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東芝不正会計の本質は、「国策」原発事業の巨額損失隠し

ニューズウィーク日本版 2016年4月27日 16時0分

 昨年、東芝の巨額の不正会計が発覚した。日本を代表する巨大企業のイメージは地に堕ち、回復困難なダメージを被った。

 しかし東芝がこのような事態に追い込まれたのは、不正会計の中身だけが理由ではない。東芝経営陣が、問題の本質を隠ぺいしようとし、世の中に対してあまりに欺瞞的な対応をとったことが、存亡の危機に瀕する事態を招いた最大の原因である。

 昨年7月、第三者委員会報告書が公表され、その翌日に、歴代3社長の辞任が公表された。新聞、テレビ等の多くのメディアは、「不正会計を主導した経営トップを厳しく断罪する第三者委員会報告書」を評価し、それによって「幕引き」の雰囲気が醸成された。

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 しかし筆者は、その報告書の内容について、①会計不正の問題なのに、不正の認識の根拠となる監査法人による会計監査の問題が調査委嘱の対象外とされていること、②調査の対象が、「損失先送り」という損益計算書(P/L)に関するものに限られ、アメリカの原発子会社ウェスチングハウスの巨額の「のれん代」(編注:ブランドの資産価値を決算に計上すること)の償却の要否等、会社の実質的な財務基盤に関わる貸借対照表(B/S)項目が対象から除外されていること、などに重大な疑問があり、第三者委の調査は、意図的に問題の本質から目を背けようとしているとしか思えないと指摘してきた。

 そして昨年11月に、誌面で内部告発を呼びかけるという異例の対応まで行って、東芝不正会計の徹底追及を続けていた日経ビジネスが、東芝が大半の株式を取得して子会社にしていたウェスチングハウスで、合計1600億円の巨額減損が発生していたことを報じた。2006年に同社を買収した際の東芝の目論見は、2011年の福島の原発事故の世界的影響で大きく外れていたが、東芝はそれまで、原子力事業については一貫して「順調だ」と説明してきた。そこに大きな偽りがあったことが明らかになった。

 日経ビジネスのスクープ報道はさらに、第三者委発足前に、当時の田中久雄社長、室町正志会長(現社長)ら東芝執行部が、ウェスチングハウスの減損問題を、委員会への調査委嘱事項から外すことを画策し、その意向が、東芝の顧問法律事務所から、第三者委の委員に伝えられ、原発事業をめぐる問題が第三者委員会の調査対象から除外されたことを明らかにした。




 さらに文芸春秋4月号の記事で、東芝社内でやり取りされたメールに基づき、東芝が、新日本監査法人に会計監査を任せる一方で、競合する大手監査法人であるトーマツの子会社に、新日本の監査に対抗するための「工作」の伝授を受け、不正会計が発覚するや、会計監査対策に関わっていたトーマツ傘下の公認会計士を不正の調査に起用した事実が明らかになった。東芝の監査対応に深く関わっていたトーマツの関係者が第三者委の調査を主導していたことは、委員会の調査や判断の公正さに新たに重大な疑念を生じさせるものだった。

 監査法人による会計監査の問題が、第三者委の調査の対象外とされた(前記①)のも、第三者委の委員の1人がトーマツの公認会計士で、調査補助者もトーマツの関連会社だったことと無関係ではないように思える。不正が新日本に発覚しないようにするための「工作」に加担したトーマツ自身にも、問題が跳ね返って来かねないとの懸念から、監査法人問題が調査対象から除外されたと疑われるのも致し方ないだろう。

 東芝の不祥事対応の最大の問題点は、第三者委員会のスキームを悪用したことだ。「日弁連の第三者委員会ガイドラインに準拠したもの」と説明していながら、実態は東芝の執行部の意向で動く委員会でしかなかった。不正会計への対応で中心とされてきた「第三者委員会スキーム」は、世の中を欺くための「壮大な茶番」でしかなかった。

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 東芝不正会計問題の本質は、1990年代に発覚した重電談合の頃から脈々と続く同社の「隠ぺいの文化」と見ることができる。隠ぺいしようとしたのは、「国策事業」である原発事業が福島の原発事故後に、危機的な状況に陥った現実だった。

 結局、東芝は今月26日に、2016年3月期の決算で、ウェスチングハウスに関する3000億円規模の損失を減損処理として計上することを発表した。だが、果たしてそれまで減損を行わなかった会計処理に問題はなかったのだろうか、東芝はまだ真実を隠ぺいしようとしているのではないか、徹底した検証が必要だろう。

 コーポレートガバナンスには「平時ガバナンス」と「有事ガバナンス」がある。有事の時こそ、社外の視点、すなわち社外取締役の視点が重要となる。早くから委員会設置会社に移行し、コーポレートガバナンスの先進企業と言われた東芝だが、「偽りの第三者委員会」の設置を許し、事業の根幹の原発事業に関する隠ぺいも見抜けなかった社外取締役は、「有事ガバナンス」においてまったく機能しなかった。ガバナンスの充実強化が大きな課題となる中、日本企業は「有事における社外取締役の役割」を真剣に考える必要がある。

<執筆者>
郷原信郎(ごうはらのぶお)
弁護士。55年松江市生まれ。東京大学理学部卒業後、検事任官。広島地検特別刑事部長、長崎地検次席検事などを歴任後、退官。08年に郷原総合コンプライアンス法律事務所を開設。著書多数。近著に『告発の正義』(ちくま新書)、『虚構の法治国家』(講談社)。<公式ブログ「郷原信郎が斬る」>

郷原信郎(弁護士)

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