<ロシアが今、ドイツに揺さぶりをかけている。ウクライナ東部で親ロ派を煽ったときのようにロシア系ドイツ人を煽動し、後にでっち上げとわかったロシア系ドイツ人少女の集団レイプ事件の背後にいたのもロシアだ。ドイツも遅ればせながら対抗策をとり始めた>
今いくつもの危機に見舞われている欧州大陸にもう一つ、深刻な脅威が浮上している。ロシアが、ドイツを傷つけ不安定化させようと積極的に動いているのだ。
ロシアのドイツに対する隠密活動は、軍事力と世論操作などの非軍事手段を併せたウラジーミル・プーチン大統領の「ハイブリッド戦争」の一環だ。標的がEU(欧州連合)のリーダーであるドイツだというのは由々しきことだ。内外で数々の安全保障上の脅威に直面している欧州の団結を維持できるのはドイツだけだ。
【参考記事】ドイツとロシアの恋の行方
ロシアは、ウクライナのクリミア半島を併合した2年前のウクライナ危機の間、ドイツなど欧州諸国でのスパイ活動を強化してきた。ドイツ国内の治安機関である連邦憲法擁護庁(BfV)によると、ロシアは、旧ソ連の秘密警察KGBがかつて用いた破壊活動戦術である「不安定化」と「偽情報」の2つを展開している。
NATO戦略的通信研究センター(StratCom COE)を指揮するジャニス・サーツによると、ロシアはこうした戦術を使って意図的にドイツの政情不安をかき立てており、その最終目標はアンゲラ・メルケル政権の転覆だという。
政治団体が突如出現
例えば2016年2月、ドイツの国内諜報機関と国外諜報機関の両トップは、ロシアがドイツに住むロシア人たちの「高い動員可能性」を利用する可能性があると警告した。ロシアは、そうした人々に働きかけて、破壊的な街頭デモを行わせようとしている。
つい1カ月前には、「ロシア系ドイツ人国際会議」(International Congress of the Russo-Germans)を名乗る団体が、メルケル政権に対するデモを行った。それまで知られていなかった政治団体が突如表れるのは、2014年にウクライナからの分離独立とロシアへの編入を求めるウクライナ東部でロシアが暗躍していたときの状況と似ている。
【参考記事】ドイツが軍縮から軍拡へと舵を切った
ウクライナにおいてロシアは、世論を計画的に操作し、「ウクライナ政府は国民の利益を保護できない」というロシア側の物語でウクライナ世論を誘導しようとした。ロシアがドイツで同様の扇動活動を行っているのは極めて憂慮すべきことだ。
ロシアはまた、ドイツ社会にある難民問題をめぐる対立を利用して利用して世論の分断を図っている。移民の流入によって政情は不安定化し治安が悪くなるという話を流布し、政府にはもはや国民の安全を保障する力がないと思わせようとしているのだ。
ロシアは事実をねじ曲げるだけなく、露骨に「証拠」を捏造する。
最近の「リサ事件」によってそれが証明された。ロシア語を話すドイツの女性が行方不明になり、難民たちにレイプされた事件を隠蔽したとして、ロシア政府がドイツ政府を非難したのだ。ドイツ警察は、少女はレイプされておらず、少女の失踪に難民はかかわっていないと主張したが、この作り話により、ドイツのロシア人たちによる激しい抗議運動が起きた(のちに少女自身が暴行は嘘だったと話した)。
この偽情報キャンペーンにはロシア高官も参加した。ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相が、この少女のことを「われらの少女」と呼んだのだ。同外相は1月に、「ドイツにいるロシア国民の保護はロシア外交政策の関心事だ」と言明していた。
サイバー戦もある。2015年4月に起きたドイツ連邦下院に対する大規模なサイバー攻撃を、ドイツ当局は「ロシアの軍情報機関」によるものだとした。ロシアのハッカーがドイツの主要サーバー14台にアクセスし、ドイツ連邦議会に属するデータにアクセスしたというのだ。他にも、ドイツの軍需企業などに対するサイバー攻撃は近年、相次いでいる。
国益に反する懐柔策
ドイツ政府は、ロシアのこうした陽動作戦を取り合わず、プーチンを刺激しないよう努力しており、他の西側諸国に対してもロシアとの妥協を促している。
ロシアの利益にかなった妥協を探り続けるドイツの方針は4月にNATOロシア理事会が2014年4月以来初めて開催されたことからもわかる。NATOは2年前、ロシアのクリミア併合を受けてこの理事会を中断していた。ウクライナではロシアの軍事介入が続いているにもかかわらず理事会が開催されたのは、ドイツがそれを望んだからだ。
また最近は、ロシアを加えたG8を再開することへの支持も明らかにしている。
だが、批判を控えてロシア政府を満足させるというドイツの方針は、ドイツの国益と矛盾している。
ロシアは、ドイツを傷つけ、不安定化し、メルケル政権を弱体化することに積極的だ。しかしドイツは、ロシアによる意図的で有害な活動を軽視し、ウクライナでロシアの侵略が続いているにもかかわらず妥協し、自国の安全への重大な脅威に知らん顔をしている。
欧州のリーダーとして、ドイツには、ロシアの有害な活動に対して適切に対処する責任がある。ドイツは、脅威を脅威として明確に認識しないことで、ロシアばかりでなく他の欧州の国々や同盟国に対しても誤ったメッセージを送っている。
手本になるのはスウェーデンかもしれない。スウェーデンはこの2年間、ロシアのスパイはインテリジェンス上の最大の脅威だと名指ししてきた。ドイツはスウェーデンに倣い、ロシアの動きはドイツの安全に対する脅威だと認識しなければならない。
ロシアの悪意あるキャンペーンに対し、ドイツ首脳が目に見えるかたちで直接的に反応する必要がある。例えばメルケル首相がドイツ国民に向けて、ドイツの安全と安定を損なおうとするロシアによる活動の脅威を説明するべきだ。
さらに、ドイツにおけるロシアの情報操作活動をすみやかに特定し、これを無力化しなければならない。
よい知らせとして、ドイツ当局はこの脅威への対応を強めている。ロシアによる偽情報を阻止する部隊がすでに作られており、現在、ロシアのプロパガンダキャンペーンへの対策強化が計画されている。
もうひとつ。ドイツが戦略的通信(StratCom)の部隊を作っていることだ。これによりドイツ政府は、こうした作戦を迅速に見つけ出して追跡し、適切に対処することができるようになるだろう。
対応策を採用することで、ロシアの偽情報と闘うドイツの力も強まる。
NATO戦略的通信研究センター(StratCom COE)を指揮するサーツは最近、こう語った。「偽情報がいちばん威力を発揮するのは、敵が注意を向けていないときだ。まだ気がついていない国がたくさんある」
ロシアの脅威に対抗するために、ドイツが脅威を認め、声を上げ、行動を起こす時がきた。
This article first appeared on the Atlantic Council site.
Ruth Forsyth is a member the Atlantic Council's Transatlantic Security Initiative.
ルース・フォーサイス(米シンクタンク大西洋協議会)
今いくつもの危機に見舞われている欧州大陸にもう一つ、深刻な脅威が浮上している。ロシアが、ドイツを傷つけ不安定化させようと積極的に動いているのだ。
ロシアのドイツに対する隠密活動は、軍事力と世論操作などの非軍事手段を併せたウラジーミル・プーチン大統領の「ハイブリッド戦争」の一環だ。標的がEU(欧州連合)のリーダーであるドイツだというのは由々しきことだ。内外で数々の安全保障上の脅威に直面している欧州の団結を維持できるのはドイツだけだ。
【参考記事】ドイツとロシアの恋の行方
ロシアは、ウクライナのクリミア半島を併合した2年前のウクライナ危機の間、ドイツなど欧州諸国でのスパイ活動を強化してきた。ドイツ国内の治安機関である連邦憲法擁護庁(BfV)によると、ロシアは、旧ソ連の秘密警察KGBがかつて用いた破壊活動戦術である「不安定化」と「偽情報」の2つを展開している。
NATO戦略的通信研究センター(StratCom COE)を指揮するジャニス・サーツによると、ロシアはこうした戦術を使って意図的にドイツの政情不安をかき立てており、その最終目標はアンゲラ・メルケル政権の転覆だという。
政治団体が突如出現
例えば2016年2月、ドイツの国内諜報機関と国外諜報機関の両トップは、ロシアがドイツに住むロシア人たちの「高い動員可能性」を利用する可能性があると警告した。ロシアは、そうした人々に働きかけて、破壊的な街頭デモを行わせようとしている。
つい1カ月前には、「ロシア系ドイツ人国際会議」(International Congress of the Russo-Germans)を名乗る団体が、メルケル政権に対するデモを行った。それまで知られていなかった政治団体が突如表れるのは、2014年にウクライナからの分離独立とロシアへの編入を求めるウクライナ東部でロシアが暗躍していたときの状況と似ている。
【参考記事】ドイツが軍縮から軍拡へと舵を切った
ウクライナにおいてロシアは、世論を計画的に操作し、「ウクライナ政府は国民の利益を保護できない」というロシア側の物語でウクライナ世論を誘導しようとした。ロシアがドイツで同様の扇動活動を行っているのは極めて憂慮すべきことだ。
ロシアはまた、ドイツ社会にある難民問題をめぐる対立を利用して利用して世論の分断を図っている。移民の流入によって政情は不安定化し治安が悪くなるという話を流布し、政府にはもはや国民の安全を保障する力がないと思わせようとしているのだ。
ロシアは事実をねじ曲げるだけなく、露骨に「証拠」を捏造する。
最近の「リサ事件」によってそれが証明された。ロシア語を話すドイツの女性が行方不明になり、難民たちにレイプされた事件を隠蔽したとして、ロシア政府がドイツ政府を非難したのだ。ドイツ警察は、少女はレイプされておらず、少女の失踪に難民はかかわっていないと主張したが、この作り話により、ドイツのロシア人たちによる激しい抗議運動が起きた(のちに少女自身が暴行は嘘だったと話した)。
この偽情報キャンペーンにはロシア高官も参加した。ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相が、この少女のことを「われらの少女」と呼んだのだ。同外相は1月に、「ドイツにいるロシア国民の保護はロシア外交政策の関心事だ」と言明していた。
サイバー戦もある。2015年4月に起きたドイツ連邦下院に対する大規模なサイバー攻撃を、ドイツ当局は「ロシアの軍情報機関」によるものだとした。ロシアのハッカーがドイツの主要サーバー14台にアクセスし、ドイツ連邦議会に属するデータにアクセスしたというのだ。他にも、ドイツの軍需企業などに対するサイバー攻撃は近年、相次いでいる。
国益に反する懐柔策
ドイツ政府は、ロシアのこうした陽動作戦を取り合わず、プーチンを刺激しないよう努力しており、他の西側諸国に対してもロシアとの妥協を促している。
ロシアの利益にかなった妥協を探り続けるドイツの方針は4月にNATOロシア理事会が2014年4月以来初めて開催されたことからもわかる。NATOは2年前、ロシアのクリミア併合を受けてこの理事会を中断していた。ウクライナではロシアの軍事介入が続いているにもかかわらず理事会が開催されたのは、ドイツがそれを望んだからだ。
また最近は、ロシアを加えたG8を再開することへの支持も明らかにしている。
だが、批判を控えてロシア政府を満足させるというドイツの方針は、ドイツの国益と矛盾している。
ロシアは、ドイツを傷つけ、不安定化し、メルケル政権を弱体化することに積極的だ。しかしドイツは、ロシアによる意図的で有害な活動を軽視し、ウクライナでロシアの侵略が続いているにもかかわらず妥協し、自国の安全への重大な脅威に知らん顔をしている。
欧州のリーダーとして、ドイツには、ロシアの有害な活動に対して適切に対処する責任がある。ドイツは、脅威を脅威として明確に認識しないことで、ロシアばかりでなく他の欧州の国々や同盟国に対しても誤ったメッセージを送っている。
手本になるのはスウェーデンかもしれない。スウェーデンはこの2年間、ロシアのスパイはインテリジェンス上の最大の脅威だと名指ししてきた。ドイツはスウェーデンに倣い、ロシアの動きはドイツの安全に対する脅威だと認識しなければならない。
ロシアの悪意あるキャンペーンに対し、ドイツ首脳が目に見えるかたちで直接的に反応する必要がある。例えばメルケル首相がドイツ国民に向けて、ドイツの安全と安定を損なおうとするロシアによる活動の脅威を説明するべきだ。
さらに、ドイツにおけるロシアの情報操作活動をすみやかに特定し、これを無力化しなければならない。
よい知らせとして、ドイツ当局はこの脅威への対応を強めている。ロシアによる偽情報を阻止する部隊がすでに作られており、現在、ロシアのプロパガンダキャンペーンへの対策強化が計画されている。
もうひとつ。ドイツが戦略的通信(StratCom)の部隊を作っていることだ。これによりドイツ政府は、こうした作戦を迅速に見つけ出して追跡し、適切に対処することができるようになるだろう。
対応策を採用することで、ロシアの偽情報と闘うドイツの力も強まる。
NATO戦略的通信研究センター(StratCom COE)を指揮するサーツは最近、こう語った。「偽情報がいちばん威力を発揮するのは、敵が注意を向けていないときだ。まだ気がついていない国がたくさんある」
ロシアの脅威に対抗するために、ドイツが脅威を認め、声を上げ、行動を起こす時がきた。
This article first appeared on the Atlantic Council site.
Ruth Forsyth is a member the Atlantic Council's Transatlantic Security Initiative.
ルース・フォーサイス(米シンクタンク大西洋協議会)