[課題] 変化に対応し長期的に事業を継続させる
[施策] 未来から学ぶシナリオプランニングの活動を開始
[成果] グローバルで競争力のある企業へ
2009年、アムステルダム中央から延びる川のほとりに、5翼からなる巨大なグローバルテクノロジーハブが完成した。オランダ発のグローバルエネルギー企業ロイヤルダッチシェル。同社テクノロジーセンターは昨年100周年を迎えた。
テクノロジーセンターの母体であるアムステルダム研究開発センターは1914年、1つの建物、たった9人で始まった。しかし、ロイヤルダッチシェル本体の成長にともない研究内容の拡大、長期化が加速、一時は27へクタール、50の建物にまで拡張していた。
「いってみればアムステルダムのなかに1つの村があったようなものですね」と同社コミュニケーション・アドバイザーのピーター・ヴァン・ボスショーテン氏は笑う。従業員は毎朝フェリーに乗って川を渡り、バラバラの建物へと通勤していた。「そこに欠けていたのは『つながり』です」
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失われたコンテクストを取り戻すために
ロイヤルダッチシェルは元来、『イノベーションはコンテクストである』という哲学を掲げる企業だ。イノベーションはソリューション(問題解決)から生まれる。ソリューションを生み出すには、人間同士が出会い、つながらなくてはならない。
しかしそれこそが、ロイヤルダッチシェルがグローバル企業へと成長し、アムステルダム研究開発センターが増設される過程で失われたものだった。
失われたコンテクストを取り戻すこと。これを目的として、27ヘクタール・50の建物を7ヘクタール・1つの建物に集約。シェルが持つ三大テクノロジーセンターを代表するシェル・テクノロジーセンター・アムステルダムを誕生させた(他の拠点はインド・バンガロールと米国・ヒューストン)。
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「現在は、1つ屋根の下に50以上の国籍、1000人単位の従業員が働いています。様々なソリューションが必要だというなら、異なるバックグラウンドを持つ人と話し合うことが欠かせない。だったら全従業員を1カ所に集めるのがベスト、という判断に至ったんです」
オフィスやラボ、実験ホールをつなぐ背骨のようなアトリウム
とはいえ、ただ同じ建物に人を集めればコンテクストが生まれると結論づけるのは早計だ。人の出会いとつながりを促す空間づくりへと、ヴァン・ボスショーテン氏の説明は進んでいく。
(左上)2009年に誕生したシェル・テクノロジーセンター・アムステルダム。将来の拡張も見越して場所は決定されたという。(右上)大規模なプラントの実験施設。まるで工場にいるかのよう。(下)アトリウムは展示スペースとしても活用されており、シェルの歴史に関わるものやアート作品などが展示されている。
人と人を結ぶ、アトリウムのカフェテリア。アトリウムで会った社員同士が「じゃあコーヒーでも......」と、立ち寄る場所だ。
アトリウムを上から眺める。社員用のコーヒーメーカーはオフィスフロアにはないため、コーヒーを飲みたければアトリウムを訪れる必要がある。
建物中央に長く延びるアトリウムは、ラボ、実験ホール、ワークショップ、オフィスからなる5つの翼、合計8万平方メートルのフロアを結んでいる。
このアトリウムはテクノロジーセンターのいわば背骨のような役割を果たし、各翼の人々を結びつけているようだ。アトリウムにカフェテリアやレストランがあり賑わっているのとは対照的に、オフィス内にはコーヒーマシン1つ置かれていない。飲みたければ、人が集うアトリウムまで出てこなくてはならないのだ。
ロイヤルダッチシェルの歴史的資料やアート作品が展示されることもあり、作品を鑑賞するため足を止めた従業員同士が雑談する光景がよく見られるという。オフィス内での部署の配置には、社会科学におけるソーシャルネットワーク分析が応用された。これも出会いの機会をつくり出す仕掛けだ。
「誰と誰が交流しているか、ネットワークの中心は誰か、といった分析に基づいて部署やデスクの配置を決めたんです。例えば、ものすごく多くのコンタクトを持つ人を一番奥のデスクにする。彼が動けば周りも動くし、彼に会うために人も動くわけです」
10年単位の研究開発では「早い段階での失敗」が欠かせない
これほどつながりが重視される理由、それは、つながりから生まれるイノベーションこそが、テクノロジーセンターの使命だからに他ならない。
テクノロジーセンターの具体的な業務は、石油、ガス、化学テクノロジーの開発、将来のエネルギー技術の研究を行うこと。そのプロセスは、理科の実験程度のスキルでも可能な、小さなアイデアの展開から始まるという。
「ポテンシャルのあると見なされたアイデアのみ、次の段階でスケールを大きくして試してみます。アップルパイを1つ作るなら誰にでもできますが、これを1時間に100個、24時間体制で作るとなると難しい。現実には、スケールが大きくなる段階で1000のアイデアのうち999はダメになってしまいます。残った1つが、パイロットプラントの段階に進んでいきます」
開発は段階を経るごとに実験のスケールが大きくなり、技術のレベルが上がる。予算も膨れ上がっていく。これが商業規模のプラント稼働段階に至れば1基あたり10億ユーロ単位の投資を要し、その後数十年は稼働し続けるのだ。後の段階になるほど失敗は許されない。「プラントができました、2日後に不備が見つかりました、では困るのです」
アトリウムからは実験施設内部が見える。社内の情報を可視化し、企業の透明性を高める仕掛けになっている。
日光をふんだんに採り入れることのできる1階の食堂。ランチタイムには大勢の社員で賑わい、コミュニケーションを楽しんでいる。
(左)コミュニケーション・アドバイザーのピーター・ヴァン・ボスショーテン。(右上)事務棟1階の執務スペース。PR関連部署の社員が働き、席は固定席になっている。事業として扱っているのはエネルギーであるが、アムステルダムというコミュニティに対してフレンドリーな存在でいたいという願いから、透明感のある設計にした。(右下)ライブラリースペース。10年以上先の長いスパンでのリサーチにも力を入れるシェルならではのスペースだ。まるで図書館のような蔵書の数々である。
現状、プラント始動時に全てを正常に機能させるため10年単位の研究開発を要している。この時間を短縮するために、シェルは「つながり」、すなわち共同作業に活路を見出したのである。何より重要だった課題は、可能性のないアイデアを早い段階で見極めること。「早い段階での失敗」がキーになる。同時に1つひとつのアイデアにかける時間を可能な限り短縮すること。他者と関わる必然はここに生じた。
「同じ建物内に1000人以上の従業員が働いていることで、リサーチレベルでのアイデアの交換も可能になり、全てがフレキシブルになりました」
かくして、より多くのアイデアを検討し、より多くの「小さな」失敗を積み重ねていく態勢が整うわけだ。イノベーションは失敗の繰り返しから偶発的に生まれるもの。ならばテクノロジーセンターは、失敗そのものを減らすことより、価値ある失敗を増やすことに向かうべき、ということだ。
「社会に対して開かれた会社」を表現する建物
もっとも、ロイヤルダッチシェルが追求するコンテクストは社内に限られたものではない。
例えば、シェル・テクノロジーセンター・アムステルダムを訪れた者は皆すぐに、その空間の「明るさ」に気がつくだろう。ガラス張りの外観で、自然光がふんだんに取り込まれる健康的なオフィス。従業員の労働環境を配慮したものであるには違いない。しかし、これは同時に「見せる」ためのデザインでもあるのだという。同社広報担当のイミティアス・ラムジャンベグ氏が補足する。
「シェル・テクノロジーセンター・アムステルダムが完成した2009年当時、人々の環境意識が高まっていました。私たちは、アムステルダムのコミュニティに対してフレンドリーな存在でありたかった。社会に対して開かれた会社、それを表現するためのデザインなんです」
アムステルダムに研究施設を保つという決断も社外とのつながりを強く意識したものだ。オランダの首都であり、世界中から才能が集まる場所。ここには土地の魅力がある。
「才能ある人々が、積極的に働きたくなる環境をつくりたかったんです。オープンなカルチャーがあり、インスピレーションがかき立てられる環境をね。そうして社内のみならず、社外の人々ともつながっていく。ロイヤルダッチシェルの社員はみな優秀ですが、エネルギーを巡る諸問題は、社外との協業なくして解決できるものではありませんから」
創業:1907年
売上高:約4,569億ドル(2014)
純利益:約163億ドル(2013)
従業員数:約92,000人(2014)
http://www.shell.com
コンサルティング(ワークスタイル):YNNO
インテリア設計:Fokkema & Partners Architects
建築設計:Arcadis
WORKSIGHT 07(2015.4)より
text: Yusuke Higashi
photo: Takeshi Miyamoto
※当記事はWORKSIGHTの提供記事です
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