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本の「せどり」が合法なのに、なぜチケットのダフ屋は違法なのか

ニューズウィーク日本版 2016年5月31日 16時11分

<転売は商売の根幹なのに、チケットの転売だけがなぜか「ダフ屋行為」として禁止されている。禁止しているのは、法律ではなく、都道府県の迷惑防止条例。ダフ屋行為の何が、どんな理由で規制されているのだろうか>

 先日、友人の誘いで、某ロックミュージシャンの引退ライブを満喫してきた。素晴らしい熱唱と、盛り上がる観衆の雰囲気を堪能したわけだが、それとは別に、初めて体験する出来事もあった。

 ライブの入場チケットが電子化されていたことだ。

 一般的な「紙」の入場チケットだと、転売されてしまうおそれがある。いわゆる「ダフ屋」が、チケットの価格を不当に吊り上げてしまう。

 その弊害を避けるためなのか、そのライブのチケットは、デジタル的なデータとして観覧希望者の携帯電話やスマートフォンに組み込まれることが義務づけられ、入場のとき、画面に特定の「QRコード」を表示させたり、「おサイフケータイ」のようにかざしたりして、その人に入場資格があるかどうかを機械で読み取らせ、識別する仕組みになっていた。

【参考記事】ライブ会場が不足する「2016年問題」が、いよいよ表面化している

 ただ、ライブ当日、最寄り駅から会場へ向かって歩いて行くと、途中で何人もの男たちから、目線を合わせないまま連続的に声をかけられるのである。
 
 「あるよあるよ、チケットあるよ」
 「チケットない人、あるよ~。余ってたら買うよ~」

 結局、いるじゃん、ダフ屋。......ということは、紙のチケットもあったのか。

 そもそも、ダフ屋はなぜ違法とされているのだろうか。よく考えてみると、なかなか奇妙だ。安く買って、高く売るのは、商売の根幹である。近ごろ副業として人気の「せどり」から、金券ショップ、リサイクルショップ、株取引に不動産取引まで、この世は"転売"であふれている。なのに、チケットの転売だけが「ダフ屋行為」と名指しされ、禁止されている。

 ダフ屋行為を禁止しているのは、法律ではなく、それぞれの地元の都道府県が規定する迷惑防止条例である。ただ、ほとんどの迷惑防止条例が「ダフ屋禁止」を盛り込んでいるので、実質的には法律と同等の全国的な規制だといえよう。

 たとえば、東京都の「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」では、このようにダフ屋行為を規制している。


第2条(乗車券等の不当な売買行為(ダフヤ行為)の禁止)
 1 何人も、乗車券、急行券、指定券、寝台券その他運送機関を利用し得る権利を証する物又は入場券、観覧券その他公共の娯楽施設を利用し得る権利を証する物(以下「乗車券等」という。)を不特定の者に転売し、又は不特定の者に転売する目的を有する者に交付するため、乗車券等を、道路、公園、広場、駅、空港、ふ頭、興行場その他の公共の場所(乗車券等を公衆に発売する場所を含む。以下「公共の場所」という。)又は汽車、電車、乗合自動車、船舶、航空機その他の公共の乗物(以下「公共の乗物」という。)において、買い、又はうろつき、人につきまとい、人に呼び掛け、ビラその他の文書図画を配り、若しくは公衆の列に加わつて買おうとしてはならない。
 2 何人も、転売する目的で得た乗車券等を、公共の場所又は公共の乗物において、不特定の者に、売り、又はうろつき、人につきまとい、人に呼び掛け、ビラその他の文書図画を配り、若しくは乗車券等を展示して売ろうとしてはならない。

ダフ屋行為の何が規制対象かを整理すると......

何を売り買いすることが規制対象か?

 電車などの運送機関の「切符」や、娯楽施設の「チケット」などが対象である。つまり、それ以外の物品は、規制から外れている。



 数年前、「裁判傍聴券」のダフ屋に遭遇したことがある。とある地方の有名な裁判の初公判で、傍聴券の抽選に外れて、仕方なく裁判所の正門前で弁護団の到着を待っていると、突然、知らない男から「傍聴券が余ってるから買わないか。2万円でどうだ」と声を掛けられた。新幹線の往復交通費を取り戻したかったそうだが、交通費を使ってやって来たのは私も同じだったので、丁重にお断りした。

 ただし、裁判傍聴券の転売は、迷惑防止条例で規制されていない。裁判所が「娯楽施設」でなく、裁判傍聴券も「公共の娯楽施設を利用し得る権利を証する物」に該当しないためである(一部の法廷傍聴マニアは、裁判所を「公共の娯楽施設」だと認識していそうだが)。

どんな行為が規制対象か?

 不特定の者にチケットを売るだけでなく、転売するつもりで買う行為も規制対象だ。それ以前に、転売するつもりで買おうとする段階(路上で「買うよ買うよ、チケット余りないか」と声をかけるなど)から禁じられている。

 よって、自分が観覧する目的で買い、しかし、イベント当日の都合が悪くなったために他人にチケットを売ることは、迷惑防止条例での規制対象でなく、合法な転売ということになる。初めは転売目的でチケットを買ったわけではないからだ。

どこで売り買いすることが規制対象か?

 場所としての規制は「公共の場所」と「公共の乗物」である。現代では、インターネット空間が「公共の場所」かどうかが問題となるが、一般的には該当しないとされている。いわゆる「ネットダフ屋」も、ネットオークションなどの場で転売したことをもって摘発されたわけではない。チケット窓口やコンビニなどのリアルな「公共の場所」で、チケットを「転売するつもりで」買ったために犯罪に問われたのだ。

 もし、ネットオークションなどでのチケット転売行為も規制するなら、「公共の場所」というあいまいな言葉では足りず、条例の改正が必要となる。規制の場所的範囲を明らかにして、国民の自由な経済活動を確保するためである。

ダフ屋が目の敵にされる理由を考えてみると......

 では、原則として合法のビジネスである転売のうち、なぜ、チケットの転売だけが例外的に「ダフ屋」として目の敵にされるのだろうか。考えられる理由をいくつか検討してみたい。

1.不当に高額の利益を得るからダメ?

 ライブ会場は有限の空間なので、人気が高まって予約が殺到したからといって、チケットを簡単に増やすわけにはいかない。ステージ手前の特等席なら、なおさら増やせない。チケットの供給量に限りがあるにもかかわらず需要が高まれば、おのずと値段が釣り上がっていく。そこでダフ屋が買い占めれば、供給不足がますます酷くなる。

 ただし、チケットの値段が釣り上がることに、どれほどの問題があるだろうか。ダフ屋を規制する迷惑防止条例の原型は、日本の敗戦直後期に定められた「物価統制令」という法令である。生きていくために必要な食糧の物価が上がりすぎないようにコントロールする目的があった。チケットの値段が上がることとは事情が異なる。



 そもそも、この国の民法には「契約自由」という基本原則がある。売り手と買い手、契約当事者の双方さえ納得していれば、どんなに高い値を付けて売買しても構わない。そのチケットをめぐって、どれだけ多額のお金が動こうが「契約自由」であり、転売契約に絡んでいない第三者には関係のないことだ。この「第三者」には、他の観客やライブの主催者、そして警察も含む。

2.暴力団の「シノギ」だからダメ?

 たしかに、ダフ屋稼業は、暴力団やその周辺の資金源となっていることでも知られており、野放しにできない面もあるだろう。イベントの運営側としても、コンプライアンス(法令遵守)という視点から、たとえ間接的にでも暴力団を黙認するイメージを持たれるわけにはいかない。

 しかし、だからといって、チケットの転売ビジネス全てを否定するのは行きすぎではないか。台所でゴキブリ1匹見つけたからといって、家をまるごと燃やすのに似ている。暴力団の規制について、それはそれで別個で行うのが本筋であろう。

 もし、これら「1」と「2」の理由でダフ屋を禁止しているとすれば、説得力が弱い印象を受ける。迷惑防止条例で規制するにしても、何をもって「迷惑」とするのかが不明確なのである。

 いっそ、ダフ屋を許可制として一部解禁、あるいは全面合法化させてもいいんじゃないか......との意見が根強いのも頷けるところだ。

 すでに言及したとおり、この資本主義社会において、転売そのものは悪ではない。ダフ屋行為に中途半端なグレーゾーンを作るぐらいなら、思い切って陽の当たる場所へ引っぱり出したほうが、ダークサイドの業者は逃げていきそうである。

 ただし、次のような側面も無視できない。ダフ屋を規制すべき「感覚的」な理由である。

3.エンターテインメントの雰囲気を壊すからダメ?

 物や情報で満ち足りた現代において、最後のフロンティアは「心を満たすビジネス」にあるといわれて久しい。

 日常の悩みや苦しみ、しがらみを忘れて、自らの心を解放するところに、人々がエンターテインメントを楽しむ目的がある。エンタメ業者には、人々が心を解放できる非日常の空間を演出し、雰囲気を作る責務がある。

 だとすれば、観客がライブ会場へ向かう道すがらに、ダフ屋が声を掛け、「裏取引」「欲しがる人間の足元を見る」「この世は結局、カネ次第」といったような生々しい現実を思い起こさせるような状況は、決して見過ごせないことになる。

 電子チケットを導入したり、ときには顔認証システムまで使って本人確認を徹底するイベント業者は、理屈や原則は脇に置き、もっとエモーショナルな思いと責任をもって、ダフ屋との関わりを懸命に排除しようとしているのかもしれない。

 ただ、本来はそこまでしなくても、ほとんどのエンターテインメントは、ダフ屋の存在を忘れるぐらい楽しいものだと思う。というより、ダフ屋が暗躍するほどの人気を博するエンターテインメントを創り出せること自体が立派である。

[筆者]
長嶺超輝(ながみね・まさき)
ライター。法律や裁判などについてわかりやすく書くことを得意とする。1975年、長崎生まれ。3歳から熊本で育つ。九州大学法学部卒業後、弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫した。2007年に刊行し、30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の他、著書11冊。最新刊に『東京ガールズ選挙――こじらせ系女子高生が生徒会長を目指したら』(ユーキャン・自由国民社)。ブログ「Theみねラル!」


長嶺超輝(ライター)

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