<英国のEU離脱投票が迫っているが、保守党と労働党の二大政党が「残留派」と「離脱派」に別れて党内分裂。EU離脱投票の行方を決めるのは、実は「右」対「左」の概念ではなく、どうやら階級や年齢層で分かれる「上」対「下」のようだ>
まるでスコットランド独立投票の再現
6月23日に行われる英国のEU離脱投票が、まるで2014年のスコットランド独立投票直前のような様相を呈してきた。
首相も野党第一党の党首も国民に残留を呼び掛けているし、離脱派の右翼政党UKIPも数年前の勢いは失っている。それなら余裕で残留派が勝ちそうなものだが、ついに離脱派がリードという世論調査結果まででてきた。世論調査は会社によって微妙に数字が違うものだが、6月6日に発表されたYouGovの世論調査では、45%がブレキジット(BREXITーーBRITAIN +EXITの造語)、つまり離脱を希望しており、41%が残留希望という数字が出ている。
「いやー、もう今回は、何もかもすべてが分裂しているね」
とわたしの配偶者も感慨を述べているように、保守党と労働党の二大政党が「残留派」と「離脱派」に別れて党内分裂しており、特に保守党は次期首相の座を狙う元ロンドン市長のボリス・ジョンソンが離脱派のリーダーとなって首相と対決している。
【参考記事】英キャメロン首相「EU離脱派6つのウソ」
ジョンソン元ロンドン市長は、昨年日本を訪れた際、「英国は移民を入れなければ日本のように停滞する」などと発言していたわりには、UKIPも真っ青の離脱扇動スピーチを行い、「ナイスなヴァージョンのドナルド・トランプ」とさえ呼ばれている。
ジョンソンは、オックスフォード大学の超トップエリートだけがメンバーになれるブリンドンクラブのリーダーだった。キャメロン首相も同時期にメンバーだったが、彼はまったく目立たない存在だったそうで、頭脳明晰で個性の強いジョンソンこそ未来の首相になる器と言われていたという。ところが人生とは皮肉なもので、地味だったキャメロンが首相になり、ジョンソンはロンドン市長の座に甘んじてきたが、今回のブレキジットこそ官邸への道とばかりに離脱派の旗頭になっている。
一方、労働党はジェレミー・コービン党首が今一つ迫力に欠け、こちらも党内が分裂している。もともとコービンは、ギリシャ危機のときに猛烈にドイツ主導のEUを批判していた人なので、彼が残留を唱えても説得力がないという事情もある。彼はスペインのポデモスなどの欧州の反緊縮派政党と連帯してEUに改革を求める構想を発表しており、そのために英国はEUに残留せねばと主張しているが、そのメッセージもうまく伝わっていない。
そもそも、コービンが「EU残留」を唱えることには、ファンダメンタルな危険が潜んでいるとオーウェン・ジョーンズが書いている。
労働党の指導者にとって最大の恐れとは、スコットランドのようになることだ。生活に不満を抱えた労働党支持者たちが、コービンがビジネス界の大物や保守党の大臣たちと一緒になって「脅しの運動」を行っているのを見たら、彼らは労働党を見離すだろう。スコットランド独立投票でも労働党支持者が大挙してSNP支持に流れた。今回は、恐ろしいことに、彼らの移動先はUKIPになるかもしれない。
出典:Guardian:"Working-class Britons feel Brexity and betrayed ... Labour must win them over " by Owen Jones
「経済的脅し」作戦は下層には効かない
スコットランドの独立投票は「マネー対スピリット」の戦いと言われた。独立反対派の主張は「独立したら経済が大混乱する」「税金が上がる」「物価が上がる」などの「経済的脅し戦略」に終始していたからだ。今回のEU残留派の主張もそれによく似ている。「経済がえらいことになりますよ」と国民を脅すばかりで、ポジティヴな残留理由がほとんど示されていない(コービンは示しているが、示し方が如何せん地味だ)。
さらに、前出のYouGovの世論調査では、ミドルクラスでは52%が残留希望、32%が離脱希望だが、これがワーキングクラスになると36%が残留希望で、50%が離脱希望と結果が見事に逆転する。つまり、残留派の「経済的な脅し」戦略は、失う資産を持っている層には効果的だが、すでに緊縮財政で貧しい生活を強いられている労働者階級には効かないということだ。後者にとってそれよりも大きいのは、現政権やエスタブリッシュメントへの憎悪だ。
「経済のハルマゲドン」の脅しは、無視され、のけ者にされ、軽視されてきたと感じているコミュニティの人々には響かない。絶え間ない経済不安の中で生きている人々に「経済不安を招く!」と言っているのだ。保守党の首相が英国のエスタブリッシュメントたちと徒党を組んで脅しの文句を口にしているのだから、大勢の人々はそれに中指を突き立てたくなる。
出典:Guardian: "Working-class Britons feel Brexity and betrayed ... Labour must win them over " by Owen Jones
この状況には労働党の影の内相アンディ・バーナムも警鐘を鳴らしている。北部出身の彼は、労働党は「北部の労働者階級層」という自らの伝統的支持基盤にもっとアピールする必要があり、ロンドンのリベラルなミドルクラスや外国人からの支持を頼みにしているだけでは、EU離脱派を勝たせてしまうことになるだろうと危惧している。彼はこう発言している。
「近年の労働党はあまりにもハムステッド(ロンドン北部の瀟洒な高級住宅街)寄りになりすぎ、ハル(ワーキングクラス人口が多いことで知られる北部ヨークシャーの都市)を見捨ててきた。我々はそれを変えなければならない。EU離脱投票の2週間前になって、我々はリアルな離脱の危機に晒されているのだ」
出典:Guardian:"Andy Burnham sounds alarm at 'very real prospect' of Brexit"
労働党は今回のEU離脱問題で「ハムステッド的なものとハル的なものをつなげる」ことができていない。保守党の緊縮財政のせいで、倹約と締め付けで疲弊した労働者階級の人々は、一見アンチ移民に走っているように見えるが、実はオーウェン・ジョーンズが指摘するように、単なる「アンチ政権」に走っているのかもしれない。
だから、違う動機でたまたま首相と同じ陣営に立っているコービンですら許すことができず、これまでコービンを支持していた労働者層が労働党を離れているとも言われている。
世代の「上VS下」が実は鍵を握る?
また、こうした収入や階級の「上」対「下」問題に加え、今回大きく取り沙汰されているのは、年代の「上」対「下」だ。
EU離脱の是非に関しては世代間で大きなギャップがあるというのだ。
BBCが50歳以上のほとんどの人々は「離脱」を支持しているが、若年層では「残留」支持が増えるという主旨の特集を行っている。
50代以上の、マジョリティーは英国人。という時代に育った人々は「国境を閉じて、移民をコントロールしろ」という考え方が主流だが、移民に囲まれて育った若いダイヴァーシティ世代は「なんで今更閉ざすの?」と思う人が多い。今回のEU離脱投票の鍵を握るのは若者たちだとも言われ、コービンや、女優のエマ・ワトソンなどが若い世代に「投票に行って欲しい」と呼びかけている。
わたしの周囲でも、配偶者の同僚、友人のような中高年労働者はやはり圧倒的に離脱派が多い。逆に、同じ労働者階級でも若い同僚の保育士や学生はみな残留派だ。EUがなかった時代を知っている前者は「別に英国はあの頃も大丈夫だった」と言うし、EU世代の後者は「だって海外旅行が大変になるんでしょう?」という素朴な疑問を抱いていて、欧州の他国出身の恋人がいる子(これがまたけっこういる)などは切実に残留を望んでいる。
EU離脱投票の行方を決めるのは、実は「右」対「左」の概念ではなく、どうやら階級や年齢層で分かれる「上」対「下」のようだ。
わたしはずっと、EU離脱投票について「またスコットランドのときと同じで、拮抗して大騒ぎになるけど最終的には残留派が勝つ。英国ってそんな国」と思って来たのだが、今回とスコットランド独立投票には大きな違いがある。それは、スコットランドがグレイトブリテンの一部になったのは300年前の話だが、それに比べればEUなんてのはぜんぜん最近のことであり、「そんなの自分の若い頃はなかったもん」と言う世代がまだ大勢生きているということである。
この世代には、確かに「離脱したら世の終末が訪れる」的なドラマチックな脅しはスルーされるだろう。
[執筆者]
ブレイディみかこ
在英保育士、ライター。1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。2016年6月22日『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)発売。ほか、著書に『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
ブレイディみかこ
まるでスコットランド独立投票の再現
6月23日に行われる英国のEU離脱投票が、まるで2014年のスコットランド独立投票直前のような様相を呈してきた。
首相も野党第一党の党首も国民に残留を呼び掛けているし、離脱派の右翼政党UKIPも数年前の勢いは失っている。それなら余裕で残留派が勝ちそうなものだが、ついに離脱派がリードという世論調査結果まででてきた。世論調査は会社によって微妙に数字が違うものだが、6月6日に発表されたYouGovの世論調査では、45%がブレキジット(BREXITーーBRITAIN +EXITの造語)、つまり離脱を希望しており、41%が残留希望という数字が出ている。
「いやー、もう今回は、何もかもすべてが分裂しているね」
とわたしの配偶者も感慨を述べているように、保守党と労働党の二大政党が「残留派」と「離脱派」に別れて党内分裂しており、特に保守党は次期首相の座を狙う元ロンドン市長のボリス・ジョンソンが離脱派のリーダーとなって首相と対決している。
【参考記事】英キャメロン首相「EU離脱派6つのウソ」
ジョンソン元ロンドン市長は、昨年日本を訪れた際、「英国は移民を入れなければ日本のように停滞する」などと発言していたわりには、UKIPも真っ青の離脱扇動スピーチを行い、「ナイスなヴァージョンのドナルド・トランプ」とさえ呼ばれている。
ジョンソンは、オックスフォード大学の超トップエリートだけがメンバーになれるブリンドンクラブのリーダーだった。キャメロン首相も同時期にメンバーだったが、彼はまったく目立たない存在だったそうで、頭脳明晰で個性の強いジョンソンこそ未来の首相になる器と言われていたという。ところが人生とは皮肉なもので、地味だったキャメロンが首相になり、ジョンソンはロンドン市長の座に甘んじてきたが、今回のブレキジットこそ官邸への道とばかりに離脱派の旗頭になっている。
一方、労働党はジェレミー・コービン党首が今一つ迫力に欠け、こちらも党内が分裂している。もともとコービンは、ギリシャ危機のときに猛烈にドイツ主導のEUを批判していた人なので、彼が残留を唱えても説得力がないという事情もある。彼はスペインのポデモスなどの欧州の反緊縮派政党と連帯してEUに改革を求める構想を発表しており、そのために英国はEUに残留せねばと主張しているが、そのメッセージもうまく伝わっていない。
そもそも、コービンが「EU残留」を唱えることには、ファンダメンタルな危険が潜んでいるとオーウェン・ジョーンズが書いている。
労働党の指導者にとって最大の恐れとは、スコットランドのようになることだ。生活に不満を抱えた労働党支持者たちが、コービンがビジネス界の大物や保守党の大臣たちと一緒になって「脅しの運動」を行っているのを見たら、彼らは労働党を見離すだろう。スコットランド独立投票でも労働党支持者が大挙してSNP支持に流れた。今回は、恐ろしいことに、彼らの移動先はUKIPになるかもしれない。
出典:Guardian:"Working-class Britons feel Brexity and betrayed ... Labour must win them over " by Owen Jones
「経済的脅し」作戦は下層には効かない
スコットランドの独立投票は「マネー対スピリット」の戦いと言われた。独立反対派の主張は「独立したら経済が大混乱する」「税金が上がる」「物価が上がる」などの「経済的脅し戦略」に終始していたからだ。今回のEU残留派の主張もそれによく似ている。「経済がえらいことになりますよ」と国民を脅すばかりで、ポジティヴな残留理由がほとんど示されていない(コービンは示しているが、示し方が如何せん地味だ)。
さらに、前出のYouGovの世論調査では、ミドルクラスでは52%が残留希望、32%が離脱希望だが、これがワーキングクラスになると36%が残留希望で、50%が離脱希望と結果が見事に逆転する。つまり、残留派の「経済的な脅し」戦略は、失う資産を持っている層には効果的だが、すでに緊縮財政で貧しい生活を強いられている労働者階級には効かないということだ。後者にとってそれよりも大きいのは、現政権やエスタブリッシュメントへの憎悪だ。
「経済のハルマゲドン」の脅しは、無視され、のけ者にされ、軽視されてきたと感じているコミュニティの人々には響かない。絶え間ない経済不安の中で生きている人々に「経済不安を招く!」と言っているのだ。保守党の首相が英国のエスタブリッシュメントたちと徒党を組んで脅しの文句を口にしているのだから、大勢の人々はそれに中指を突き立てたくなる。
出典:Guardian: "Working-class Britons feel Brexity and betrayed ... Labour must win them over " by Owen Jones
この状況には労働党の影の内相アンディ・バーナムも警鐘を鳴らしている。北部出身の彼は、労働党は「北部の労働者階級層」という自らの伝統的支持基盤にもっとアピールする必要があり、ロンドンのリベラルなミドルクラスや外国人からの支持を頼みにしているだけでは、EU離脱派を勝たせてしまうことになるだろうと危惧している。彼はこう発言している。
「近年の労働党はあまりにもハムステッド(ロンドン北部の瀟洒な高級住宅街)寄りになりすぎ、ハル(ワーキングクラス人口が多いことで知られる北部ヨークシャーの都市)を見捨ててきた。我々はそれを変えなければならない。EU離脱投票の2週間前になって、我々はリアルな離脱の危機に晒されているのだ」
出典:Guardian:"Andy Burnham sounds alarm at 'very real prospect' of Brexit"
労働党は今回のEU離脱問題で「ハムステッド的なものとハル的なものをつなげる」ことができていない。保守党の緊縮財政のせいで、倹約と締め付けで疲弊した労働者階級の人々は、一見アンチ移民に走っているように見えるが、実はオーウェン・ジョーンズが指摘するように、単なる「アンチ政権」に走っているのかもしれない。
だから、違う動機でたまたま首相と同じ陣営に立っているコービンですら許すことができず、これまでコービンを支持していた労働者層が労働党を離れているとも言われている。
世代の「上VS下」が実は鍵を握る?
また、こうした収入や階級の「上」対「下」問題に加え、今回大きく取り沙汰されているのは、年代の「上」対「下」だ。
EU離脱の是非に関しては世代間で大きなギャップがあるというのだ。
BBCが50歳以上のほとんどの人々は「離脱」を支持しているが、若年層では「残留」支持が増えるという主旨の特集を行っている。
50代以上の、マジョリティーは英国人。という時代に育った人々は「国境を閉じて、移民をコントロールしろ」という考え方が主流だが、移民に囲まれて育った若いダイヴァーシティ世代は「なんで今更閉ざすの?」と思う人が多い。今回のEU離脱投票の鍵を握るのは若者たちだとも言われ、コービンや、女優のエマ・ワトソンなどが若い世代に「投票に行って欲しい」と呼びかけている。
わたしの周囲でも、配偶者の同僚、友人のような中高年労働者はやはり圧倒的に離脱派が多い。逆に、同じ労働者階級でも若い同僚の保育士や学生はみな残留派だ。EUがなかった時代を知っている前者は「別に英国はあの頃も大丈夫だった」と言うし、EU世代の後者は「だって海外旅行が大変になるんでしょう?」という素朴な疑問を抱いていて、欧州の他国出身の恋人がいる子(これがまたけっこういる)などは切実に残留を望んでいる。
EU離脱投票の行方を決めるのは、実は「右」対「左」の概念ではなく、どうやら階級や年齢層で分かれる「上」対「下」のようだ。
わたしはずっと、EU離脱投票について「またスコットランドのときと同じで、拮抗して大騒ぎになるけど最終的には残留派が勝つ。英国ってそんな国」と思って来たのだが、今回とスコットランド独立投票には大きな違いがある。それは、スコットランドがグレイトブリテンの一部になったのは300年前の話だが、それに比べればEUなんてのはぜんぜん最近のことであり、「そんなの自分の若い頃はなかったもん」と言う世代がまだ大勢生きているということである。
この世代には、確かに「離脱したら世の終末が訪れる」的なドラマチックな脅しはスルーされるだろう。
[執筆者]
ブレイディみかこ
在英保育士、ライター。1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。2016年6月22日『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)発売。ほか、著書に『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
ブレイディみかこ