Infoseek 楽天

選挙の当落を左右する!? 味わい深き「疑問票」の世界

ニューズウィーク日本版 2016年6月14日 19時4分

<あまり知られていないが、国政選挙で「手書き(自書式)」の投票を採用しているのは、ほぼ日本だけだ。手書きだからこそ生み出される微妙な「疑問票」について、参院選など選挙の季節を迎えようとする今、知っておいて損はない>

名前を書き間違えた有権者の「意図」を読み取れるか?

 若い人は覚えていないかもしれないが、2005年の衆院選(総選挙)で、当時ライブドアの社長だった堀江貴文氏が広島6区から立候補した。結果としては落選してしまったが、もし『ドラえもん』と書かれた投票用紙が投票箱に入っていたら、このホリエモン候補への票ということで扱えるのだろうか?

 もし『やわらちゃん』と書かれた投票用紙があったら、それは谷亮子候補への票だと考えていいのだろうか?

 これをくだらない仮定だと、一笑に付す方々もいるかもしれない。だが、その一票を有効とするかどうかで、選挙の結果が変わってしまうのだとしたら大問題だ。

【参考記事】選挙に落ちたら、貿易会社の社長になれた話

 選挙において、どの候補者、どの政党に投票したいのかがハッキリと伝わらない票を「疑問票」と呼ぶ。その存在は、開票作業を行う選挙管理委員会の人々を毎度悩ませている。

 あまり知られていないが、国政選挙において「手書き(自書式)」の投票を採用しているのは、世界広しといえども、ほぼ日本だけだ。投票用紙に印刷された候補者の氏名に何らかの印を付ける「記号式投票」が国際的なスタンダードである。自書式投票の島国ニッポンでは、疑問票のバリエーションも多種多様の花盛りであり、ひたすらアナログ的でガラパゴス的な進化を続けている。

【参考記事】「予備選」が導入できない日本政治の残念な現状

 普通に氏名や政党名を書けばいいのに、おっちょこちょいなのか、それとも意図的なのか、既成の枠にとらわれない自由すぎる記載が散見されるようだ。

 それでも、国民ひとりひとりが持つ選挙権は、民主主義の心臓部である。正確に書かれていないからといって、そう簡単に無効票として片付けられない。その有権者が誰に投票したかったのかを推測し、微妙なニュアンスをくみとり、できるだけ有効票になる方向で拾い上げなければならない。

公職選挙法 第67条(開票の場合の投票の効力の決定) 投票の効力は、開票立会人の意見を聴き、開票管理者が決定しなければならない。その決定に当つては、第68条の規定[無効投票の規定 ※筆者注]に反しない限りにおいて、その投票した選挙人の意思が明白であれば、その投票を有効とするようにしなければならない。

 手書き文字に対応する開票作業専用のOCR(自動読み取り装置)の精度も、今ではめざましい進歩を遂げている。1秒間に10枚以上を処理する機種もあるらしい。だが、ややこしい疑問票を投じた有権者の意図を推測することは、人工知能にとってすらまだまだ難しい芸当だろう。投票用紙というメディアを通して、人間の気持ちを読み取れるのは人間だけだ。



 選挙が始まる際、疑問票の解釈について大まかな方針を総務省が決めることもある。だが、個別事例での最終判断は、現場の「開票管理者」に委ねられる。テレビや新聞に掲示される開票結果の裏では、ちょっと迷惑な疑問票との「格闘」が繰り広げられているのである。

あなたの一票を「疑問票」にしないためのガイドライン

1.余計なことを書かない

 候補者名や政党名のほかに、文字や記号、ふりがなを書く「他事記載」は、原則として無効。ただし、候補者に付された敬称や職業、住所、政党に付された代表者名の他事記載であれば、例外的に有効。

(例:『長嶺さん』『長嶺様』『安倍自民』『丸山弁護士』→○ 『長嶺がんばれ』『バカ長嶺』→× また、『鈴木大地』は、鈴木宗男氏が代表の新党大地という意味と解釈できるため、同党が比例区に候補者を出していれば有効票となりうる。ソウル五輪の背泳ぎ金メダリストもビックリだろう)

2.有名人に投票する場合は注意

 候補者の通称(ニックネーム)は、選管へ正式に届けが出されたか、すでに世間で広く知られている水準のものだけが有効。選挙に向けて候補者側が急にこしらえたようなニックネームは、投票用紙に書いても無効票となる可能性が高い。また、候補者の職業や身分だけを書いたものも無効。

(例:亀井静香候補を指す『ドン亀』『しずかちゃん』、谷亮子候補を指す『柔ちゃん』→○ 『金メダリスト』『元警官』⇒×)

3.政党名を書く比例区では注意

 政党の略称は、選管へ届けが出され、投票所の掲示で正式名称に添えてかっこ書きされているものだけが有効。ただし、ケースバイケースでもある模様。

(例:『自』の一文字だけ書かれた票は自民党への有効票として扱うと、中央官庁が公式見解を述べたこともある。今度の参院選で、『民主』や『維新』は民進党への有効票とされる可能性が高い)

4.まぎらわしい候補者がいる選挙区では注意

 その選挙区において、複数の候補者のどちらに入れたとも解釈できるものは、1票を分割する「案分票」として扱われ、得票割合に応じて各候補者に振り分けられる。開票結果で、まれに小数点以下の付いた得票数が見られるのは、そのため。

(例:2014年の衆院選山口1区には、大物代議士の高村正彦候補〔自由民主党〕と、若手の高邑勉候補〔維新の党〕がいた。この選挙区で『高むら』『高ムラ』とだけ書かれた票は、案分の対象とされた)

明暗が分かれた疑問票の例

●『大つきか○ひ』と書かれた票が、大槻和弘候補への有効票に。この場合の「○」が他事記載かどうかが争われるも、選管や裁判所は他事記載に該当しないと判断している。(2015年、神奈川県相模原市議選/東京高裁2015年12月9日判決 [現在、上告中とみられる])

●『オカラ』と書かれた票を、町の選管は岡田和彦候補への有効票とした。オカラは「オカダの書き間違い」と判断したため。しかし、県の選管は無効と判断。「字の形から、ラとダを書き間違えたとは考えにくい」との理由。(2004年、鳥取県智頭町議補選/朝日新聞2004年10月15日朝刊ほか)



●『バンド ヒゲ』票が、口元に豊かなヒゲをたくわえた板東成光候補への有効票に。(2006年、香川県高松市議選/最高裁判所第二小法廷2007年2月23日決定)

●『オバマ』票は、尾花正啓候補の苗字の書き間違えとは認められず、無効に。(2014年、和歌山市長選/毎日新聞和歌山版 2014年12月12日)

●出馬に際し、選管に「初代タイガーマスク」を通称として届け出るも認められなかった佐山聡候補だったが、総務省は『タイガーマスク』と書かれた票を、同候補への有効票として扱う方針を発表。(2001年、参院選比例区/朝日新聞2001年7月25日朝刊)

●越谷市内の中川にも出現したアゴヒゲアザラシの「タマちゃん」フィーバーに沸いていた頃、『タマちゃん』と書かれた票が、正式に、玉生芳明候補への有効票に。ただし、『タマちゃん』の文字のそばに、アザラシっぽいイラストも添えられた票は、他事記載を理由に無効となった。(2003年、埼玉県越谷市議選/読売新聞2003年4月29日)

●世襲の候補が出馬すると、その親や先祖の氏名が多数投じられることがある。偉大だった政治家の支持者たちが、何らかの思いを込めて、あるいは単なる勘違いで書き記すのだろう。それらは非候補者への投票として全て無効となるわけだが、有効票とされた例もあった。昭和初期に大阪の大動脈となる道路、御堂筋を生み出すなどの功績があった元大阪市長の『関一』の氏名が書かれた疑問票が、その孫の候補者「関淳一」への有効票とされたのである。理由は、「"淳"の字を書き忘れたとみるのが相当」(2003年、大阪市長選/朝日新聞2005年11月21日夕刊)

●ふたりの候補者の氏名を半分ずつ混ぜて書けば、案分扱いとなるのが原則だが、野田聖子氏と松田岩夫氏が立候補していた選挙区で投じられた『松田聖子』票は無効。「記載は著名な歌手を指し、いずれの候補者の氏名を記したものではない」との判断(1996年、衆院選岐阜1区/朝日新聞1996年10月22日)

●1票差で落選した堺俊昭候補が、わずかな望みを託して、『ひっこしのさかい』と書かれた票を自分への有効票だと主張した。しかし、県の選管は「ひっこし」を他事記載と認定して無効票にした。(1995年、香川県善通寺市議選/読売新聞大阪版1995年8月23日)

 なお、冒頭でご紹介した、堀江貴文候補に投じたつもりの「ドラえもん」票は、彼の通称「ホリエモン」をさらに勘違いしたものであり、候補者本人から遠すぎて無効となる可能性が高い(参考:読売新聞2005年8月25日夕刊)。

 いよいよ今度の参院選から、いわゆる「18歳選挙権」がスタートする。こういった日本独特の「疑問票ワールド」に触れてみることで、若い有権者にも「選挙って、意外と面白いかも?」と感じてもらえれば嬉しい限りだ。



 ひょっとすると、「自分も疑問票を投じてみたい」と考えた人がいるかもしれない。だが、わざと愉快犯的に、微妙な疑問票を作ることは決しておすすめしない。ただでさえ大変な開票作業をむやみに妨害することでもあるし、それが無効票となってしまえば、結局なんの実りも得られない。

 ひとりの有権者として、日本の政治を託したい候補者名や政党名を、落ち着いて、投票用紙へ正確に鉛筆で刻み込んでほしい。疑問票は、あわてんぼうで憎めない一部の有権者だけが生み出していれば十分だ。

諸外国ではどうか?

 最後に、自書式でない諸外国の選挙についても紹介しておきたい。記号式投票では疑問票が生まれないのか......というと、実はそんなことはない。

 たとえば、パンチカード式の記号式投票では、支持する候補者名のそばに道具を使って穴を空ける。この場合、パンチカードの穴から紙片が完全に抜け落ちなかったり、穴が貫通せずに紙がくぼんだだけの票が投票箱の中に混じったりすることがあり、それらが疑問票として扱われるのである。

 ちなみに、この種の疑問票は「えくぼ票」(dimple vote)と呼ばれるらしい。それはそれで味わい深い。

[筆者]
長嶺超輝(ながみね・まさき)
ライター。法律や裁判などについてわかりやすく書くことを得意とする。1975年、長崎生まれ。3歳から熊本で育つ。九州大学法学部卒業後、弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫した。2007年に刊行し、30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の他、著書11冊。最新刊に『東京ガールズ選挙(エレクション)――こじらせ系女子高生が生徒会長を目指したら』(ユーキャン・自由国民社)。ブログ「Theみねラル!」


長嶺超輝(ライター)

この記事の関連ニュース