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中国SNSのサクラはほぼ政府職員だった、その数4.8億件

ニューズウィーク日本版 2016年5月27日 19時22分

<中国の言論統制、ネット統制の実態は分厚い秘密のベールに隠されている。流出した文書や内部関係者の証言によってその一部が明らかになっているだけだ。ハーバード大学の研究チームはネットの書き込みを計量的に分析するという新しい手法で、秘密の一端を解き明かした>

 2014年、ハーバード大学のゲイリー・キング教授は中国のネット検閲に関する興味深い研究結果を発表した。中国のソーシャルメディアで書き込みが投稿されるやいなや保存し、その後、どの書き込みが削除されたかをチェックすることで、ネット検閲の実態を明らかにしたのだ。この研究によって、政府や政治指導者に対する批判的な発言についてはあまり削除されず、デモや集会などの直接行動を呼びかけるものが重点的に削除されていることがわかった。

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「政府批判が許されない監視社会・中国」というわかりやすいディストピア・イメージは間違いで、「政府に文句を言うことはできる自由な社会に見せかけるも、民衆の暴発の目だけは詰まれている巧妙な監視社会」という現実が浮き彫りとなった。

ハーバード研究者が解き明かす中国ネット統制の実態

 そのキング教授の研究チームが先週、中国のネット統制に関する新たな研究結果を発表した。今回の資料は江西省のあるネット宣伝部局から大量流出したEメールだ。いわゆるサクラ書き込み、すなわち政府にとって都合のよいコメントを書き込むよう具体的な指示が書かれていたという。

 メールに記載されていた4万3000件のネット書き込みを分析したところ、そのほとんどは政府機関から書き込まれていたことが明らかになった。全体の20%はネット宣伝部局からの書き込みだったが、他にも鎮(町レベルの行政区分)政府やスポーツ局、人的資源部局など、検閲とは関係なさそうな政府機関からの書き込みも多数含まれている。また書き込みの内容だが、政府批判に対して反論するのではなく、別の話題を作って注意をそらす、あるいは政治指導者や中国共産党をひたすら称賛するような内容が中心だった。

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 分析から研究チームは次のような結論を導き出している。

・中国全体で政府機関によるサクラ書き込みは年4億8800万件(推定)に達する
・ネットの書き込みのうち178件に1件は政府機関によるサクラ書き込み

 政府寄りのサクラ書き込みをする人々は中国語で「五毛党」と呼ばれる。1書き込みあたり5毛(0.5元、約8円)という薄給で良心にもとる仕事をする人々という蔑称だが、研究チームは五毛党ではなく、政府機関職員がサクラ書き込みの主流だと結論づけている。



「世論誘導はしていますが、それがなにか?」と政府系メディア

 さて、この研究について中国国内メディアはだんまりを決め込んでいるが、唯一、真っ向から反論しているのが環球時報の社説だ。その反論内容がなかなか興味深い。論点は主に二つある。

 第一に、中国のネット世論誘導にはさまざまなものがあり、「セント党」(民主主義を礼賛し中国を批判するなど西側寄りの書き込みをする人々。五毛に対する意味で米国の通貨セントから名前が取られた)もあれば、商業的なサクラ書き込みもあり、政府の言論統制と十把一絡げにまとめる研究は中国の実情を理解していないという反論だ。

 実際、キング教授の研究はある地方宣伝部局の流出メールが資料であり、これだけで中国ネット世論統制の全貌が明らかにできたかについては疑問符がつく。例えば拙著『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』で取り上げたが、共産主義青年団(共青団)は大学生や国有企業従業員らを対象に、最大1000万人とも言われるネット世論監視ボランティアを動員したことが明らかになっている。このボランティアは共青団系統の指示で動いており、宣伝部局とは指示系統が異なるため、流出メールからは状況が把握できなかったことが予想される。

 そして第二に、世論のあり方は国情によって違い、中国には世論誘導が必要で、中国人の大半は必要性を認めているとの主張だ。「世論誘導はしていますが、それがなにか?」と開き直る大胆な反論である。環球時報以外のメディアならば掲載は難しいだろう。環球時報は人民日報社の旗下にあり、社説を書いた胡錫進編集長は政府高官と太いパイプを持つと噂されている。

 ただ政治力があるから書けるというだけでなく、環球時報の主張が評価されている部分もありそうだ。胡編集長はたんに西側を批判するのではなく、西欧的な人権と中国の国情との均衡点に落としどころを見つけるべきとの主張で一貫している。昔ながらのプロパガンダで民主主義などの西側思想を否定されるとげんなりするような人の中にも、「民主主義よりもまずは社会の安定が大事」「西側と中国では国情が違うから、西側のような言論の自由は難しい」と考える人は相当数存在する。そうした人々にとっては環球時報の反論は腑に落ちるものとなる。

官僚たちがまじめに強化していく言論統制の先にあるもの

 しかしながら、言論統制やむなしと考える人々も、とめどない規制強化に賛同できないのではないか。習近平政権発足後、言論統制は大幅に強化されている。



 先日、武漢理工大学マルクス主義学院の張応凱教授が授業中の不適切発言で処分されていたことが明らかになった。「マルクス主義基本原理」という授業で「中国人労働者の剰余価値は政府と資本家の連合に奪い取られている」とつぶやいたことが問題になったという。この発言を中国教育部直属の私服巡視員が録音して問題視された。

 私も中国の大学に留学したことがあるが、この程度の発言は珍しいものではなかったし、学生たちにもバカ受けしていた。ところが気がつけば大学内にスパイが入り込み、また学生に問題発言を密告するよう奨励しているケースまであるという。

 ここまでの統制に意味はあるのか、言論統制やむなしと現状維持に納得している人まで政府批判にまわらせてしまうのではないかと心配になるが、なにせ中国は世界最古の官僚国家である。ネットや大学でも思想統制を強化するとの目標を定めてしまえば、"官僚機械"は目標に向かって着実に仕事をこなしてしまう。その結果生まれたのが、年4億8800万件のサクラ書き込みであり、授業にまぎれこむ私服巡視員である。このまま官僚機械がまじめに仕事を続ければ、さらにエスカレートした事態が生まれることだろう。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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