<G7で世界経済のリスクを強調した安倍首相。日本経済がマイナス圧力にされされていることは間違いないが、その要因はテクノロジーの進化などによって産業が縮小するグローバルなデフレだ>
安倍内閣は、2017年4月に予定されていた消費税の増税を延期すると発表しました。一部に反対論もあるようですが、昨年4月に実施された消費税率引き上げ(5%から8%へ)の後の状況を勘案すると妥当という考え方もあるでしょう。
この昨年4月の前年2013年を振り返ると、2012年12月末に第2次安倍政権が発足すると共に、いわゆるアベノミクスが開始され、円安と株高へと振れた年でした。この2013年の第1四半期GDPの伸び率は4.4%(実質)を記録しています。その勢いがあっても、昨年4月の税率アップの反動は壊滅的だったのです。
今回仮に2017年4月に増税するとして、その一年前の第1四半期GDP伸び率は「予想より良かった」と言いながら、1.7%という数字だったわけです。また、景況感ということでは、円安+株高の効果が出ていた2013年と比べると、現状で勢いはありません。
そのような中で、強引に税率の引き上げを実施して、昨年以上の消費の冷え込みが起きるようですと、短期的・中期的には「かえって税収が減った。財政再建にもマイナスだった」ということになりかねません。
【参考記事】消費税再延期も財政出動も意味なし? サミットでハシゴを外された日本
では、安倍首相の発言の中にあったとか、なかったとか言われている「リーマン・ショック直前の状況」というのは、どうでしょうか? 2008年夏のような爆発寸前の危機という意味では、世界経済の現況を考えると「オーバーな表現」かもしれません。
ですが、世界経済の全体に悲観的な現状認識を立てるのは間違っていないと思います。しかも、一過性の金融バブルと違って、現在進行している危機はもっと本質的なものです。
それは、2つの要素から成り立っています。
まず、デジタルデフレとでも言うべき現象があります。テクノロジーの広範な利用により、多くの知的なサービスが無料化されたり、人間の雇用が消滅したりする現象です。
例えば、スマホの普及により、電話機、コンピュータ、FAXマシン、書籍、雑誌(に伴う印刷・製本業など)、音響機器、カメラ機材、郵便事業、販売店といったモノや産業が衰退もしくは消滅しているのがいい例です。
また、自動運転車のシェアリングによって、サービス業の運輸業と製造業の自動車産業の双方が同時に縮小に向かう可能性があるなど、デジタル化が広範な経済活動を縮小し、雇用機会を減少させているトレンドは明らかに存在します。
もう一つは、文化の均一化と廉価化です。ファストフード、ファストファッション、LCC(格安航空会社)による移動など、デジタル分野以外の消費活動でも、グローバルな均一化、廉価化、大衆化が進んでいます。こちらにおいても、経済のメカニズムは右肩上がりではありません。
アメリカを始めとした先進国で「中流が消滅」して、トランプやサンダースのようなポピュリストが「ウップン晴らし」を煽っているのも、中国やブラジルの経済が苦境に立っているのも、この2つの要因が根本にあるのだと思います。
日本の場合は、ドル建てで見た人件費や生活費からは、明らかに先進国型経済であるにもかかわらず、先進国の「飯のタネ」であるべき、最先端の技術分野と産業としての金融ビジネスが育っていないために、グローバルなデジタルデフレの影響をモロにかぶっていると言えるでしょう。
ですから「リーマン直前」という言い方にはやや語弊があるものの、外的要因、あるいは世界共通の要因から日本経済へのマイナスの圧力がかかっているという認識は間違いではないと思います。
【参考記事】アベノミクスは敗北か「転進」か?円高が告げるインフレ目標の終焉
では、今回の参院選における経済政策の焦点はどこにあるのでしょうか? まずは「2019年10月に本当に税率アップ」ができるような経済の状態に持っていくには「どうしたら良いか?」というところが争点になるべきだと思います。
この点に関して野党は「アベノミクスが失敗した」という評価で政権批判を始めています。ですが、ここまでのアベノミクスは「円安と株高」に関しても、「財政出動」にしても、基本的には「景気に対してプラス要因」ではあっても「マイナス要因」ではなかったはずです。
一方で「第三の矢」、つまり構造改革があまりにも遅いので経済成長ができていないという批判も可能ですが、現在の野党には構造改革をやり抜くような思想的一貫性はなさそうです。もちろん、構造改革は待ったなしだと思いますが、2019年10月の税率アップを成功させるためには、構造改革がもたらすプラス要因だけでは、とても足りないと思います。
一つ可能な議論は「空洞化の防止」です。アベノミクスの「円安」は、ドナルド・トランプが批判しているように、日本経済が輸出産業の雇用を守るために為替操作をしたのでは「ありません」。
空洞化は恐ろしい速度で進行しており、例えばトヨタ自動車は、長年愛知県の田原工場で作っていた高級車の「レクサス」ブランド製品についても、今はボリュームゾーンの「ES」をケンタッキーで、「RX」をカナダのオンタリオで生産するようになっています。日本が得意にしていた「モノづくり」にしても、その現場はメキシコやベトナム、ミャンマーなどへどんどん流出しているのです。
どうしてアベノミクスの円安が株高を呼び込んだのかというと、「海外で産んだ利益を日本円に換算すると膨張して見える」からであり、それ以上でも以下でもありません。そこには、大きな弊害もなければ明らかなメリットもなかったはずでした。ですが、この「アベノミクスの円安」が、暗黙のうちに日本の産業の空洞化を後押しして来たのは事実だと思います。
そして今は、その行き過ぎが国内経済に大きなダメージを与えつつあります。為替の水準に関しては、1ドル120円にまで下がった一時期の方法論は過去のものとして、現在のような105円から110円といった範囲で推移するようにしておき、同時に税制などを見直して空洞化を抑制する方針に転じるべきだと思います。
筆者個人の主義主張としては、とにかく日本は高い教育水準の維持しているうちに、最先端産業の競争力を回復し、金融を食える産業にすることが最優先課題だと思います。
ですが経済の現況としては、とにかく当面は今ある産業の振興で「食いつないで」行かねばなりません。その産業と雇用がどんどん流出するのは、国の経済としては決して良いことではないのです。規制強化的な発想法はイヤですが、ここまで野放図に空洞化を加速させてきた政財界の姿勢はあらためられるべきではないでしょうか?
安倍内閣は、2017年4月に予定されていた消費税の増税を延期すると発表しました。一部に反対論もあるようですが、昨年4月に実施された消費税率引き上げ(5%から8%へ)の後の状況を勘案すると妥当という考え方もあるでしょう。
この昨年4月の前年2013年を振り返ると、2012年12月末に第2次安倍政権が発足すると共に、いわゆるアベノミクスが開始され、円安と株高へと振れた年でした。この2013年の第1四半期GDPの伸び率は4.4%(実質)を記録しています。その勢いがあっても、昨年4月の税率アップの反動は壊滅的だったのです。
今回仮に2017年4月に増税するとして、その一年前の第1四半期GDP伸び率は「予想より良かった」と言いながら、1.7%という数字だったわけです。また、景況感ということでは、円安+株高の効果が出ていた2013年と比べると、現状で勢いはありません。
そのような中で、強引に税率の引き上げを実施して、昨年以上の消費の冷え込みが起きるようですと、短期的・中期的には「かえって税収が減った。財政再建にもマイナスだった」ということになりかねません。
【参考記事】消費税再延期も財政出動も意味なし? サミットでハシゴを外された日本
では、安倍首相の発言の中にあったとか、なかったとか言われている「リーマン・ショック直前の状況」というのは、どうでしょうか? 2008年夏のような爆発寸前の危機という意味では、世界経済の現況を考えると「オーバーな表現」かもしれません。
ですが、世界経済の全体に悲観的な現状認識を立てるのは間違っていないと思います。しかも、一過性の金融バブルと違って、現在進行している危機はもっと本質的なものです。
それは、2つの要素から成り立っています。
まず、デジタルデフレとでも言うべき現象があります。テクノロジーの広範な利用により、多くの知的なサービスが無料化されたり、人間の雇用が消滅したりする現象です。
例えば、スマホの普及により、電話機、コンピュータ、FAXマシン、書籍、雑誌(に伴う印刷・製本業など)、音響機器、カメラ機材、郵便事業、販売店といったモノや産業が衰退もしくは消滅しているのがいい例です。
また、自動運転車のシェアリングによって、サービス業の運輸業と製造業の自動車産業の双方が同時に縮小に向かう可能性があるなど、デジタル化が広範な経済活動を縮小し、雇用機会を減少させているトレンドは明らかに存在します。
もう一つは、文化の均一化と廉価化です。ファストフード、ファストファッション、LCC(格安航空会社)による移動など、デジタル分野以外の消費活動でも、グローバルな均一化、廉価化、大衆化が進んでいます。こちらにおいても、経済のメカニズムは右肩上がりではありません。
アメリカを始めとした先進国で「中流が消滅」して、トランプやサンダースのようなポピュリストが「ウップン晴らし」を煽っているのも、中国やブラジルの経済が苦境に立っているのも、この2つの要因が根本にあるのだと思います。
日本の場合は、ドル建てで見た人件費や生活費からは、明らかに先進国型経済であるにもかかわらず、先進国の「飯のタネ」であるべき、最先端の技術分野と産業としての金融ビジネスが育っていないために、グローバルなデジタルデフレの影響をモロにかぶっていると言えるでしょう。
ですから「リーマン直前」という言い方にはやや語弊があるものの、外的要因、あるいは世界共通の要因から日本経済へのマイナスの圧力がかかっているという認識は間違いではないと思います。
【参考記事】アベノミクスは敗北か「転進」か?円高が告げるインフレ目標の終焉
では、今回の参院選における経済政策の焦点はどこにあるのでしょうか? まずは「2019年10月に本当に税率アップ」ができるような経済の状態に持っていくには「どうしたら良いか?」というところが争点になるべきだと思います。
この点に関して野党は「アベノミクスが失敗した」という評価で政権批判を始めています。ですが、ここまでのアベノミクスは「円安と株高」に関しても、「財政出動」にしても、基本的には「景気に対してプラス要因」ではあっても「マイナス要因」ではなかったはずです。
一方で「第三の矢」、つまり構造改革があまりにも遅いので経済成長ができていないという批判も可能ですが、現在の野党には構造改革をやり抜くような思想的一貫性はなさそうです。もちろん、構造改革は待ったなしだと思いますが、2019年10月の税率アップを成功させるためには、構造改革がもたらすプラス要因だけでは、とても足りないと思います。
一つ可能な議論は「空洞化の防止」です。アベノミクスの「円安」は、ドナルド・トランプが批判しているように、日本経済が輸出産業の雇用を守るために為替操作をしたのでは「ありません」。
空洞化は恐ろしい速度で進行しており、例えばトヨタ自動車は、長年愛知県の田原工場で作っていた高級車の「レクサス」ブランド製品についても、今はボリュームゾーンの「ES」をケンタッキーで、「RX」をカナダのオンタリオで生産するようになっています。日本が得意にしていた「モノづくり」にしても、その現場はメキシコやベトナム、ミャンマーなどへどんどん流出しているのです。
どうしてアベノミクスの円安が株高を呼び込んだのかというと、「海外で産んだ利益を日本円に換算すると膨張して見える」からであり、それ以上でも以下でもありません。そこには、大きな弊害もなければ明らかなメリットもなかったはずでした。ですが、この「アベノミクスの円安」が、暗黙のうちに日本の産業の空洞化を後押しして来たのは事実だと思います。
そして今は、その行き過ぎが国内経済に大きなダメージを与えつつあります。為替の水準に関しては、1ドル120円にまで下がった一時期の方法論は過去のものとして、現在のような105円から110円といった範囲で推移するようにしておき、同時に税制などを見直して空洞化を抑制する方針に転じるべきだと思います。
筆者個人の主義主張としては、とにかく日本は高い教育水準の維持しているうちに、最先端産業の競争力を回復し、金融を食える産業にすることが最優先課題だと思います。
ですが経済の現況としては、とにかく当面は今ある産業の振興で「食いつないで」行かねばなりません。その産業と雇用がどんどん流出するのは、国の経済としては決して良いことではないのです。規制強化的な発想法はイヤですが、ここまで野放図に空洞化を加速させてきた政財界の姿勢はあらためられるべきではないでしょうか?