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リアルなVRの時代がついに到来

ニューズウィーク日本版 2016年5月6日 16時0分

 ラスベガスの街を見下ろす32階の高級スイートで、イアン・ポールは熱弁を振るっていた。話題は、バーチャル・リアリティー(VR=仮想現実)が今後、いかに彼の会社の命運を握るかだ。無料サービスや広告収入を武器にした強力なライバル企業がひしめくなか、VRが必勝のカギになるとポールは考えている。VRの没入体験こそ、カネを払う価値ありと消費者に支持されるに違いない。

 1月上旬に開催された、世界最大の情報家電見本市コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)では、数々の企業がVRでビジネスを変革させると売り込みをかけた。ニューヨーク・タイムズにフォックス、ESPN......ポールはこのあたりの企業の重役? いや、彼はポルノ業界人だ。

 正確に言えば、ポルノ会社ノーティーアメリカの最高情報責任者(CIO)。同社の新たなVRポルノサービスを引っ提げて、CESに乗り込んだ。月額24.95ドルのサービスで、広告収入頼りの無料サイトと差別化を図り、優位に立てると確信している。「(VRポルノなら)どこに広告を入れられる?」と彼は言う。「壁にでも入れるか?」

【参考記事】バーチャル・ポルノがリアルな市場に:2025年の推計値は10億ドル

 ようこそ、本当にリアルになったバーチャル・リアリティーの世界へ。ポールがVRポルノに360度の視野は必要ないと力説している頃(視聴者は目の前のことに集中するから)、別のフロアではフォックスが「VR火星着陸体験」のできる招待客向けパーティーを開催していた。調査会社スーパーデータリサーチのリポートによれば、一般消費者向けVR市場は昨年の6億6000万ドルから、今年は51億ドル規模に急成長するという。

【参考記事】時価総額45億ドルのMagic Leapが拓くミックス・リアリティの世界 スマホは不要になるのか?

 一夜にして訪れた大成功に見えるが、実際のところVRがここまで到達するには何十年もかかった。60年代にはコンピューター業界の奇才アイバン・サザランドが最初期の頭部装着型ディスプレイを開発。両目の前に小さなブラウン管を配置したVR装置だが、ついぞ商品化されることはなかった。

高価格で浸透せず撤退

 液晶パネルやパソコンが一般市場に浸透しだした80年代初頭、ゲーム会社アタリの社員ジャロン・レーニアとトーマス・ジマーマンがVRの先駆け的企業であるVPLリサーチ社を設立。VRヘッドセット「アイフォン」や手袋型の入出力装置「データグローブ」を開発した。



「バーチャル・リアリティー」という言葉の生みの親としても知られるドレッドヘアのレーニアは、一躍VR業界の顔となり、テクノロジーファンの間でロックスター的な地位を確立した。

 ただ1つ問題があった。「ハードウエアが安くなかった」と、ジマーマンは言う。VPLのアイフォンは89年の発売当初で1万ドル。ほかのVRシステムは20万ドルに上るものもあった。

 その時代、消費者向けに開発されたVR製品はほかにもある。任天堂の3Dゲーム機「バーチャルボーイ」は、90年代半ばの失敗例として有名だ。それから約20年の間、VRは主に研究所や軍事、産業用の高性能機器に限定され、日の目を見ずにきた。
手が届きそうで届かない──一般向けVRは空飛ぶ車や飛行装置ジェットパックなどと同じく、「過去に夢見た未来の製品」で終わるかに見えた。

 VPL社は90年代に破産し、初期のVR開発者たちは他の分野に転向した。ジマーマンはIBMに、レーニアはマイクロソフトの研究者に落ち着いた。

 だがここにきて、ついに技術がVRの構想に追い付いてきた。数十年前より格段に進化したデスクトップコンピューターや高解像度のスマートフォン普及のおかげだろう。

オキュラスが数十億人の日常に

 そんな時代に登場したのがハードウエア開発者のパルマ・ラッキーだ。2012年、ラッキーは資金調達サイトのキックスターターでVRヘッドセット開発の資金を募った。すると4時間以内に目標額の25万ドルを、最終的には240万ドルを調達。彼は後にオキュラスVR社を創業し、定価599ドルの製品版「オキュラスリフト」の予約者向けの出荷が最近始まった。

 同社は14年、フェイスブックに20億ドルで買収された。マーク・ザッカーバーグCEOは当時、オキュラスの技術がいつか「何十億もの人々にとって日常になる」と期待を寄せた。

【参考記事】オキュラスリフトで未来をのぞく

 今年のCESを見渡せば、多くの人が、そして企業がVRの未来に関心を寄せているのが分かる。オキュラスがVRゲームコーナーに設けた巨大ブースはCESの目玉となり、2時間待ち以上の行列ができた。ソニーやサムスン、台湾の携帯電話大手HTCも独自のヘッドセットを実演。仏ソフトウエアのダッソー・システムズや米ケーブルテレビのサイファイ、NASAなどが開発したVR向けアプリも多数発表された。



 VRがついに成功をつかもうとしている理由の1つは、ありきたりのエンターテインメントや電子機器には飽き飽きしている業界人も少年のように熱狂させる性能にあるだろう。「多忙だからと相手にしてくれない開発者には、製品を送り付けるんだ」と、オキュラスのゲーム開発責任者のジェーソン・ルービンは言う。「すると向こうから電話がかかってくる。ぜひ会いましょう、って」

最大の実験場はゲーム

 別フロアのVR火星着陸体験は、ハリウッド映画『マレフィセント』を監督した視覚効果の名手ロバート・ストロンバーグが主導した。彼はオキュラスを見学して技術を目の当たりにし、その日のうちに自身のVR会社を立ち上げたという。

 ストロンバーグと共に火星体験を製作したフォックスも、攻めの姿勢だ。同社の未来研究担当者(正式な肩書だ)テッド・シロウィッツは、「頭に何か装着していることも忘れるくらいリアルな宇宙体験ができる」と豪語する。

 CESに登場した大手メディアはフォックスだけではない。購読者120万人にグーグル・カードボード(スマホに装着して使う段ボール製の手軽なVRヘッドセット)を無料配布して話題になったニューヨーク・タイムズは、昨年制作した9本に加え、今後は毎月2本のペースでVRビデオの制作を進めていくと宣言した。

 VRはハリウッドの製作者からNASAの科学者まで夢中にさせている。だが何といっても最大の実験場はゲーム業界だ。「ゲーマーたちに支持を得て巨大市場をつかむ必要がある」と、ダッソーのVR責任者デービッド・ナオンは言う。

 スーパーデータリサーチによれば、今年の消費者向けVR市場の売り上げ51億ドルのうち35億ドルがゲーム関連だ。出荷台数ではパソコン用VRヘッドセットが540万台、ソニーのヘッドセット「プレイステーションVR」が130万台になるという。

 サムスンのギアVRやグーグルのカードボードといった手頃な価格のスマホ用ヘッドセットの登場で、携帯ゲームもVR普及に大きな役割を果たすことになるだろう。スーパーデータの予測では今年のスマホ用VRヘッドセットの出荷台数は4200万台に達する。

 CESでも、VR市場におけるゲームの重要性は見て取れた。ソニーもオキュラスもHTCも、VRヘッドセットのデモンストレーションで使ったのは主にゲームソフトだった。

 ソニーのデモで使われた『ロンドン・ハイスト』では、プレーヤーは逃走車に乗った主人公になり、追手を銃で倒していく。オキュラスリフト対応のシューティングゲーム『ブレット・トレイン』では、時間の流れを映画『マトリックス』ばりに遅らせて、飛ぶ弾丸を手で捕まえ、敵に投げ返したりできる。



『トイボックス』というオキュラスリフトのデモ用ゲームも印象的だった。もう1人のプレーヤーと共に仮想空間で卓球をしたり積み木を投げたり、光線を当てて相手を小さくしたりできる。人工的な環境だけでなく、生身の相手ともリアルなやりとりができるというVRの可能性が垣間見えるデモだった。

未来のVRは物質も制御

 もっとも一般消費者向けのVRディスプレイはまだ発展途上だ。サムスンUSAのニック・ディカーロ副社長は携帯電話の進化に例え、「VRは、まだ折り畳み式携帯の時代にいる」と語る。

 最新型の高性能ディスプレイの価格は一般向けとは言い難い。599ドルのオキュラスリフトは衝動買いするには高過ぎるし、HTCの「バイブ」は900ドルを超える。プレイステーションVRは、ゲーム機本体より高い4万4980円だ。

 VRが万人受けするかどうかという問題もある。「気になるのは疲労感だ」と、ジマーマンは言う。彼によれば、過去のVR機器が普及しなかった理由の1つは、実際の頭の動きに機器がついていけないことにあった。「見えるはず」と脳が想定する映像と画面上の映像にずれが生じ、船酔いに似た症状を引き起こしてしまったのだ。

 将来は『スター・トレック』に出てきたような、足を踏み入れるだけで異世界が体験できる「部屋」が実用化されるかもしれない。その時こそ、VRの先駆者サザランドがかつて思い描いたイメージが現実のものとなるのではないか。

「究極のディスプレイは、物質の存在をコンピューターで制御できる部屋のようになるはずだ」と彼は1965年に書いた。

「その部屋に映し出された椅子は座れるくらい丈夫だし、映し出された手錠で人を拘束することもできれば、映し出された弾丸で命を奪うこともできる。適切なプログラミングを行えば、そうしたディスプレイは文字どおり、アリスが足を踏み入れた不思議の国になり得る」

[2016.4.26号掲載]
マーク・パートン

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