、教員自身の心的葛藤の要因にもなっている。
現行の教員給与を引き上げるべきだという意見もあれば、その逆もあるだろう。その議論の決着は、教員を高度専門職と位置付けるかどうかにかかっている。
<資料:OECD「Who wants become a teacher」、
文科省『学校教員統計調査』、
厚労省『賃金構造基本統計調査』>
≪筆者の記事一覧はこちら≫
舞田敏彦(武蔵野大学講師)