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オバマ広島訪問をアメリカはどう受け止めたか - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2016年5月31日 15時45分

<オバマの広島訪問と平和メッセージを、アメリカのテレビ・新聞はともに予想以上に好意的に報じた。現在でも原爆投下の肯定論が根強い米世論を考えれば、慎重にタイミングを図ってきた今回の訪問は、結果として成功裏に進んだと言えるだろう>

 オバマ大統領の広島訪問がアメリカでどう報じられるかを考える際、その時間帯は非常にクリティカルな要素でした。広島での演説は、伊勢志摩サミット終了後の日本時間27日(金)の午後5時40分過ぎに始まりましたが、アメリカ東部時間では同日の午前4時40分過ぎになります。

 注目したのは、東部時間午前7時に三大テレビネットワークがどう扱うかでした。というのは、この日は通常の金曜日ではなく、週明けの月曜日が「メモリアルデー(戦没者慰霊の日)」の祝日にあたるため週末が3連休になるからです。

 この3連休は、前日の金曜から有休を取る人はそれほど多くないにしても、金曜午後からは多くのオフィスが「従業員への温情で早じまい」をすることもあり、午後からは全米が「連休気分」に入ります。

 ですから、夕方のニュースでいくら大きく取り上げても社会的な影響は限られてしまいます。それだけ朝の7時台での扱いが重要になるのです。また、CNNをはじめとするケーブルニュースは、他でもない大統領が自ら進んで行う一大イベントですから大きく扱うのは当然ですが、その影響力は「ニュース好き」に限られています。

 一方、この東部時間午前4時台のタイミングでは、写真も原稿も含めて朝刊には間に合いません。そのために、一般世論に影響力のある「三大ネットワーク」、つまり日本で言う地上波のニュースの扱いがどうなるかが注目されました。

【参考記事】原爆投下を正当化するのは、どんなアメリカ人なのか?

 筆者は、所用があったのと、今回のG7とオバマ大統領の広島訪問が日本でどう受け止められるのかが気になって、短期間一時帰国をしていました。そこで、この「金曜朝7時」の「三大ネットワーク」がどう対応するか、いつも見ているNBCの「トゥデイ」をDVRに録画セットしておきました。

 帰宅後すぐに録画を再生した筆者は少々驚きました。「お茶の間の人気者」として20年近くこの枠の「顔」となっているマット・ラウアーの司会で、いつものように始まったこの番組で、冒頭の約4分間を割いてオバマの「歴史的な訪問」について報じていたからです。



 もちろん、スピーチは「さわり」だけでした。ですが、冒頭の「死が空から落とされた」という重苦しい一節も、被爆者を代表して参列した坪井直氏の「人間というのは素晴らしい」と思わせる笑顔と真剣な眼差し、そして同じく被爆者の森重昭氏と大統領の抱擁のシーンも、しっかり紹介されました。

 レポーターは、ホワイトハウス番の大物ではなく、長年国際部だったロン・アレンという地味なベテランでしたが、メリハリのあるナレーションをつけた立派なレポートでした。

 おそらくNBCなど各局は、一体どんな「絵」が日本から飛び込んでくるのか、事前にはよく把握していなかったと思います。結果的に大統領の見事なスピーチがあり、そして歴史的な被爆者代表との交流の映像が飛び込んできたのを受けて、2時間の間に急いで編集したのでしょう。

 ただNBCは、「反対派」をまったく意識していないわけではなかったようです。この日の番組の作りは、30日の「メモリアルデー」を祝うコンセプトになっており、スタジオの屋外、つまりニューヨークのロックフェラー・センターの前に作られた特設ステージに、5軍(陸軍、海軍、空軍、海兵隊、沿岸警備隊)の若い兵士たちを整列させ、この「オバマの広島訪問」のニュースが厳粛に伝えられました。

【参考記事】パックンが広島で考えたこと

 結果的に、そのメッセージは静かに、アメリカの全土に浸透していったと思います。新聞に関してはこの日は間に合わず、翌日の「土曜日週末版」での扱いになりましたが、ニューヨークタイムズが「オバマ大統領と安倍首相の握手」という写真だった一方、保守系と見られているウォール・ストリート・ジャーナルが、大統領と森氏の抱擁シーンの写真を大きくトップにカラーで取り上げたのが印象的でした。

 4月のケリー国務長官献花に始まり、世論の反応を丹念に見ながら発表のタイミングを探り、歴史的な演説に至ったホワイトハウスと大手メディアの連携は、ここで成功したと言っていいでしょう。

 もちろんそこはアメリカですから、反対論もあります。代表的なものを3点紹介すると、まず大統領候補のドナルド・トランプは、「大統領は日本にいる間に真珠湾での奇襲に言及しなかった。何千というアメリカ人が殺されたにも関わらず、だ」というツイートをしています。彼の「対象マーケット」の年齢や特性を考えると想定内と言えます。

 またタカ派のラジオDJであるラッシュ・リンボーは、保守サイト「ブライトバイト」が掲載している番組の記録によると、「大戦を終わらせるというトルーマンの決意をまったく支持していない」とか「どんな宗教も信仰によって殺人を許すことはないだって? 冗談じゃない、我々はナチと日本軍から自由を守るために戦って自分たちを守ったんだ」という、いかにもリンボーらしい言い方で、オバマの批判をしていました。

 ですが、リンボーがこうした発言をしたのは想定内ですし、冷静な語り口からは怒りや反発の激情と言うのは伝わってきませんでした。リンボーが冷静ということは、感情的な反発の拡散も限られているということを示しています。



 もう一つ、アメリカの反対論で目立ったのは、元国連大使で、アメリカ史上最も国連を軽視していた、つまりは一国主義の権化のような存在のジョン・ボルトンでした。ボルトンは「ナルシストであるオバマの謝罪ツアーの一環」だとして、サウジ王室に頭を下げ、09年には天皇皇后両陛下に深々とお辞儀をし、そして今年はキューバに頭を下げに行った、その一連の「謝罪ツアー」だとこき下ろしています。ですが、掲載した媒体が「ニューヨーク・ポスト」という「タブロイド紙」であることが、この発言の限界を物語っているように思います。

 結論から言えば、アメリカ社会はメディアを通じて、今回のオバマ大統領の広島訪問、そして広島宣言とも言うべきスピーチを正面から受け止めたと言えるでしょう。驚きや爆発的な感動はなかったかもしれませんが、受け止められたことは間違いないと思います。

 それは反核というメッセージだけでなく、日本という国が親しい友人であることも含めての受け止め方だと思います。反対論はありましたが、どれも想定の範囲内だったと言えるものです。

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