Infoseek 楽天

日本は「トランプ外交」にどう対抗したらいいのか? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2016年5月2日 9時30分

 先月25日に北東部5州(ペンシルベニア、メリーランド、コネティカット、デラウェア、ロードアイランド)の予備選を、いずれも過半数を大きく超える得票で制覇したドナルド・トランプ候補は、「予備選の勝利は見えた」としてこれからは「本選への準備に入る」ことを宣言しています。

 そうは言っても、「暴言・放言スタイル」をやめて「もっと大統領らしく」振る舞うのかという質問に対しては、「自分はこのスタイルで勝ってきたのだから、変えるつもりはない」と居直っていました。

 それでも、さすがに「まともな政策論議」をしないといけない時期になったと判断したのか、27日には首都ワシントンで「外交政策スピーチ」に臨みました。

【参考記事】破壊王! トランプの「政治テロ」が促すアメリカの変革

 本格的な政策論になるという前評判もあったのですが、フタを開けてみれば中身は相変わらずで、

1)ISIS討滅が最優先。
2)中ロとの関係改善を模索。
3)NATO拠出金は見直す。
4)日本や韓国などの同盟国には対等の防衛負担を求める。

 というワンパターンの繰り返しでした。ちなみに、これは「トランプ・ドクトリン」ではなく、本格的な外交政策については当選後に軌道修正することもあるという但し書きがついていました。ですが、現時点では「薄っぺら」で「非現実的」であることは否定しようがありません。

 ちなみに、以前のニューヨーク・タイムズのインタビューの際に飛び出した、「日本と韓国に核武装を認める」という「政策」には、さすがに国内外から批判の大合唱に囲まれたためか、今回は言及しませんでした。

 それにしても、2000年代以降、大統領の言動や大統領選の論戦などを通じて日本への言及は、少しずつ減っていますが、今回の一連の「トランプ騒動」では、久々に日本がターゲットになっていることにはいつまでも困惑を禁じえません。



 もちろん、トランプの発想法には日本経済が強かった80~90年代のレトロ感覚が染み付いている、それ以上でも以下でもない、ということは「全く真に受ける必要はない」という態度を取ることも可能です。

 ですが、いかに無責任なものとはいえ、こうした言動が大衆受けしていることは、その世論の奥底に、こうした発言を生み出す土壌がある、そのことは決して無視できないと思います。要するに、アメリカの財政赤字が慢性化している前提で、ただでさえカネがないのに「外国のためにカネを使う」のはやめたい、そんな感情です。

 そう考えれば、日本でも全く相似形の感情論はいくらでも見出すことができます。例えばODAへの反発や、韓国系学校への土地提供をめぐる反発にしても、これと同じような心理が世論の核にあるわけです。

 ですが現状のアメリカでは、これに加えて「アメリカだけを考えればいい」とか「世界の混乱には関わりたくない」という伝統的な孤立主義が絡んでいるので、相当にタチが悪いと言えます。

 さらに問題なのは、日本を頭越しに飛び越して、中国との関係改善を企図していることです。自由と民主主義などという概念とか価値観などでは「メシは食えない」と考えるトランプとその支持者は、相互にメリットがあると思えば、中国ともロシアともズブズブの関係になることに全く抵抗がなさそうであり、これも頭の痛い問題です。

【参考記事】突如飛び出した共和党「反トランプ連合」の成算は?

 トランプのレトリックの巧妙なのは、実は「カネがないので支出を減らしたい」という後ろ向きの話を「毅然とした強いアメリカを取り戻す」という威勢のいい話に「すり替え」ていることです。その「すり替え」によって世論は「コロッと」騙されている面もありますが、世論は世論で「カネがないから支出を減らしたい」という冷静な政策論を「トランプの見せかけの威勢の良さ」にかこつけて、喜んで騒いでいるという面もあります。

 困ったことになりました。こうした「孤立主義」から来る「カネをケチる」方向性というのは、トランプ以外の人間が大統領になっても、多かれ少なかれ傾向としては出てくると思われるからです。

 日本の場合、在日米軍に関して、これ以上巨額な駐留費用の負担を要求されるようですと、自主防衛論と一国平和論という右と左のポピュリズムが暴走して、収拾がつかなくなる危険があります。経済が苦しい今、そんなことをやっている暇はないのです。

 ではどう対応したらいいのでしょうか?



 1つは、アメリカとの関係における「対称性」あるいは「相互性」を、他のあらゆる分野で意識することです。

 例えば、仮に今月末の伊勢志摩サミットの際に、オバマ大統領の広島献花が実現したとしたら、間隔を置かずに、安倍首相がハワイの真珠湾を訪問して、戦艦アリゾナ記念館に献花をするのです。

 こうした「対等性・相互性」という外交原則をキチッと果たすということは、何よりも「トランプ的なるもの」に吸い寄せられるような人々の心にも響く行動になるからです。

 もう1つは、日本が「自由と民主主義の価値観を大事にしていれば、頭脳労働を中心とした高付加価値の経済を開花させて最先端の技術と経済を実現できる」という成功事例であり続けることです。そうすれば、カネのことを考えると日本より中国が大事などという外交方針のバカバカしさに、さすがにトランプもその追従者も気づくでしょう。

 どちらの場合でも、トランプ現象に驚いて、日本が右往左往するような見苦しいことはまずやめることです。

この記事の関連ニュース