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欧州ホームグロウンテロの背景(2) 現代イスラム政治研究者ジル・ケペルに聞く

ニューズウィーク日本版 2016年6月16日 16時3分

 論壇誌「アステイオン」84号(公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会編、CCCメディアハウス、5月19日発行)は、「帝国の崩壊と呪縛」特集。同特集から、朝日新聞論説委員である国末憲人氏による現代イスラム政治研究者ジル・ケペルのインタビュー「欧州ホームグロウンテロの背景」を4回に分けて転載する。 6月12日に米フロリダ州オーランドで悲惨なテロが起こったばかりだが、このところ注目を集めていたのはむしろ欧州で相次ぐテロだった。イスラム過激派による「ジハード」を3つの世代に分け、その思想や手法の違いを分析するケペル教授は、現状をどう見ているのか。

(写真:パリの風刺週刊紙『シャルリー・エブド』襲撃事件の犠牲者を悼む花束。編集部は正面左手奥)

※第1回:欧州ホームグロウンテロの背景(1)

◇ ◇ ◇

思想家スーリーの軌跡

 第二世代が第一世代からの反省に基づいて戦略を構築したように、第三世代も第二世代の失敗に学んだ。こうして、第三世代ジハードの理論を打ち立てたのが、シリア出身の技師で政治思想家のアブー・ムスアブ・スーリー(一九五八-?)である。スーリーは「シリア人」を意味する戦士名で、本名をムスタファー・スィットマルヤム・ナッサールという。

 写真からうかがう限り、彼は赤毛で童顔、親しみを持たれそうな優男だ。前世代のアッザームやザワーヒリーといった強面と違い、どこかインテリ然とした風貌で、AP通信から「アイリッシュパブの店長と言われても通用しそうだ」とからかわれたこともある。博覧強記、フランス語とスペイン語に堪能で、過激派仲間からは「西洋かぶれ」と批判もされた。サラリーマン然とした外見とは裏腹に、内面にはかなり凶暴な性格を秘めており、大量破壊兵器テロの必要性を主張し、実際にその可能性を模索したこともある。

【参考記事】テロを呼びかけるイスラームのニセ宗教権威

 シリアの古都アレッポに生まれ、地元の大学で機械工学を学ぶ一方で一九八〇年からムスリム同胞団系の反政府運動にかかわり、ヨルダンやイラクなどで軍事訓練を受けた。しかし、運動は八二年、政府軍がシリア西部ハマーで実施した作戦によって、数万人規模といわれる犠牲者を出して鎮圧される。この事件は、直接かかわったわけではないスーリーの精神にも大きな影を落とすことになった。

 シリアを離れたスーリーは、イラクやサウジアラビアなどを経て、八三年から八五年にかけてフランスに滞在した。以後、九〇年代半ばまでの約十年間をマドリードとグラナダで過ごし、この間の八〇年代後半、マドリードの語学学校で知り合ったスペイン女性と結婚して市民権を得た。

 一方で、八七年以降はアフガニスタンに何度も渡航してアッザームやビン・ラーディンの知遇を得た。ビン・ラーディンの広報役を担い、欧米メディアからのアプローチを仲介したこともある。米CNN記者ピーター・アーネットが九七年に実現させたビン・ラーディンへのインタビューを取り持ったのはスーリーだった。もっとも、スーリーとビン・ラーディンとの関係はかなり緊張をはらんだものだったといわれる。スーリーが敬愛したのはタリバーンの指導者オマル師で、ビン・ラーディンについては「独裁者」「ファラオ」(エジプトの王)などと呼んで嫌悪感を示すことがあった。九・一一テロにも当初批判的だった。

 スペイン旅券を持つ彼は各地を移動し、アルジェリアの「武装イスラム集団」、ロンドンの過激派イスラム教指導者、二〇〇四年にマドリードで起きた列車連続爆破テロの容疑者グループとも親交を結んだ。



 テロに関与したなどの疑いで米国とスペインの両捜査当局から手配された彼は、〇五年にパキスタンで拘束され、米軍に引き渡された。身柄は、対テロ戦争を進める米国と当時まだ良好な関係を維持していたシリア当局の管理下に置かれた。以後、消息は途絶えた。

「二〇一一年にシリア当局が彼を無傷で釈放した、とのうわさが出ました。過激派の内部に彼を戻らせてジハードのウイルスをまき散らし、組織を攪乱させるため、といいます。ただ、その後四年間にわたって動向が一切漏れないのは、どう考えても変です。シリアで情報が途絶えるのは、決していい知らせではありません。もしスーリーが生きているとすれば、案外とフランスに舞い戻ってきて、ガソリンスタンドの従業員とか原発の技師とかをしているかも知れませんが」

 スーリーは相変わらずシリアで獄中にある、との情報もあり、確かなことはわからない。ただ、本人の運命と関係なく、彼が残した思想は現代のサイバー空間を広がり続けている。拘束される直前、スーリーは一六〇〇ページに及ぶ大論文『グローバルなイスラム抵抗への呼びかけ』を、ネットを通じて発表した。第三世代ジハードの理論と戦略を確立し、多くのテロリストたちに共有されるようになった文書である。

手づくりのテロ工房

 イスラム教徒の大衆を動員し、世界を制覇することにスーリーの目的があるのは、アル・カーイダと同じである。ただ、彼が描く戦略は、アル・カーイダのものといくつかの点で大きく異なっている。

 まず、標的はもはや、米国ではない。

「ビン・ラーディンは、米国をひざまずかせることが可能だと思っていたが、できなかった。そういうやり方ではだめだ、欧米文明の弱点を突かなければならない、それは欧州だ。スーリーはそう考えたのです」

 手法も根本的に変わった。米同時多発テロのような大スペクタクルは必要ない。安上がりの作戦をあちこちに展開するだけで、欧州社会はパニックに陥るだろう――。

【参考記事】銃乱射に便乗するトランプはテロリストの思うつぼ

 手法が異なる以上、アル・カーイダのようなピラミッド型の組織も不要だ。自立した個人や小さな組織が網の目のようにつながり合うネットワーク型の組織こそ、現代のテロには都合がいい。

「第三世代は、アル・カーイダとは全く異なるモデルを組み立てました。熟練の実行部隊を派遣するのではなく、現地に暮らす若者に対し、原理を薄く植え付ける。一度ぐらいは中東の戦場で訓練を施すかも知れないけれど、あとは彼らの自主性に任せるのです」



 こうして実現した典型的なテロが、二〇一五年一月七日に起きたパリの風刺週刊紙『シャルリー・エブド』編集部襲撃事件だった。その容疑者たちの軌跡を追って見ると、テロリストとしての彼らの今日性が浮かび上がってくる。

『シャルリー・エブド』は、毒を含んだユーモアとどぎつい皮肉で知られ、ごく一部の熱烈な支持を集めると同時に多くの顰蹙も買ってきたメディアである。表現の自由の絶対性を掲げ、イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画をたびたび掲載したことで、過激派から脅迫を受けていた。その編集部をサイード・クアシとシェリフ・クアシの兄弟が襲撃し、風刺画家や記者、関係者ら十一人を殺害した。兄弟と呼応したアメディ・クリバリが二日後、パリのユダヤ人スーパー「イペール・カシェール」で四人を殺害して立てこもり、これと前後して警察官二人も犠牲になった。三容疑者はいずれも、治安当局との銃撃戦の末に射殺された。

 クアシ兄弟はパリの極貧移民家庭に生まれたアルジェリア系フランス人で、両親を失ってフランス中部トレニャックの孤児院に預けられた。子どもの頃は宗教にほとんど関心を抱かず、兄は料理人を、弟はサッカー選手を目指す元気な少年だったという。しかし、原理主義に近い親戚に感化され、出入りするようになったモスクで過激派組織「イラクのアル・カーイダ」の関係者と知り合い、次第にテロのネットワークに近づいた。弟は特に、収監先の刑務所内で出会ったフランスのアル・カーイダ組織の中心人物ジャメル・ベガルから大きな影響を受けたといわれる。

 クリバリはマリ系フランス人で、強盗や車上狙いを重ねて刑務所に頻繁に出入りする犯罪常習者だった。やはり刑務所内でジャメル・ベガルと出会ったのをきっかけに、過激派の活動に踏み込んだ。

 兄弟のうちの一人がイエメンを短期間訪れてアル・カーイダ系組織と接触した程度で、三人はいずれも、系統だった軍事訓練を受けていないようだ。テロ計画の大部分は自力で進めたと考えられる。武器も、犯罪組織のルートを使って自前で調達した。いわば、ボランティアの活動家としてテロを実行したのである。

 テロの手法も、銃で撃つという極めて単純な行為に終始している。アル・カーイダが展開した戦場仕込みの大活劇に比べ、手間の面でも費用の面でも桁違いに規模が小さい。生産ラインを備えた大規模工場をアル・カーイダとすれば、第三世代の組織は手づくり工房になぞらえることができるだろう。

※第3回:欧州ホームグロウンテロの背景(3)

※第1回:欧州ホームグロウンテロの背景(1)


*本稿は二〇一五年一〇月二〇日に朝日新聞に掲載されたインタビューを元に大幅に加筆している。

[インタビュイー]
ジル・ケペル Gilles Kepel
1955年生まれ。パリ政治学院卒業。フランスの政治学者、専門はイスラム・アラブ世界。1994~96年米コロンビア大学などで客員教授。パリ政治学院教授としてイスラム・アラブ世界研究を率いる。著書に『イスラムの郊外――フランスにおける一宗教の誕生』(1987年)、『ジハード』(2000年)、『中東戦記――ポスト9.11時代への政治的ガイド』(2002年)、『テロと殉教』(2008年)など多数。

[執筆者]
国末憲人(朝日新聞論説委員) Norito Kunisue
1963年岡山県生まれ。85年大阪大学卒業。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局員、パリ支局長、GLOBE副編集長を経て論説委員(国際社説担当)、青山学院大学仏文科非常勤講師。著書に『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『イラク戦争の深淵』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)など。

※当記事は「アステイオン84」からの転載記事です。






『アステイオン84』
 特集「帝国の崩壊と呪縛」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス


国末憲人(朝日新聞論説委員)※アステイオン84より転載

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