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オバマ大統領の広島訪問が、直前まで発表できない理由 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2016年4月26日 16時45分

 ジョン・ケリー米国務長官は今月11日、G7外相会議のために訪れた広島で、原爆死没者慰霊碑に献花し、また原爆資料館や原爆ドームを見学しました。これは明らかに、オバマ大統領が広島を訪問することを前提にした「アドバルーン」であり、アメリカの世論の反応を見るのが目的であったと推察されます。

 その証拠に、このケリー長官の広島訪問の2週間前、先月30日には、オバマ大統領自身がワシントン・ポストに寄稿して、2009年に「プラハ演説」で明らかにした「核廃絶への思い」を語っています。

「人類は核とは共存できない。短期的には核不拡散に注力するしかないが、長期的には核廃絶を目指す」という内容です。

 ケリー長官の行動は、このオバマの寄稿に呼応するものだと言って良いと思います。ですが、ケリー長官の広島献花については、アメリカでは極めて限られた報道しかされませんでした。その際の雰囲気を見て、筆者は「オバマ大統領が実際に広島訪問を実現する可能性は45%程度ではないか」という悲観的な感触を持っていました。

 ですが、その後状況は変化してきました。日経新聞が「米政府高官の話」として、オバマの広島訪問の計画があることを報じると、ロイターなどの通信社が「日経電」としてこれをアメリカに伝えました。この報道に関しては、どこからも否定の声は出ていません。

 さらにオバマ自身が、訪欧中の先週22日にイギリスのキャメロン首相との合同会見に臨んだ際、記者から「広島へ行くのか?」と問われて、以下のように答えたと報じられています。

「I think you have to wait until I get to Asia to start asking me Asia questions.」

 要するに「アジアに関する質問は、私がアジアに行くまで待ってほしい」という発言ですが、広島に行かないとはまったく言っていない一方で、正式発表は「直前になる」ことを示唆しています。




 さらに、このオバマ発言を受けるかのように、先週23日、ウェンディ・シャーマン前国務次官(長官、副長官に次ぐナンバー3でした)がCNN(電子版)に寄せた寄稿で、「過去を認めて未来を見据える姿勢を地域の同盟国に示すことが米国の国益にかなう(訳文は共同通信による)」として、大統領に決断を呼び掛けています。

 これと並行して、日本のメディアでは、おそらく駐日アメリカ大使館筋と思われますが、訪問はサミット散会直後の5月27日午後になりそうだといった、断片的ではありますが、どんどん具体的な話が出てくるようになりました。

 それでは、大統領自身が言うように、どうしてオバマ政権はこの「広島訪問」を「直前にならないと発表できない」のでしょうか?

 やはり国内の反対論を意識していると思います。大戦末期の日本政府が、「本土決戦」を叫び、「一億玉砕」を掲げていた中で、「原爆が戦争を終わらせて、何万という米軍の将兵の生命を救った」という「伝説」は、アメリカの歴史観の「公式見解」になってしまっています。

 もちろん、それが14万という非戦闘員の殺戮を正当化するのか、ということについては、現在のアメリカ世論は40%対60%くらいで「正当化しない」方に傾きつつあります。ですが、それでも40%くらいは「公式見解として正当化できる」と思っている中では、「広島献花」は政治的リスクを伴います。

 例えば、先月のワシントン・ポストへの寄稿で、オバマ大統領は、次のようなことを述べています。

「As the only nation ever to use nuclear weapons, the United States has a moral obligation to continue to lead the way in eliminating them.」(唯一の核兵器使用国として、アメリカは、核廃絶へのリーダーシップを取り続ける道徳的責務を負う)

 この表現について、そんな言い方では「ほとんど謝罪ではないか」といった批判が出ているのです。「道徳的責務をアメリカが背負っているのであれば、それは原爆使用を非道徳だと自身で認めることになる」というのです。



 この問題には、イヤな過去の事例もあります。例えば1995年に、ワシントンのスミソニアン博物館の中にある「国立航空宇宙博物館」が、原爆投下に使用された米軍機「エノラ・ゲイ」を展示する際、原爆被害や歴史的背景を含めての展示を計画しました。

 この情報、つまり被害や歴史的背景を含めた展示がされる計画が伝わると、退役軍人団体などから強い抗議が寄せられたのです。その結果、賛否両論が激しく衝突して、結果的には詳しい説明をカットした「機体の展示」だけになった経緯があります。

 もちろん、この事件からは21年が経過していて、第二次大戦を経験した世代の影響力は当時とくらべて大きく低下しました。反対に冷戦終結後に生まれた新世代の間では、「大戦末期の原爆使用は正当化できない」という意見が大多数になっているというデータもあります。

 ですが、仮にも合衆国大統領が、その在任中の成果を残すために行う「核廃絶へのメッセージ発信」が、事前に賛否両論の渦に巻き込まれることは、オバマ政権としては何としても避けたいのです。ですから、この件に関しては、実現するにしても直前の発表になるのはやむを得ないでしょう。

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