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サッカー界でも吹き荒れる中国「爆買い」の不都合な真実

ニューズウィーク日本版 2016年5月6日 14時27分

 2016年、中国クラブによる"爆買い"が世界のサッカー界を震撼させた。

 世界一の金満リーグといえば英プレミアリーグだ。年4000億円超という莫大な放映権料を背景に圧倒的な資金力を誇っている。ところが2016年冬の移籍市場で異変が起きた。なんと中国スーパーリーグ所属のクラブが投じた移籍金が3億ユーロ(約365億円)超に達し、2億4730万ユーロ(約300億円)のプレミアリーグを上回ったのだ。

 春からリーグが始まる中国にとっては、冬の移籍市場が本番。秋からリーグが始まる英プレミアリーグにとっては夏の移籍市場が本番で、その差があるとはいえ、世界のサッカー界を驚かせるビッグニュースとなった。

 これだけの移籍金を投じたのだから、世界の有名選手が続々と中国に移籍している。今冬最高額の移籍となったのはアレックス・テイシェイラ。ウクライナのシャフタール・ドネツクに所属していたブラジル人ミッドフィルダーは、英プレミアリーグの強豪リヴァプールやチェルシーも狙っていたという逸材だが、5000万ユーロ(約61億円)という高額の移籍金を支払った江蘇蘇寧クラブが獲得している。

 移籍金2位は、広州恒大タオバオに移籍したコロンビア代表のジャクソン・マルティネス。スペインの強豪アトレティコ・マドリードは移籍金4200万ユーロ(約51億円)で手放している。3位は、江蘇蘇寧クラブが2800万ユーロ(約34億円)でチェルシーから獲得したブラジル人ミッドフィルダーのラミレスだ。

リーグ5連覇した広州恒大の成功が起点に

 中国サッカーの"爆買い"、その起点となったのは広州恒大タオバオクラブの成功だった。

 2010年、八百長のペナルティで2部に降格した広州サッカークラブを大手不動産企業・広州恒大地産集団が買収。そして信じられない規模の予算を投下し、選手を次々と補強していく。中国代表の鄭智、孫祥、ブラジル人FWのムリキらを獲得したチームは圧倒的な力で2部リーグで優勝した。

 1部に復帰した2011年には、アルゼンチン人ミッドフィルダーのダリオ・コンカを移籍金1000万ユーロ、年俸1000万ドル(約12億円)という破格の金額で獲得。昇格即優勝という快挙を果たした。以来2015年まで5連覇を続けている。さらに2013年、2015年にはACL(AFCチャンピオンズリーグ)で優勝し、アジア王者に輝いた。2015年には中国最大のEC企業であるアリババグループが12億元(約197億円)を出資し、株式の50%を取得。資金はさらに潤沢になった。

 現在ではブラジル代表のパウリーニョ、リカルド・グラール、コロンビア代表のジャクソン・マルティネスというワールドクラスの外国人選手3人に加え、韓国代表の金英権を擁しているほか、中国人選手も代表ばかりがずらりと並ぶ最強の陣容をそろえている。監督は元ブラジル代表監督のスコラーリだ。

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 投資対象は選手だけではない。生徒2500人、サッカー場50面という巨大サッカースクールを設立し、将来のスーパースター育成に着手している。最終的には純中国人のチーム編成で世界トップを目指すという遠大な野望を描いている。漫画かゲームのような快進撃にファンも熱狂し、今や観客動員数は1試合平均4万人を超える人気チームとなった。

<参考記事>「中国は弱かった!」香港サッカーブームの政治的背景

 この広州恒大タオバオの成功を模倣しようと他チームも巨額投資に踏み切り、今冬の"世界一の爆買い"へと結実している。今年のACLでは広州恒大タオバオはグループリーグ敗退が決まったものの、山東魯能と上海上港が決勝トーナメント進出を決めた。日中韓からはそれぞれ4チームが出場したが、決勝トーナメント進出は韓国が3チーム、日中が2チームずつ。広州恒大タオバオが昨年アジア王者になったことも考えれば、クラブレベルの実力では中国はもはや日本を超えているといっても過言ではない。

浦和レッズの4倍の支出、巨額赤字による戦力補強

 いかに中国が金満とはいえ、なぜこれほどの投資ができるのかは誰しも気になるところ。その秘密がこのたび明らかになった。広州恒大タオバオは2015年11月に上場し、この4月に初の有価証券報告書を発表している。これによって収入、支出の構造が判明した。

 2015年の営業収益は3億8000万元(約62億円)。一方で営業費用は13億3000万元(219億円)。差し引き9億5000万元(約156億円)もの赤字だったことが判明した。ちなみにJリーグトップの浦和レッズは、営業収益は58億5000万円、営業費用は56億円だ(2014年)。収入に大差はないが、支出では4倍近い大差がつけられている。「ファイナンシャル・フェアプレー」を掲げるJリーグではとても太刀打ちできない。

 200億円を超える巨額の赤字。わずか半年前に公開された上場時の計画書には2016年からの黒字化を目指すと記されているが、ほとんど詐欺のような話ではないだろうか。ちなみに年度報告書において「2016年からなるべく赤字を減らす」との方針を示す一方で、現在の成績を維持するために年10億元(約164億円)前後の支出を維持する必要があると明記されている。

 中国政府は、2020年までにスポーツ産業の規模を5兆元(約82兆円)にするとの計画を発表している。実際、ネット企業やテレビ局が版権を奪い合うコンテンツバブルが続くなか、中国スーパーリーグの放映権料は5年80億元(約1310億円)で契約されるなど、サッカーコンテンツの価値も高まってはいる。とはいえ、この放送権料はクラブごとに分配されるわけで、巨額赤字の前には焼け石に水でしかない。しかも他クラブも巨額投資を敢行するなか、"最強"の地位を守るためにはさらなる投資が必要となる可能性も高そうだ。



マンUを抜き、時価総額で世界一のクラブに

 赤字まみれの"最強"チームは長続きしないように思えるが、そうとも言い切れないのが中国の面白いところだ。"焼銭モデル"という言葉がある。赤字上等でともかく規模を拡大さえすれば、お金は後から着いてくるという発想だ。

 実際、広州恒大タオバオは今年1月に初の新株発行による資金調達を実施したが、発行価格と株式数をかけあわせた時価総額は218億元(約3580億円)に達している。かのマンチェスター・ユナイテッドを超え、サッカークラブとしては世界一の数字だ。日本ではあまり話題とならなかったが、世界ナンバーワン・サッカークラブがアジアに誕生していたというわけだ。

 もちろんこの時価総額は数字遊び、バブルにしか過ぎないとも言える。とはいえ中国政府がスポーツ産業振興を唱えるなか、しかも習近平総書記は大のサッカー好きという追い風もあって、このサッカーバブルはそう簡単にはじけないとの見方も有力だ。国際大会で中国クラブと対戦するJリーグのクラブには受難の時代が続きそうだ。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。


高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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