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安倍首相の真珠湾献花、その意義を考える - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2016年5月12日 16時40分

 今週10日、ホワイトハウスはオバマ大統領の広島訪問計画を公表しました。ちょうど、この日はウェストバージニア州の予備選にあたり、民主党ではヒラリー・クリントン候補が苦戦し、共和党ではドナルド・トランプ候補とライアン下院議長の確執が話題になるなど、大統領選のニュースが大きく扱われたため、この「オバマ広島訪問」については、テレビの扱いは最小限でした。

 一方で翌日の新聞では「ニューヨーク・タイムズ」や「USAトゥデイ」が、1面に載せる大きな扱いをしています。例えばニューヨーク・タイムズの場合は、両論併記という形で、核廃絶を目指すオバマの「8年」の締めくくりに相応しいという見方と同時に、「古い戦争の傷、すなわち原爆投下への賛否両論という論争」を起こすことへの懸念も書かれていました。「USAトゥデイ」も同じような懸念を論じています。

 このような現状で、筆者はあらためて安倍首相の真珠湾献花、具体的にはオバマ大統領の広島訪問の3日後に当たる5月30日の「メモリアルデー(戦没者慰霊の祝日)」に、ハワイ州オアフ島の真珠湾に眠る「戦艦アリゾナ」への献花を実現すべきということを、強く提案したいと思います。このコラムでも何度か申し上げている、松尾文夫氏の提唱している「相互献花外交」を一気に実現しようということです。

 その理由は、以下の挙げる通りです。

【参考記事】オバマ大統領の広島訪問が、直前まで発表できない理由

 まず1つ目には、オバマ大統領の広島訪問について、アメリカ国内からの批判的な見方を打ち消せる誠実なメッセージになることです。大統領の広島訪問は、アメリカが「事実上の謝罪になるから反対」という声があり、例えばチェイニー前副大統領は「アメリカの弱みを見せるから不適切」としていました。そうした声は、間髪を入れずに安倍首相が真珠湾を訪問することで打ち消せると思います。

 相互献花外交というのは、謝罪を謝罪で打ち消すものではなく、相互性、対等性をまっとうした瞬間にお互いの確執が消滅して純粋な追悼が残るという、極めて精神性の高いものです。何よりも「メモリアルデー」というのは戦没者遺族にとっては墓参を行って故人を偲ぶ厳粛な日ですから、この日を選んで献花を行うのはアメリカ人の心の琴線に触れると思います。

 2つ目には、現在日米の間で問題になっている「トランプ候補の安保見直し論」への強い牽制になるという点です。トランプは「費用を分担せよ」とか「日本もアメリカを守れ」と言っていますが、要するに日米の関係が相互に公平であるかどうか、つまりは外交関係の対称性について「素朴な疑問」を投げかけているのです。オバマ大統領と安倍首相が「相互献花外交」を完結させることは、この種の「トランプ的な素朴な疑問」に対する有効な反論になります。



 3つ目には、ホスト国としての姿勢です。月末のG7伊勢志摩サミットでは、安倍首相は議長国としてホストを務めます。その直前に「真珠湾訪問」を発表すれば、これはアメリカに歓迎されるだけでなく、カナダや欧州の首脳にとっても賞賛に値する判断であり、首相の議長としての姿勢にはより深いリスペクトが払われることになります。

 このことは首脳だけでなく、随行するメディアを通してG7とEU各国に伝わると思います。なぜなら、世界平和の維持ということはG7の精神であり、相互献花外交とはその精神を体現した行動だからです。

【参考記事】トランプ外交のアナクロなアジア観

 4つ目に、仮にオバマ大統領の広島訪問「だけ」ということになると、どうしても「謝罪を求めなくていいのか?」「行くだけで謝罪的なニュアンスになるのをどう避けるか?」といった、政治的に「濁った議論」が続いてしまいます。

 仮に安倍首相がハワイ行きを決断して「相互献花」が実現すれば、そうした「濁った議論」を日米の世論から消せる可能性があります。そうなれば、G7では純粋に核廃絶や核不拡散の議論に専念できる、つまりは今回の伊勢志摩サミットをより実務的に意義深いものにできることになります。

 5つ目に、安倍首相の真珠湾献花で、「大きなストーリーが完結する」ことです。ホワイトハウスのローズ補佐官によれば、オバマ大統領の広島訪問は「第2次大戦の民間人犠牲全体に対する慰霊になる」と説明されています。

 もしそうなら、直後に安倍首相が真珠湾で献花をして、今度は「第2次大戦の太平洋戦線における戦没者全体への慰霊」を行い、そして2つの行事が間隔を置かずに行われることで、「第2次大戦の太平洋戦線の始めと終わり」に関する慰霊の儀式を完結させることができます。つまり5月27日の広島と、30日の真珠湾でG7と日米による平和のメッセージの円環を閉じることができるのです。

 直前の調整になりますし、アメリカの国民の祝日に合わせて首相が行くのは、異例といえば異例です。ですが、5月27日の直後の30日というタイミングの良さ、そして何よりもG7議長国としてのリーダーシップの発露として、大きな可能性を秘めたアイディアだと思います。実現を強く望むところです。

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