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日本、潜水艦受注逃す――習近平とオーストラリア(豪州)の深い仲

ニューズウィーク日本版 2016年4月27日 17時0分

 日本がオーストラリアの潜水艦受注を逃した原因はさまざまあるだろうが、習近平とオーストラリアとの戦略的な深い仲を見逃してはならない。今月にも首相のターンブルが訪中して習近平と会談しただけでなく、習近平の弟はオーストラリア国籍だ。

4月15日に訪中したターンブル首相

 オーストラリアのターンブル首相が北京の釣魚台国賓館に姿を現して習近平国家主席と熱い握手を交わしたのは、今年4月15日のことである。オーストラリアが潜水艦の共同開発国に関して発表した26日のわずか10日ほど前だ。

 二人は会談で中豪の戦略的発展関係を強調し、それぞれ概ね次のように述べた。

 習近平:「中国の一帯一路構想とオーストラリアの北部大開発」、「中国のイノベーション駆動発展戦略とオーストラリアの国家イノベーション科学戦略」の連携を強化し、中豪自由貿易協定を推進していく。またビザの緩和と利便化などを通して観光や留学などの交流を強化する。中国はオーストラリアがG20やアジア太平洋経済協力(APEC)、東アジアサミット(EAS)およびAIIB(アジアインフラ投資銀行)などの構築内で緊密な協力を深めていくことを望んでいる。

(筆者注:オーストラリアは2015年4月にAIIBに加盟している。オーストラリアにおける留学生の22%強が中国人。中国人観光客を大量に送りこむことによって、その国の「親中」派を増やそうというのは中国の国策)

 ターンブル:習近平主席が2014年に歴史的なオーストラリア訪問をしたことは豪中関係を強める意味で非常に大きな効果をもたらした。オーストラリアは中国経済の明るい見通しと世界経済に与える大きな影響力と発展性を深く信じている。密接な豪中関係のさらなる強化と両国間の戦略的発展を加速させていくことを心から期待する。

 どの国を選ぶかを発表する寸前に、ターンブルを釣魚台国賓館でもてなす習近平の戦略が目に見えるようだ。

 二人は実は2015年11月にもトルコで会談している。その時も中国の一帯一路とオーストラリア北部大開発計画の連携強化を誓い合っている。

 アボット(元)首相との会談も何度か行っており、2014年4月には当時のアボット首相が人民大会堂で習近平国家主席と熱い握手を交わしている。 

 アボット首相は同年4月には李克強首相とも会談しており、その返礼に李克強首相が訪豪してアボット首相と会談している。 

 習近平国家主席もまた2014年11月にオーストラリアでアボット首相と会談している。 

 たしかにアボット元首相は安倍総理と親密で、熱烈な親日派として知られているが、一方では中国にもかなりいい顔をしており、なかなかの「やり手」であったことが、このことからもうかがわれる。オーストラリアがAIIBに加入したのはアボット首相時代であったことを見逃してはならない。

 以上から、必ずしもターンブル首相に変わったために日本への風向きが急変したとも言いにくい現実が見えてくる。

 そして習近平もまた、オーストラリアを囲い込もうと、非常に戦略的に動いていたことが、ご理解頂けるだろう。

 ただそれでもなお、外交関係以外にターンブル首相と習近平国家主席との間には、さまざまな個人的関係もあるのは確かだ。

習近平の弟・習遠平はオーストラリア国籍を持っている

 中国とオーストラリアとの関係は、こういった豪中外交関係だけに終わらない。

 実は習近平国家主席の2歳年下の弟、習遠平氏は、オーストラリア国籍を持っており、オーストラリアに住んでいる。もちろん北京にある国際節能環保(省エネ環境保護)協会の会長でもあるので、北京にいることも多いが、習遠平は90年代から香港に移り、そこからオーストラリアへと移り住んでいる。

 結婚した相手が徐才厚の元愛人と噂されていた女性だったということもあり、習近平国家主席とは仲が悪い。しかし、表面的には習遠平が習近平国家主席の弟であることに変わりはない。こういった、やや危ない個人的理由もあって、豪中関係を親密にしておくことには非常に重要なのである。

ターンブル首相の、中国との浅からぬ因縁

 ターンブル首相にしたところで、中国とは1990年代から浅からぬ因縁がある。

 実はターンブル氏は1994年に実業家として河北省の鉱山に投資して「河北華澳鉱業開発有限公司」を設立していた(澳は中国語のオーストリアの最初の文字)。ターンブル氏はこの会社の運営に最近までたずさわっていた。

 そんなわけでターンブル氏の息子アレックスは、北京で中国語の学習をした経験がある。のちに中国人女性と結婚していると、オーストラリアの"The Australian Financial Review"が報道している。二人は香港に住んでいたが、今はシンガポールに移り住んでいるとのこと。

 この中国人女性の父親は、文革終了後、コロンビア大学に留学し、帰国してから中国社会科学院に就職。その後、香港に移り住んでIKEYAなどの事業を展開した。

 この男性が江沢民と親戚関係にあるという噂があるが、「それは違う!」と、アレックス自身が表明しているので、違うものと判断していいだろう。

 ただ、いずれにしてもターンブル首相と習近平国家主席の関係は、一般的外交関係の域を出ているので、日本は国家戦略を練るときに頭の片隅に置いておいた方がいいのではないだろうか。

追記:中国としては「米・日・豪」が提携して対中包囲網を構築するような形になるのを何としても避けたかった。そのため少なくとも日本を選ばせないようにオーストラリアを抱き込んだものと思う。上記の状況は、中国の戦略性に個人的利害関係が加わって、中豪両国の緊密さをさらに強固にさせたものと解釈できる。


[執筆者]
遠藤 誉

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)

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