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能力が低いから昇進できない、という人はめったにいない

ニューズウィーク日本版 2016年5月10日 17時22分

 日本の労働環境は不可逆の変化を遂げ、安定的な終身雇用制はもはや大企業ですら崩壊した。そんな時代にはキャリアをどう築いていけばよいのだろう。

 社会人デビューの時からそうした環境に置かれている若者だけでなく、新卒での就活が「楽勝」だった世代、あるいは就職氷河期に苦しみながら勤務先を見つけた世代にとっても、共通の悩みだ。新しい環境にうまく適合できていないのは、むしろキャリアをある程度積んだ世代のほうかもしれない。

「新しい、より現実的なアプローチとは、5年を1つの単位として、6~8単位のキャリアを考えることだ」と、米金融大手モルガン・スタンレーの資産管理部門バイスチェアマンであり、キャリアアドバイザーとしても活躍するカーラ・ハリスは言う。ハリスはこのたび、景気や人間関係に左右されないキャリアの戦略作りを指南する新刊『モルガン・スタンレー 最強のキャリア戦略』(堀内久美子訳、CCCメディアハウス)を上梓した。

 ここでは同書の「第2部 ステップアップするために」から一部を抜粋し、3回に分けて掲載する。第2回は、昇進におけるコミュニケーションの重要性を扱った第2部の「第6章 効果的なコミュニケーションとサインの読み取り方」から。能力や勤労意欲が原因で昇進できない人はめったにおらず、キャリアが行き詰まるのはコミュニケーションの方法に問題があるからだと、ハリスは言う。

【参考記事】古市憲寿氏が指摘する、日本型コミュニケーションの「非生産性」


『モルガン・スタンレー 最強のキャリア戦略』
 カーラ・ハリス 著
 堀内久美子 訳
 CCCメディアハウス


※シリーズ第1回:「5年を1単位」としてキャリアプランを考えよ

◇ ◇ ◇


「コミュニケーションで最も大切なことは、相手が声に出さないことを聞き取ることだ」――ピーター・ドラッカー



 私の経験では、能力や勤労意欲が原因で昇進できないという人はめったにいない。キャリアが行き詰まるのは、むしろ効率的なコミュニケーションの方法を知らないからだ。上手なコミュニケーションには、2つの要素がある。1つは同僚ときちんとコミュニケーションがとれること――つまり自分はどういう人間で、何ができて、キャリアで何を望んでいるかをきちんと表現できることだ(口頭と文章で)。これには質問するスキルと、必要に応じて助けを求めること、自分よりも上の人間に「ノー」と言えることも含まれる。

 2つめは聴くことだが、口頭で言われたことだけを聞くのではない。言葉にされていないことをどの程度理解し、適切に反応できるか。組織から発せられるサインを読み解くことができるか。改まった場(たとえば勤務評価の面談)で、あるいは内々の会話で上司からほのめかされたことを理解できるか。聞く力、サインを読み取る力は、成功に欠かせないスキルだ。

効果的なコミュニケーション

 アメリカのビジネス界では今までなかったことだが、職場では今、多世代の従業員が同時に働いている。それを認識することはきわめて重要だ。同じ職場でそれぞれ特徴のある4世代¬――伝統主義者(1945年以前生まれ)、ベビーブーマー(1946~1964年生まれ)、ジェネレーションX(1965~1980年生まれ)、ミレニアル(1981~2000年生まれ)が一緒になって生産的に働いているのだ。各世代には独自のコミュニケーションスタイルがある。そのスタイルを理解することが、同僚との効果的なコミュニケーションをとるための重要で有用な手段になるだろう。

【参考記事】「団塊、団塊ジュニア、ゆとり」 3世代それぞれの人生の軌跡



 ミレニアル世代を考えてみよう。メールのやりとりでコミュニケーションをとるのが得意な世代だ。彼らにとってメールやSMS(ショートメッセージ)は直接会うことと同じ重要性を持っている。ところが、一般的なベビーブーマーはそうではない。彼らにとっては直接会うことのほうが重みがあり、メールやSMSよりもはるかに重要だ。

 ここで重要な指摘をしておきたい。書くときも話すときも正しい文法を使おうということだ。今さら言うまでもないことだが、(笑)のような記号や顔文字、略語、その他インターネットやスマホのスラングが氾濫している今だからこそ、言っておくべきだと思う。ビジネスのミーティングやプレゼンテーション、メモやメールで、友人宛のメッセージのように文法を無視したり、話し言葉や誤字、略語を使えば、社会人失格と思われてもしかたがないのだ。間違いなく、相手の聞く気や読む気をそいでしまうだろう。こうした悪い習慣は案外目立ち、相手はメッセージの真意よりも、あなたの犯したミスのほうに気を取られてしまうはずだ。

 コミュニケーションの上手な人は、伝えたい内容だけを考えるのではなく、受け手とその人の好みまで考えるものだ。あなたの上司がベビーブーマーなら、重要なメッセージはメールよりも直に会って伝えるほうがはるかに効果的だ。上司が隣のオフィスにいるなら、メールを送ってはいけない! 席を立ち、ドアをノックして顔を見せ、会話をしよう。もちろん、上司がメールのほうを好むなら、メールをすればいい。

 また誰でもスマホをチェックせずにはいられない時代ではあるが、仕事の打ち合わせ中にメールなどをチェックするのは失礼だ。若いビジネスパーソンはよくこれをやっている。採用面接中に電話に出た応募者までいたのだ! 言うまでもなく、その応募者は不採用となった。

 同僚や自分より上の人が、会議での発言や会話でいったん言葉を切ったからといって、自分のスマホに目をやってはいけない。何も言わなくても、あなたが相手の話を熱心に聞いていないことは言外に伝わる。あなたの人間関係貯金も、あなたに対する他人の認識も、あっという間に崩れていくのだ。

 誰かと会話をするときは、会話が終わるまで話している相手の顔を見て、積極的に会話に加わり、適切に反応することだ。相手がベビーブーマーや伝統主義者なら絶対にそうしよう。あなたが口にすることは、効果的なコミュニケーションという等式の一方の辺でしかない。他方の辺では、相手があなたのメッセージをもれなく確実に受け取っていることが必要になる。



 明確で、効果的な話し方とは、あなたの話したいことを、聞き手があなたの望むように聞き、受け入れ、行動するように話すことだ。

 たとえば昇給してほしいなら、上司のところに行って「私は給料が上がって当然のことをしたと思うので、上げてください」と言うよりも、こう言ったほうがいい。

「今年は私の昇給を検討していただきたいと思います。理由は3つあります。私はこの部で最大級の3つのプロジェクトに大きく貢献し、X千ドルの売上をもたらしました。それから新人社員○人のリクルートを積極的に行い、入社させました。これは部の今年最大の目標でもあります。最後に経費削減計画で、全社でY千ドルを節減することに助力しました」

 どちらの表現も直接的だが、2番目のほうが、あなたが昇給を求める理由と、その正当性をはっきりと上司に伝えている。2番目の例のほうが明快に、簡潔に、よく考えられた発言で、筋も通っているから、まじめに検討されるはずだ。それに対して最初の例は、直接的だが、正当な理由も論拠もない。

 とくに上級職の人と話すときは、単刀直入で、簡潔なコミュニケーションを心がけよう。根拠や考え方を十分に示す必要がないと言っているのではない。あなたの要求や意見の範囲を超える、よけいな説明はしないようにと言っているのだ。自分の取り組んでいるプロジェクトについて上司に報告するなら、その目標と、業務遂行の中で生じた変更、成果について話す準備をしよう。どのようにして成果を出したのか、どのようなプロセスを用いたのか、元来の分析ではどのような前提だったのかなどを話そう。それから、いったん話を止めて、質問や意見を求めよう。必要な回答をしてから、再び報告に戻ろう。

 こうした点について話すのは重要だが、自分の頭の良さを示そうとして必要のない細部にはまらないように注意してほしい。たとえば、なぜこの仮定を選び、他の4つの仮定を採用しなかったかとか、なぜこの方法を採用し、他の2つは利用しなかったのかなど細かい解説は必要ない。上司は結論を知りたがるものだ。別の分析ができたかもしれないと思えば、上司のほうから質問するだろう。

 これは、私が身をもって体験したことだ。若かった私は、与えられたほんの一部の分析作業をした際に、自分がいかに優秀か、いかに徹底した分析を行ったかを示したいと思った。チームとして上司に報告するとき、私は結論を出すためにかなりの作業をしていたので、自分が報告することに固執した。

 私は分析の背景から、情報を集めるのにかかった時間、結論を出すのに利用したあらゆる情報源、データの問題点、などを事細かく説明していった。15分ほど説明した時点で、上司が口をはさんだ。「で、結論は何なんだ?」



 私はあっけにとられて、ほとんど口もきけなくなった。上司がなぜそのような反応をしたのか、ずっとわからないでいた。どれほど徹底した分析をしたのか、彼は知りたくなかったのだろうか? なぜあの手法と仮定を選んだのか、その理由を言う必要がなかったのか? 私の知性を示すことはできなかったのだろうか? 私が出した結論は、上司の望んだとおりのものだったが、上司をうならせることはできなかった。あまりに詳細な情報を出しすぎたために、大変な努力の結果をほとんど評価してもらえなかったのだ。

 焦点を絞り、効率的に報告していれば、分析結果を上司から評価されていたはずだ。そのうえ私自身も、報告すべきことや、上司の時間の使い方を判断できる、気のきいた優秀なアソシエイトだと認識してもらったはずだ。おそらくその上司とすぐにまた仕事をする機会を得られただろう。実際には彼と仕事をする機会は長い間もらえず、数少ない絶好の取引の機会も逃してしまった。

 何をどのように話すかで、職場であなたがどのように認識されるかが決まってしまう。その認識は、組織内での昇進に直接影響を与えることがわかっているのだ。

※シリーズ第1回:「5年を1単位」としてキャリアプランを考えよ
※シリーズ第3回:キャリアを左右する「職場プロフィール」とは何か


『モルガン・スタンレー 最強のキャリア戦略』
 カーラ・ハリス 著
 堀内久美子 訳
 CCCメディアハウス


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