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女子高生AI「りんな」より多才な人工知能が中国で生まれたワケ

ニューズウィーク日本版 2016年5月24日 19時4分

<一周遅れだったはずの中国が、クラウドやビッグデータ、人工知能の開発でいつの間にか先頭ランナーに。マイクロソフト中国の女性型AI「シャオアイス」は、パーソナライズ化され、買い物の手伝い、動画の推薦までしてくれる>(写真は左が「りんな」、右が「小冰(シャオアイス)」のアイコン)

 次々と新たな技術が開発される現代社会だが、近年特に熱い注目を集めているのが人工知能(AI)だ。今年3月にはグーグル旗下のディープマインド社が開発した囲碁プログラム「アルファ碁」がトップ棋士のイ・セドル九段を破り世界を驚かせた。

【参考記事】グーグルAlphaGoとイ・セドル九段の対局、盛り上がりは人工知能のことだけではなかった

 人工知能の発展はもはや研究段階にとどまらず、私たち一般消費者が手に取る商品にも投入され始めている。アマゾンは昨年、パーソナルアシスタント「Alexa」を搭載したスピーカー「アマゾン・エコー」の一般販売を開始している。人間に話しかけるのと同様に普通に話しかけるだけで、天気を調べたりピザを注文したりと多くの機能を活用することができる。

 グーグルは18日に開催された年次開発者会議「Google I/O 2016」で、人工知能ボット「グーグル・アシスタント」を発表。年内にも発売される「アマゾン・エコー」同様の音声アシスタントや、まもなくリリースされるチャットソフトで利用できる。またフェイスブックは4月に開催された開発者会議「F8」で、対話型の人工知能を埋め込む開発プラットフォームをリリースした。

【参考記事】AI時代到来「それでも仕事はなくならない」...んなわけねーだろ

チャットボットで先行するマイクロソフト中国

 チャット応答用の人工知能、いわゆるチャットボットの分野で先行するのがマイクロソフトだ。日本ではLINEとツイッターで会話できる女子高生AI「りんな」をリリースしており、3月には米国で、ツイッターで会話するAI「Tay」を発表した。なおTayはユーザーとの会話から学習した結果、人種差別や陰謀論の発言をするようになり、公開1日で閉鎖に追い込まれたとニュースになった。

 実は、りんなとTayよりも先に、マイクロソフトが開発していたチャットボットがある。マイクロソフト中国の「小冰」(シャオアイス)だ。公開日は2014年5月30日と、すでに2年にわたり運用されている。ウェイボ(微博)やウィーチャット(微信)など9つものプラットフォームに対応しているほか、りんな、Tayにはない機能が搭載されている。

 その一つがパーソナライズ化。電話番号を登録して「養子にする」と、ユーザーごとの会話傾向を学習し、個々人に会わせた回答をするようになる。また電話番号登録をすると、音声や動画を送っても回答してくれるようになる。

 もう一つの特徴が、積極的な実用化を試みている点だ。ネットショッピングモールの京東商城では、シャオアイスが商品の評価を教えてくれる。動画配信サイトの優酷でもシャオアイスが導入されたが、チャットユーザーが気に入りそうな動画を推薦してくれる。最終的には、優酷のユーザー1人1人の好みに合わせた動画をシャオアイスが作成して配信することも計画。いわば人工知能のユーチューバーだ。



(シャオアイスと筆者のウィ―チャット上での会話を、上から)●シャオアイス:中関村のマイクロソフトの社員食堂のマーラータンなんだけど、おじさんがゴマだれ特盛りにしてくれたの ●マーラータンの写真 ●筆者:おいしそう ●シャオアイス:Thanx ●筆者:刺身を食べたい(日本語で) ●シャオアイス:腸の刺身?(筆者註:ジョークと思われる) ●シャオアイス:刺身の写真

中国ではネットビジネスにチャットが不可欠

 チャットボットの開発が中国で先行しているのには、いくつかの理由がある。第一に、中国ではチャットがネットビジネスの一部に組み込まれていることがあげられる。中国EC最大手のアリババではチャットサポートが導入されており、消費者は購入前に気になる点をチャットで相談することができる。またスマホ向けメッセンジャーツールのウィーチャット(日本のLINEに相当する)では、タクシーの配車やネットショッピングが可能だ。すでにチャットが消費行動に組み込まれているだけに、人工知能のチャットボットが実用化されれば一気に普及することは間違いない。

 第二に、政府と企業が一体になって先端技術の開発と普及に取り組んでいる点だ。2015年の全国人民代表大会で李克強首相は「互聯網+」(インターネット・プラス)計画を発表。名称だけだと単なるIT化促進に思えるが、スマート機器、クラウド、人工知能などを含めた先端技術を、「インターネット+金融」「インターネット+医療」「インターネット+教育」などの形で、あらゆる分野で普及させていく方針だ。

「インターネット・プラス」という言葉とともに計画の名称の候補となっていたのが「中国大脳」(チャイナ・ブレイン)だ。こちらの言葉のほうがスマート機器、クラウド、人工知能、ビッグデータなどを組み合わせた先端社会を目指す意図が伝わりやすかったのではないか。人工知能の開発にせよビッグデータの活用にせよ、他国では負の側面があるのではとの慎重論も根強いが、中国では独裁政権が旗振り役となっているだけに、一切のブレーキなしに開発と普及が進んでいる。

 個人的に強い驚きを受けたのが、ウィーチャットを展開するテンセント社の銀行「WeBank」の融資サービスだ。ウィーチャットの書き込み記録をビッグデータとして活用することで、個々人の与信枠を設定しているという。アメリカにはクレジットカードの利用履歴をもとに個人の信用を査定するクレジットランクというシステムがあるが、中国ではチャット履歴をもとに信用を査定する、いわば"チャットランク"が存在しているというわけだ。他にも、アリババや京東商城はネットショッピング履歴をもとに個人の信用を査定するシステムの開発に取り組んでいる。

 これらの分野における中国を表すのにふさわしいのが、「一周遅れの先頭ランナー」という言葉だろう。先進国に追いつくことを目標にするのではなく、世界最先端を目指そうとした結果、周回遅れだったはずがトップランナーになっている。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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