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銃乱射に便乗するトランプはテロリストの思うつぼ

ニューズウィーク日本版 2016年6月15日 19時30分

<アメリカ史上最悪の銃乱射事件に、トランプはイスラム教徒入国禁止や銃規制反対などの自分の主張は正しかったとはしゃいでいるが、恐怖と憎悪を煽ればテロリストを喜ばせるだけだ>

 ドナルド・トランプは、元をたどれば、国際テロ組織アルカイダの指導者だったウサマ・ビンラディンが生んだ大統領候補だ。日曜のフロリダ州オーランドでの銃乱射事件を受けての彼の反応ほど、それをよく表すものはないだろう。

 もしテロリストの目的が恐怖を拡散することなら、最も強力な武器は銃や自爆ベストではない。標的とする社会でテロの恐怖を煽ってくれる扇動者だ。その点、過激派にとってトランプより効果的な味方は想像しにくい。トランプは、無知で憎悪に満ちたアメリカ人のパロディだ。トランプを見ていると、不寛容で人種差別的ですべてのイスラム教徒と戦争をしたがっているアメリカが見えてくる。

 トランプは、フロリダ州オーランドのゲイ向けナイトクラブ、パルスでの銃乱射事件のニュースが流れるやいなや、その本性を露わにした。建国の理念にうたわれた信教の自由を無視し、容疑者のオマル・マティーンがアメリカ人だという事実も無視して、イスラム教徒の入国禁止を改めて訴えた。

【参考記事】史上最悪の銃乱射、トランプが「イスラム入国禁止」正当化

 さらにトランプはバラク・オバマ米大統領の辞任を要求することでオーランドの「テロ攻撃」を政治利用し、その影響を最大化した。トランプは勝ち誇り、この事件はイスラム過激派は危険だという彼の正しさを証明したと主張。それは、今回のような事件の際に大統領候補が見せるべき繊細さと指導力とは無縁の、大衆扇動とナルシシズムだった。

反イスラムと銃好きの組み合わせ

 月曜のスピーチは、こうした過ちの上塗りだった。もし我々がテロ対策を見直さなければ「国も失い、後には何も残らないだろう」とトランプが言ったとき、彼の非論理的なご都合主義は新たな高みに達した。これは、比較的少数の世界の過激派人口(ISISの戦闘員は3万人ほど)の脅威を、冷戦期のソ連がもたらした実存的な脅威と同等に扱うことだ。馬鹿げている。間違っている。そして破壊的だ。それで達せられる目的といえばただ1つ、恐怖を煽って無制御状態の政策に支持を集めることだ。

 イスラム教徒の入国禁止を蒸し返し、銃規制反対を繰り返したのはその表れだ。彼は、イスラム教徒を入国させるのは(内部に敵が潜んだ)トロイの木馬を入れるようなものだと言った。ここでもイスラム教徒はすべてが悪だと示唆することで、イスラム教に対する憎悪を煽っている。非アメリカ的だ。

 それにしても、何という組み合わせだろう。一方ではイスラム教がアメリカ人すべてにとっての生存の危機だと訴え、他方ではすべてのアメリカ人に攻撃用武器で武装するよう求める。そうした武器の目的はただ1つ、大勢のイスラム教徒を殺すことだ。



 世界は、こんな男を大統領に仰ごうとしているアメリカを醜いと思っていることだろう。

 今年の大統領選は、9.11同時テロから4回目の大統領選になる。この間のどの選挙も、9.11の強い影響を受けてきた。最初はジョージ・W・ブッシュのテロに対する反応の是非を問う国民投票であり、ブッシュの再選は対テロ戦争への信任投票だった。2008年の第2回と2012年の第3回は、対テロ戦争が招いた中東の不安定化についての答えを求める選挙だった。バラク・オバマはブッシュのやり方を批判したかもしれないが、オバマもアメリカ人のテロ中心の安全保障観に触れなかったし触ろうともしなかった。

【参考記事】誤算だらけの中東介入が反欧米テロを生む

 私は著書『National Insecurity』のなかで、ブッシュ政権とオバマ政権がこうした課題をどう扱ったかを示し、この時代を「恐怖の時代」と名付けた。将来の世代は両政権の外交政策をテロに反応することだったと評することだろう。ブッシュは9.11に反応したし、オバマはブッシュの9.11に対する反応に反応した。テロの脅威が生存を脅かすほどのものでないことは明らかだったが、この時期、それを口に出して言える政治家は皆無だった。

恐怖の時代は終わらない

 オバマ政権の任期中に台頭したISISは、アルカイダよりさらに不気味な脅威だった。テロリストとしては初めて自らの領土を欲し、人材も外から採用した。望めばどこでも誰でもISISの一員になることができる。組織は分散しており、階層もない。疎外され、怒りをかこち、ISISの名の下でテロを行うことも辞さない者たちを世界から迎え入れることで、ISISはさらに大きく恐ろしく見えた。

 著書の最終章で、私は2016年の大統領選こそ変わって欲しいと願いを書いた。テロよりも所得格差から新しい大国の台頭までアメリカ人の生活を左右する真の課題に目を向け、恐怖の時代が終わることを期待した。

 トランプの主張を聞くと、願いはとてもかないそうにない。出馬当初から、昨年12月にカリフォルニア州サンバーナーディーノでISISの支持者とみられる容疑者による銃乱射事件が起こった後はとくに、アメリカ人のテロに対する不安やイスラムに対する不安を煽り、アメリカ人が痛ましいほどに無知な未知の文化についての恐怖を煽った。今年の大統領選の中心課題もまたテロになることは明らかだ。再び多くのアメリカ人が、真にテロを打ち負かす唯一の方法は怯えないこと、恐怖を脇に置くこと、そして強さを磨くことだという事実を無視するだろう。



 米民主党の大統領候補がほぼ確実のヒラリー・クリントン前国務長官の反応は、もっと健全なものだった。オーランド銃乱射へのコメントは力強いが抑えめだ。攻撃は批判したが、アメリカが憎悪に満ちて見えたり、トランプのように憎悪をかき立てるようなことはしなかった。「私は誰かを悪魔と決めつけたり、扇動したり、特定の宗教に宣戦布告をしたりはしない。それは危険であり、ISISの思うつぼだ」と、クリントンはテレビのトゥディ・ショーで語った。

 だがクリントンの計算された対応をもってしても、大統領選の争点は誰がアメリカをテロから守ってくれるか、ということにならざるをえないだろう。クリントンが呼びかけている銃規制が通っていればオーランドの事件は起こらなかったかもしれないが、悲しいことに、銃規制は大統領選ではほとんど重要性をもちえないだろう。テロ攻撃の数百倍の速さでアメリカ人を殺している銃への病的執着は、1999年のコロンバイン高校銃乱射事件の後も2012年サンディフック小学校銃乱射事件の後も治癒に向かう兆しがない。

【参考記事】米銃乱射事件ワースト11

 今から11月の本選までの間に新たなテロが起きないとは考えにくい。だが仮に何もなかったとしても、今回の銃乱射事件を受けて、トランプが有権者の恐怖や怒りに付け込み反イスラム主義むき出しのヘイトスピーチで支持を集めようとするのは間違いない。反イスラムを大きな争点にしていくだろう。

脅威はトランプ自身

 皮肉な結果だ。もしトランプが今後もイスラム教徒を攻撃しまくり、イスラム教徒の入国禁止を訴え、テロ容疑者の拷問を支持し、実際主義に基づいた政策を弱腰だと批判し続けるなら、すべてはテロリストの思惑通りだ。トランプはISISに志願する若者を大量に生み出し、アメリカに新たな憎悪や恐怖の火種を撒き散らすだろう。それどころか、国内の分断を進めてアメリカを弱体化させることで、敵の強大化を許す結果にもつながるかもしれない。

 トランプにはアメリカが直面する国家安全保障上の最大の脅威が何かわからない。なぜなら、脅威はまさにトランプ自身だからだ。トランプはテロリストたちにとって最も望ましいアメリカ大統領だ。人種差別主義者で政治の素人。国際法などお構いなしに世界中へ威張り散らす。おまけにイスラム教徒を締め出そうと躍起になっている。多くのイスラム教徒はアメリカに深い同情を寄せており、イスラム過激派掃討に向けて最も重要な味方になってくれる可能性があるにも関わらず。



 そもそも、オーランドの銃乱射事件はアメリカ国内から生まれた悲劇だということをすぐに認識できなかった時点で、トランプを大統領にするのは危険だ。長年アメリカ国内で憎悪や差別の標的になってきたLGBT(性的少数者)層が、いとも簡単に売買される銃によって虐殺の犠牲になったというのが、今回の事件の本質だ。

【参考記事】銃乱射はテロか憎悪か、思い当たり過ぎるフロリダの闇

 マティーンはまるで安物のスーツを羽織るかのように、テロ組織が掲げる信条や主義主張を身にまとった。テロとは無関係のイスラム教の価値観をテロ行為の正当化に結び付けようとするさまは、事件に対するトランプの反応がアメリカの価値観に反しているのと同じだ。事件はアメリカ自身が抱える問題であり「他者」を責められるような次元のものではないということに気が付かなければ、問題の解決に向けた取り組みは始まらない。

 ビンラディンやイスラム過激派にとっては、何と輝かしい勝利だろう。超大国アメリカの勝利する唯一の方法はアメリカを国内から弱らせていくことだが、トランプが大統領になればそれが可能となる。突出した洞察力を持つビンラディンは、どんなに強力なテロ組織や軍事力をもってしてもアメリカを倒すことはできないとわかっていた。打倒するには、アメリカの自滅しかないことも。今年の大統領選の結果によっては、ビンラディンの見解が正しかったどうかが試される展開もあるかもしれない。

From Foreign Policy Magazine

 



 













デービッド・ロスコフ(FPグループCEO)

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