<蔡英文総統誕生の原動力となった政治意識の高い若者たちは、台湾独立と経済的繁栄の両立を望み、蔡と共に行動する覚悟。中国の圧力で動けなければ、若者はまた彼らだけで立ち上がる> 写真は蔡の支持者
This article first appeared in Foreign Policy Magazine.
台湾で先週、民進党を率いる蔡英文(ツァイ・インウェン)が総統に就任した。台湾にとって3度目の政権交代、そして初の女性総統の誕生だ。
その大きな力となったのは若年層有権者だ。経済低迷や格差拡大、中国との関係強化にいら立つ若者の支持で蔡は勝利をつかんだが、彼らの声に迅速に応えなければ、たちまち背を向けられることになりかねない。
失望は既に始まっている。民進党は先月、中国との協定に関して、立法院(国会)の監督を義務付ける法案の草案を発表。14年に起きた学生運動「太陽花(ヒマワリ)革命」が掲げた、中台サービス貿易協定の監督制度の法制化要求を受けた形だ。法案の目的は、中国とのあらゆる協定を厳正に審査し、締結の可否判断への市民の参加を促すことにある。
【関連記事】蔡英文新総統はどう出るか?――米中の圧力と台湾の民意
だが民進党の草案は、学生などから激しい批判を浴びた。協定の評価プロセスに市民団体がどう関与するのか明確でない、最終的承認が市民参加の下で透明性を確保して行われる保証がない、との理由だ。
この一件は、蔡政権の今後を示す出来事と言えそうだ。ヒマワリ革命を通じて政治意識に目覚めた若者は、新政権に行動を迫ることを責務だと感じている。変革を担うのは蔡でも民進党でもなく自分たちだ、と。
台湾では「普通の国」に近づきたいとの切望が広がり、独立志向が強い民進党への支持が高まっている。現在、中南米やアフリカなどの22カ国が台湾と外交関係を結んでいるものの、アメリカをはじめとする主要国は国家として承認していない。中国の愛国的ネチズンは台湾総統を「地方長官」呼ばわりしているが、台湾の若者にしてみれば実にばかげた話だ。
再度の「革命」も辞さず
台湾を強引に従わせようとする中国政府のやり方は、大きく裏目に出ている。いい例が、今年1月の台湾総統選の直前、韓国で活躍する台湾出身アイドル、周子瑜(チョウ・ツーユィ)がテレビ番組で台湾の旗を振ったことを謝罪した事件だ。謝罪は中国の圧力の結果とみた若年層の反発が、蔡の勝利の一因と言われた。
【参考記事】「人民元」に謝罪させられた台湾アイドル――16歳の少女・周子瑜
謝罪動画で周が見せた力ない表情は、国際社会における台湾の立場の象徴であり、中国への経済的依存の危険性を浮き彫りにしていた。蔡は支持者から、独立路線の強化と併せて、雇用増や経済的繁栄の実現を期待されている。だが、この2つは両立可能なのか?
最近行われた調査によれば、職探しのために台湾を離れるつもりでいる若年層(20~35歳)の割合は60%を超える。これこそ、蔡に突き付けられた難問だ。技術革新支援などで才能の流出を食い止めなければ、蔡は優秀な人材も若者の支持も失うことになる。
【参考記事】中国は反日? 台湾は親日? 熊本地震から考える七面倒くさい話
そんな未来を回避すべく、蔡政権は成長を促進して格差解消に努める一方で、貿易相手の多角化を通じて対中依存度を下げようとするはずだ。
蔡は東南アジア諸国やインドとの経済・文化交流を促進する「新南向政策」を提唱し、環太平洋諸国の貿易協定TPPへの参加、対日貿易の拡大も目指している。とはいえ政策の成果はすぐには出ない。当面の頼みである中国経済は、ある台湾のエコノミストいわく「誰もが危機を想定する」状態だ。
蔡を支えた若者たちは今や、蔡と戦うことも辞さない構えだ。ヒマワリ革命の指導者の1人、林飛帆(リン・フェイファン)は言う。「私たちが手にした結果と約束を再び政権与党がほごにしたら、前よりすごい抗議活動を展開してみせる」
[2016.5.31号掲載]
アナ・ベス・カイム(ジャーナリスト)
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台湾で先週、民進党を率いる蔡英文(ツァイ・インウェン)が総統に就任した。台湾にとって3度目の政権交代、そして初の女性総統の誕生だ。
その大きな力となったのは若年層有権者だ。経済低迷や格差拡大、中国との関係強化にいら立つ若者の支持で蔡は勝利をつかんだが、彼らの声に迅速に応えなければ、たちまち背を向けられることになりかねない。
失望は既に始まっている。民進党は先月、中国との協定に関して、立法院(国会)の監督を義務付ける法案の草案を発表。14年に起きた学生運動「太陽花(ヒマワリ)革命」が掲げた、中台サービス貿易協定の監督制度の法制化要求を受けた形だ。法案の目的は、中国とのあらゆる協定を厳正に審査し、締結の可否判断への市民の参加を促すことにある。
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だが民進党の草案は、学生などから激しい批判を浴びた。協定の評価プロセスに市民団体がどう関与するのか明確でない、最終的承認が市民参加の下で透明性を確保して行われる保証がない、との理由だ。
この一件は、蔡政権の今後を示す出来事と言えそうだ。ヒマワリ革命を通じて政治意識に目覚めた若者は、新政権に行動を迫ることを責務だと感じている。変革を担うのは蔡でも民進党でもなく自分たちだ、と。
台湾では「普通の国」に近づきたいとの切望が広がり、独立志向が強い民進党への支持が高まっている。現在、中南米やアフリカなどの22カ国が台湾と外交関係を結んでいるものの、アメリカをはじめとする主要国は国家として承認していない。中国の愛国的ネチズンは台湾総統を「地方長官」呼ばわりしているが、台湾の若者にしてみれば実にばかげた話だ。
再度の「革命」も辞さず
台湾を強引に従わせようとする中国政府のやり方は、大きく裏目に出ている。いい例が、今年1月の台湾総統選の直前、韓国で活躍する台湾出身アイドル、周子瑜(チョウ・ツーユィ)がテレビ番組で台湾の旗を振ったことを謝罪した事件だ。謝罪は中国の圧力の結果とみた若年層の反発が、蔡の勝利の一因と言われた。
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謝罪動画で周が見せた力ない表情は、国際社会における台湾の立場の象徴であり、中国への経済的依存の危険性を浮き彫りにしていた。蔡は支持者から、独立路線の強化と併せて、雇用増や経済的繁栄の実現を期待されている。だが、この2つは両立可能なのか?
最近行われた調査によれば、職探しのために台湾を離れるつもりでいる若年層(20~35歳)の割合は60%を超える。これこそ、蔡に突き付けられた難問だ。技術革新支援などで才能の流出を食い止めなければ、蔡は優秀な人材も若者の支持も失うことになる。
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そんな未来を回避すべく、蔡政権は成長を促進して格差解消に努める一方で、貿易相手の多角化を通じて対中依存度を下げようとするはずだ。
蔡は東南アジア諸国やインドとの経済・文化交流を促進する「新南向政策」を提唱し、環太平洋諸国の貿易協定TPPへの参加、対日貿易の拡大も目指している。とはいえ政策の成果はすぐには出ない。当面の頼みである中国経済は、ある台湾のエコノミストいわく「誰もが危機を想定する」状態だ。
蔡を支えた若者たちは今や、蔡と戦うことも辞さない構えだ。ヒマワリ革命の指導者の1人、林飛帆(リン・フェイファン)は言う。「私たちが手にした結果と約束を再び政権与党がほごにしたら、前よりすごい抗議活動を展開してみせる」
[2016.5.31号掲載]
アナ・ベス・カイム(ジャーナリスト)