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アサドを利する「シリア停戦」という虚構

ニューズウィーク日本版 2016年5月6日 20時0分

 米ロ主導のシリア停戦が発効して最初の数週間は、広範にわたり戦闘が止んだ。そのため一時は、内戦当事者とそれを支援する外国勢は、様々な障害にも関わらず実際に長期的な停戦合意に達したのかもしれない、という印象を与えた。

 だが現実は違った。当初から予期されていた散発的な停戦違反とは程遠く、戦略的要衝での戦闘は停戦発効後もほとんど絶えることなく続いていたのだ。最近は北部アレッポや北西部イドリブ、首都ダマスカスなどで戦闘が激しさを増し、停戦崩壊への懸念が高まる一方だ。

 一部での戦闘再燃の背景には、アルカイダ系のヌスラ戦線やISIS(自称「イスラム国、別名ISIL」)など停戦対象外となった過激派に対して、シリアのアサド大統領が政府軍を率いて猛攻をかけていることがある。停戦対象外の敵への攻撃は停戦違反に当たらないとされる。問題は、ヌスラ戦線を狙った空爆や戦闘の巻き添えで民間人や停戦当事者の反政府武装勢力に犠牲が出ている場合だ。これが停戦違反に当たらないのかどうかはグレーゾーンになっている。今回の停戦の深刻な欠陥だ。

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 アサド政権側は明らかに市民や停戦対象の反体制派も攻撃対象にしているうえ、いくつもの居住区を包囲して住民への人道支援を妨害している。軍事的にも政治的にも、停戦の実効性は地に落ちたに等しい。

 停戦開始当初から、複数の監視団体がシリアのいたるところで停戦違反があったと報告している。停戦違反は主にシリア政府軍によるものだ。

世界が報じなくなったシリア

 シリア国内の援助団体などからは、停戦で戦闘が小康状態になったのを境に、国際メディアがシリア内戦を取り上げなくなったという不満の声も聞こえる。まるでシリア内戦は終結したかのような扱いだが、現実世界では決して終わっていないのだと。

【参考記事】支援物資を高値で売るシリア政権の「戦術」

 アレッポを拠点にする反政府武装勢力は、停戦など存在しないのと同じ状況が続いてきたと証言する。停戦後は政府軍のISISに対する攻勢が強まったことから、ISIS掃討を最大の戦略目標とする欧米諸国はアサド政権の停戦違反を見逃していると、多くのシリア国民は考えているという。それは、正しい。

【参考記事】ISISの支配下には31,000人以上の妊婦がいる

 シリア内戦は終結の兆しもなく、深刻な政治的リスクが高まっている。現在の停戦の枠組みの上に政権移行プロセスを築こうとすれば、有利になるのは停戦に乗じて勢力を挽回したアサド政権であり、欧米諸国が支援してきた一部反政府勢力を締め出すことになる。

 政権移行について不毛の交渉を続けている間にも、シリアでは軍事力を拠り所にした新たな「既成事実」が積み上げられ、戦闘の前線に沿うようにして事実上の支配地域の分割が加速している。他の軍事勢力の犠牲の上にいっそう優位な地位を築いているのはアサド政権と一部のイスラム過激派だ。



 4月中旬には、シリア国内に拠点を置く10の武装グループがアサド政権打倒を目指した「Operation Radd al-Nizam」を設立、政府軍による市民を狙った軍事攻撃に対抗する必要性を訴えた。

 興味深いのは、設立に参加したグループの中に、米軍の支援を受けて停戦にも参加している「ジャイシュ・アル・イーザ」や、自由シリア軍とつながりがある「First Coastal Division」が名を連ねている点だ。双方の動きには米政府の後ろ盾があるのか、あるいは停戦合意に基づく政権移行に固執する米国に反旗を翻しての動きなのかは定かでない。

 もし前者なら、米政府にとって停戦はもはや和平協議の進展に向けた唯一の有力な戦略ではなく、更なる軍事的圧力が必要と判断していることが分かる。もし米国の支援を受けている反体制派が思惑から外れて停戦から離脱しようとしているのなら、米国は戦闘が再燃する現状を打開するために対応を加速させざるを得ない。 

 問題の核心は、アサド政権側が反体制派との交渉で強硬姿勢を崩さず、停戦維持に必要な政治的譲歩を一切見せない点だ。

 アサド政権側の戦略は二段階構造だ。まずは、政権移行に関する一切の実質的な協議を明確に拒否する。そのうえで、表向きは歓迎されてもシリア国内の現状には何の変化ももたらさない和平協議を続け、その間に政権側の軍事優位性を高めて、停戦を骨抜きにする。

 つまり何らかの形で政権に軍事的圧力をかけない限り停戦実現は望めない。アサドの後ろ盾であるロシアにも今のところ動きはない。違反に対する取り組みが決まっていない停戦は、シリアでお決まりの外交的パフォーマンスに過ぎない。

This article first appeared on the Atlantic Council site.

Faysal Itani is a Senior Resident Fellow with the Atlantic Council's Rafik Hariri Center for the Middle East. Hossam Abouzahr is the editor of SyriaSource.

フェイサル・イタニ(米大西洋評議会中東センター研究員)、ホッサム・ アボウザハル(同「シリアソース」編集者)

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