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選挙戦最大のピンチに追い込まれたトランプ - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2016年6月16日 17時50分

<対ヒラリーで見たトランプの支持率が急落している。焦点になっているのは、乱射事件への対応のひどさやあくまでも銃規制に反対する姿勢、そして共和党主流派との対立だ>

 共和党予備選で過半数を越える代議員を獲得して「統一候補」とみなされているドナルド・トランプですが、ここへ来て選挙戦が始まって以来の最大のピンチを迎えています。何よりも支持率が急落しています。政治情報のポータルサイト「リアル・クリア・ポリティクス」によれば、直近の世論調査では、

■CBSニュース・・・ヒラリー43%、トランプ37%
■ブルームバーグ・・・ヒラリー49%、トランプ37%

など、ヒラリーとトランプの差が急速に開いていて、6月後半に結果の出た複数の調査の平均値では、「ヒラリー44.0%」対「トランプ38.4%」とハッキリと差が出てきています。

 なかでも衝撃的なのは、ABCテレビとワシントンポストが合同で実施した調査で、トランプのことを「嫌い(unfavorable)」と答えた率が「70%」に達しているというのです。

 今のトランプの問題は3つあります。

【参考記事】銃乱射事件を政治問題化するトランプの苦境

 一つ目は、今週12日にフロリダ州オーランドのゲイ向けナイトクラブで発生した銃乱射事件への対応です。49人が犠牲となったこの事件では、当初犯人がオマル・マティーンというアフガニスタン系のイスラム教徒であることや、凶行に及ぶなかでISISへの連帯を口にしていたことから、「イスラム過激派のテロ」という第一印象を与えたのは事実です。

 この事件に関してトランプは、発生直後から「イスラム教徒の移民受け入れを停止する」という自分の政策が「正しいことが証明された」などと、事件を政治問題化したのでした。

 ところが、捜査が進展するにつれて、「マティーンには同性愛的傾向があった」ことが前妻やその他の証言で示唆されるようになったと同時に、「数年前に警察学校に応募して不合格になって深く落胆していた」ことも判明しています。

 14日以降アメリカでは、この事件は「個人的な動機による特殊な事件」で、「既存のイスラム過激派とは無関係」という理解が社会的合意になりつつあります。そうした認識を前提に、あらためて犠牲者への敬意を払う動きが見られました。



 これに伴って、事件発生以降のトランプの言動は「事実認識や政策論として著しく不適切」であるばかりか、「悲劇への弔意に欠ける行動」という受け止め方が広まることになりました。

 二つ目は、銃規制問題です。トランプは、事件直後から「この事件を銃規制議論に結びつけるオバマ、ヒラリーを許さない」と非難して、NRA(全米ライフル協会)に全面的に連帯すると主張してきました。そのNRAは、事件を受けて「銃規制に関する姿勢に一切変化はない」としていたのです。過去の乱射事件の例に従って、いつものように賛否が拮抗して前進しない、そんな感触がありました。

 ところが、14日から「風向き」が変わり始めました。事件の動機が個人的なものだという認識と並行して、軍用に準ずる火器である連射可能な「アサルトライフル+多弾装マガジン」が「ほとんど野放し」である状態への反発が、全米の広範な世論の中で静かに広まっていったのです。これを受けて、共和党の上院院内総務ミッチ・マコーネル議員は「新たな銃規制法に関して真剣な論議」が必要だという画期的な発言をしています。

 また、15日夜のFOXニュースでは、著名な保守派キャスターであるビル・オライリーが「現状は変えるべき。憲法に認められた武装の自由は尊重しなくてはならないが、一般市民が持てる武器に関しては連邦がしっかり定義するべきだ。これに加えて、保有や携行に関する規制は各州に任せればいい」という論説を発表しました。これは「アサルトライフル規制」への支持を示唆するもので、衝撃をもって受け止められています。

【参考記事】銃乱射に便乗するトランプはテロリストの思うつぼ

 狼狽したトランプは、「NRAと協議する」と対抗していますが、銃規制にあくまで反対して「NRAと共に政治的自滅へ進む」のか、あるいは「テロ容疑者への銃器販売規制については、一部妥協を示唆しているNRA」を「更に強い規制を受け入れるよう」説得するのか、注目されています。

 三つ目は、共和党主流派との対立がますます深刻になっている問題です。ヒスパニック系判事への「人種差別発言」に対する批判で、ただでさえ共和党の主流派議員たちとの関係が悪化していたトランプですが、今回の「乱射事件の政治問題化」と「頑固な銃規制反対の姿勢」という新たな問題が加わることで、関係は最悪の状態になっています。

 そんな中、トランプは15日に支持者の集会で演説して「共和党のリーダーたちには、とにかく口をつぐんでもらいたい。全員で一致団結できないのなら、全部私に任せるべきだ」と、かなり感情的になって発言していました。この発言は、要するに「Shut up!(黙れ)」と言っているのと同じだと、各メディアは一斉に「前代未聞の野蛮な発言」という批判を展開しています。



 これと前後して、共和党のラリー・ホーガン知事(メリーランド州)が「自分はトランプには投票しない」と言明して、静かに衝撃が広がりました。特に動揺が激しいのは11月の総選挙で当落線上にいる共和党議員および候補で、このままでは「トランプに引きずられて落選してしまう」という危機感を募らせていると報道されています。

 さらに、7月にオハイオ州クリーブランドで開催される共和党大会では、あらためて「その場で別の候補にスイッチする」作戦が、今度という今度はかなり堂々と語られ始めています。要するに、大統領候補の指名投票において「全面的な造反」を起こし、過去のものとなった「予備選結果」について「緊急避難的に棚上げ」してしまう「ルール改正」が模索されているのです。

 いずれにしても、多くのメディアが共通して指摘しているのですが、今回のフロリダの事件は、トランプにとって、「現実の事件に対処する初めてのレッスン」でした。そのレッスンにトランプは「落第した」という評価が、コンセンサスになりつつあります。

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