<ニューヨークを代表するシェフであるデービッド・ブーレイ氏が、経営するフランス料理店を休業し、日本などに"武者修行"に行くという。日本には合計4カ月間滞在し、訪れるのは金沢や沖縄など。なぜ彼はそれほどまで和食に入れ込んでいるのか。さらに独占取材でわかった、ニューヨーカーから悲鳴(?)が聞こえてきそうなもう1つのニュースとは――。> (写真がブーレイ氏。6月15日、ブラッシュストロークにて撮影)
ニューヨーク通の日本人なら、1度はこの店の名前を耳にしたことがあるだろう――トライベッカ地区にある人気フランス料理店「ブーレイ」。87年のオープン以来、移転を経つつ何度もミシュランの星を獲得し、今年3月にも辛口レビューで知られるニューヨーク・タイムズ紙のピート・ウェルズ記者が3つ星を掲げて絶賛した(最高評価は4つ星)ほど、ブレないクオリティを保っているレストランだ。
同店のオーナーを務めるのが、ニューヨークを代表するトップシェフであるデービッド・ブーレイ氏(63)だ。早くからフレンチに和食の要素を取り入れてきたうえ、5年前には辻調グループ(大阪市)とタッグを組んで日本食レストラン「ブラッシュストローク」をオープン。こちらも和食ブームに沸くニューヨークで高い評価を受けてきた。
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ところがそのブーレイ氏、今月7日に、今年10月末をもってブーレイを「休業する」と発表した。彼は今月3日、日本政府から世界に和食の魅力をPRする「日本食普及の親善大使」に正式に任命されたばかり。休業期間中に日本を始めとする複数の国で食と健康について「学んでくる」というが、彼が大人気レストランを閉じてまでやりたいこととは何なのか。ディナーの準備が始まる前の午後のひととき、ブーレイの向かい側にあるブラッシュストロークの店内でブーレイ氏に話を聞いた。
「ブーレイ」のドアを開けると、本物の林檎たちが迎えてくれる 。林檎の香りに包まれながらの入店(筆者撮影)
店内のダイニングルームに入る前のサロン。まるで絵画の世界に迷い込んだかのよう(筆者撮影)
――ブーレイを閉じた後、日本に行くというのは本当ですか。
閉店ではなく休業するだけだが、日本に行くというのは本当だ。休業期間中には、4回に分けて約1カ月間ずつ日本に滞在するつもりだ。日本に行って、まずは石川県金沢市で農業や漁業、懐石料理や和食のコンセプト全般について学んでくる。食に関して日本で最もハイクオリティな県は、石川だと聞いているからだ。あらゆる日本人が、農業と漁業は京都以上だと教えてくれた。食については、石川県が一番だと。
日本の料理人からしか学べないことというのはたくさんあるが、その1つが「発酵」だ。食品発酵について学ぶため、金沢の次に沖縄に行く。沖縄の人はなぜ長生きなのか。ストレスがないせいかもしれないが、それだけではないだろう。食事も重要に違いない。
例えば、女性は老いると骨粗しょう症など骨に異常をきたしがちだが、発酵食品である納豆を食べている人の骨は強い。大豆はカルシウムが豊富なだけでなく、発酵させることでビタミンKが生まれる。私も納豆が大好きで、妻は毎日食べている。沖縄では、麹(こうじ)など様々な種類のバクテリア(細菌)について学ぶつもりだ。沖縄料理の手法で、豆腐を麹漬けにして数日置くとチーズのような食感になる。日本の食材とテクニックを使って、自分のフランス料理を強化したい。
また、学ぶだけではなく著名な料理人たちと一緒にキッチンにも立つ予定だ。どの店かは決まっていないが、私が彼らに自分のアイデアを教え、彼らも私に教えてくれる。私の店で出している黒トリュフを使ったメニューの1つは、今や京都の料理人が自分の店でも出している。同じレシピだ!
――自分のレシピを盗まれた、とは思わないのですか。
ノー。誰も盗んでなどいない。レシピを1つ差し出したら、翌週には新しい料理を考案すればいい。自分の手元で囲い続けていたら、新しいアイデアが出てくる余地がなくなってしまう。作ったら差し出して、常に新しいアイデアを探せるよう脳を空っぽにしておかないといけない。盗むのではなく、共有しているだけだ。互いに助け合い、互いの料理を褒め合う。誰かの料理に自分らしさを少し加えて、進化させていく。
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――逆に、自分の料理に和食の要素を取り入れると「フランス料理」でなくなるとは考えませんか。
いいや。私は「クズ(葛)」など日本の食材を多く使っているが、「フュージョン料理」ではない。私はフュージョン料理を「コンフュージョン料理」(混乱している料理)と呼んでいる。
例えば、ブーレイのメニューの1つに黒トリュフと鰹ダシ(出汁)をマリアージュさせた茶碗蒸しがある。茶碗蒸しはフランス料理では「フラン」といって、もともとはフランス人が日本人に教えたものだ。フランス人は、伝説的なシェフであるオーギュスト・エスコフィエ(1846~1935年)の時代からフランを作っていて、その少し硬めのフランを日本人が軽めにアレンジした。私が作る黒トリュフのフランは新しいわけではなく、単に(従来のフランと)食感が違うだけだ。
今は、フランスのシェフの多くが昆布、味噌、柚子などを使っている。食べている側はそれらが日本のものだとは分からないし、日本の食材は健康的という利点もある。
(左から)雲丹のキャビア乗せ、クズ製のクラッカーに黒トリュフを乗せたアミューズ、黒トリュフと鰹ダシをマリアージュさせたフラン(筆者撮影)
――和食に関心を持ったのはいつですか。
90年代後半のことだ。一度ブーレイを閉じてタイ王国の王室シェフを務めていた際、辻さん(編集部注:辻調グループ代表の辻芳樹氏)が「東京に来てください、1週間料理を教えましょう」と誘ってきた。行ってみると、1日目は丸一日ダシ作り。2日目はまた別の種類のダシ作り......。とても面白いと思い、その3年後には日本から食材を取り寄せるようになった。クズ、西京味噌、昆布、数種類の醤油や餅などだ。
和食ブームのおかげで今は当時の3倍の種類の食材が手に入るようになったが、クズやダシをフランス料理に取り入れたのは私が最初だ。現在はニューヨークにいるビジネス関係者が和食の素材に興味を持っていて、その対象はクズ、さまざまな種類の豆腐、湯葉、蕎麦、漬物など多岐に渡る。
――日本で好きなレストラン、トップ3を教えてください。
まず絶対に、京都の「天ぷら 松」。息子が店を継いでいるが、彼はブーレイで数カ月働いていたことがある。次は京都の「吉兆 嵐山本店」で、伝統が息づき完成されている。銀座の「壬生」も好きだが、ここは会員制。他にもたくさんある。銀座の「寿司幸」や京都の「未在」も好きだし、大阪の「カハラ」も素晴らしい。
――ニューヨークで1番好きな日本食レストランはどこですか。
ブラッシュストロークだ(笑)。
――ブラッシュストローク以外でお願いします!
(少し考え込んで)......ないな。(イースト・ビレッジの寿司店)ジュエル・バコはオーナーが昔私の下で働いていたので、行くとスペシャルなメニューを出してくれるが、私はあまり和食を食べに出かけない。フランス料理も外で食べない。フランス料理が食べたくなったらJFK空港に行って、フランスに飛ぶ。和食が食べたいときは、日本に食べに行く。辻さんたちのせいで、ニューヨークで和食が食べられなくなってしまった(笑)。日本のスタンダードはとても高いから。
――ブーレイが休業する際には、ブラッシュストロークも閉店するのですか。
いや、ブラッシュストロークは続けるが、レストラン自体は進化させていく。店内を3つのエリアに分けて、1つは懐石、1つはもっとカジュアルに、1つは寿司オンリーという風に。日本では寿司、懐石、天ぷら、蕎麦は別々の店で食べるものだが、アメリカ人はまだその点をよく理解していなくて、全て同じように出てくるものだと思っている。全部を少しずつつまんで、一晩で4つのレストランに行ったかのような体験を求めている。
色々試したいという人たちを変えるのは難しいと分かったので、カジュアルなエリアでは刺身や寿司、温かいメニューなど何でも試すことができる「欧米人が思うような和食」を提供することにした。一方で、別のエリアではハイレベルの懐石体験、もっと純粋な日本式を追求する。
――休業後にオープンする新「ブーレイ」はどのようなレストランになるのですか。
新しいブーレイのオープンは、2018年初めになる予定だ。とてもユニークで、私の強みが結集した夢のようなレストランになるだろう。
現ブーレイは約120席あるが、同じトライベッカ地区の別の場所に移転後のブーレイは25~30席だけのとても小規模なレストラン。ビルを買って、私は上の階に住み、1階はキッチン、2階がダイニングルーム、地下はワインセラーとバンケットルーム。土日は休みにして、料理本を作ったり、インターネットの視聴者に向けて調理したり、もっと他のことに挑戦する予定だ。
新しいブーレイの客席はカウンターテーブルの周りに設けて、カウンター越しにシェフが調理する様子や食材まで見られるようにする。私が使う料理の構成要素を学んでもらい、自宅で自分なりに使ってみてほしい。シンプルな構成要素がどのようにして料理になるのか、簡単で手早いやり方を見せたい。昨年この構想を思い立ったとき、多くの人に料理の仕方を教えられると思ってわくわくした。
ここでは、日本の懐石料理のように感性の点で最高の体験が出来ることを目指す。懐石料理を食べていると、四季や自然を体感する。料理人ではなく、自然に触れている感覚だ。新ブーレイには触り心地の良い輪島塗のテーブルを置き、魅惑的でロマンチックな空間にする。ミレニアル世代から年配の方まで、色々な人に来てほしい。
――いつかは引退する、ということを考えたことはありますか。
いや、まったくないね。
――ずっと働き続けると。
働くのではない。私がやっているのは仕事ではなく楽しみだ。私に仕事なんてものはない。今まで仕事というものをしたことがない。私は幸せ者だ。
◇ ◇ ◇
「楽しんでいる」という言葉どおり、ブーレイ氏はこれから冒険に出る少年のような表情で新店舗の構想について語ってくれた。現在のブーレイがあと数カ月で閉店というのはファンにとっては残念だが、休業期間中は日本でキッチンに立つブーレイ氏の姿が見られるかもしれない。
仕込み中の市村栄司氏(6月15日、ブラッシュストロークにて筆者撮影)
インタビューを終えてブラッシュストロークを出ようとすると、同じ店内に設けられた8席だけの人気寿司店「イチムラ・アット・ブラッシュストローク」で仕込みをしている日本人の姿が目に留まった。ミシュラン2つ星の腕を持つ寿司職人、市村栄司氏(62)だ。
「ブーレイ休業ですね」としばらく話をしていたら、なんと市村氏も今年の年末を目途に独立するという。カウンター10席の新しい寿司店「イチムラ」は、ブラッシュストロークから徒歩5分程度の69 Leonard Streetにオープン予定。工事の進み具合によって開店時期は前後するかもしれないが、今と同じように1日2回転、メニューは「オマカセ」1本で始める。ブーレイ氏が新しい挑戦をするのを機に、市村氏も心機一転することにしたそうだ。
年内の休業・独立を前に、この2店はますます予約が取りづらくなるかもしれない。生まれ変わった「ブーレイ」と「イチムラ」にも、今から予約を入れたいくらいだが。
小暮聡子(ニューヨーク支局)
ニューヨーク通の日本人なら、1度はこの店の名前を耳にしたことがあるだろう――トライベッカ地区にある人気フランス料理店「ブーレイ」。87年のオープン以来、移転を経つつ何度もミシュランの星を獲得し、今年3月にも辛口レビューで知られるニューヨーク・タイムズ紙のピート・ウェルズ記者が3つ星を掲げて絶賛した(最高評価は4つ星)ほど、ブレないクオリティを保っているレストランだ。
同店のオーナーを務めるのが、ニューヨークを代表するトップシェフであるデービッド・ブーレイ氏(63)だ。早くからフレンチに和食の要素を取り入れてきたうえ、5年前には辻調グループ(大阪市)とタッグを組んで日本食レストラン「ブラッシュストローク」をオープン。こちらも和食ブームに沸くニューヨークで高い評価を受けてきた。
【参考記事】どんなにサービスが悪くても、チップは15%払うべし
【参考記事】アメリカの熾烈な競争が垣間見える、グルメ版『プラダを着た悪魔』
ところがそのブーレイ氏、今月7日に、今年10月末をもってブーレイを「休業する」と発表した。彼は今月3日、日本政府から世界に和食の魅力をPRする「日本食普及の親善大使」に正式に任命されたばかり。休業期間中に日本を始めとする複数の国で食と健康について「学んでくる」というが、彼が大人気レストランを閉じてまでやりたいこととは何なのか。ディナーの準備が始まる前の午後のひととき、ブーレイの向かい側にあるブラッシュストロークの店内でブーレイ氏に話を聞いた。
「ブーレイ」のドアを開けると、本物の林檎たちが迎えてくれる 。林檎の香りに包まれながらの入店(筆者撮影)
店内のダイニングルームに入る前のサロン。まるで絵画の世界に迷い込んだかのよう(筆者撮影)
――ブーレイを閉じた後、日本に行くというのは本当ですか。
閉店ではなく休業するだけだが、日本に行くというのは本当だ。休業期間中には、4回に分けて約1カ月間ずつ日本に滞在するつもりだ。日本に行って、まずは石川県金沢市で農業や漁業、懐石料理や和食のコンセプト全般について学んでくる。食に関して日本で最もハイクオリティな県は、石川だと聞いているからだ。あらゆる日本人が、農業と漁業は京都以上だと教えてくれた。食については、石川県が一番だと。
日本の料理人からしか学べないことというのはたくさんあるが、その1つが「発酵」だ。食品発酵について学ぶため、金沢の次に沖縄に行く。沖縄の人はなぜ長生きなのか。ストレスがないせいかもしれないが、それだけではないだろう。食事も重要に違いない。
例えば、女性は老いると骨粗しょう症など骨に異常をきたしがちだが、発酵食品である納豆を食べている人の骨は強い。大豆はカルシウムが豊富なだけでなく、発酵させることでビタミンKが生まれる。私も納豆が大好きで、妻は毎日食べている。沖縄では、麹(こうじ)など様々な種類のバクテリア(細菌)について学ぶつもりだ。沖縄料理の手法で、豆腐を麹漬けにして数日置くとチーズのような食感になる。日本の食材とテクニックを使って、自分のフランス料理を強化したい。
また、学ぶだけではなく著名な料理人たちと一緒にキッチンにも立つ予定だ。どの店かは決まっていないが、私が彼らに自分のアイデアを教え、彼らも私に教えてくれる。私の店で出している黒トリュフを使ったメニューの1つは、今や京都の料理人が自分の店でも出している。同じレシピだ!
――自分のレシピを盗まれた、とは思わないのですか。
ノー。誰も盗んでなどいない。レシピを1つ差し出したら、翌週には新しい料理を考案すればいい。自分の手元で囲い続けていたら、新しいアイデアが出てくる余地がなくなってしまう。作ったら差し出して、常に新しいアイデアを探せるよう脳を空っぽにしておかないといけない。盗むのではなく、共有しているだけだ。互いに助け合い、互いの料理を褒め合う。誰かの料理に自分らしさを少し加えて、進化させていく。
【参考記事】1日だけ開店のポップアップレストラン、全米に増殖中
――逆に、自分の料理に和食の要素を取り入れると「フランス料理」でなくなるとは考えませんか。
いいや。私は「クズ(葛)」など日本の食材を多く使っているが、「フュージョン料理」ではない。私はフュージョン料理を「コンフュージョン料理」(混乱している料理)と呼んでいる。
例えば、ブーレイのメニューの1つに黒トリュフと鰹ダシ(出汁)をマリアージュさせた茶碗蒸しがある。茶碗蒸しはフランス料理では「フラン」といって、もともとはフランス人が日本人に教えたものだ。フランス人は、伝説的なシェフであるオーギュスト・エスコフィエ(1846~1935年)の時代からフランを作っていて、その少し硬めのフランを日本人が軽めにアレンジした。私が作る黒トリュフのフランは新しいわけではなく、単に(従来のフランと)食感が違うだけだ。
今は、フランスのシェフの多くが昆布、味噌、柚子などを使っている。食べている側はそれらが日本のものだとは分からないし、日本の食材は健康的という利点もある。
(左から)雲丹のキャビア乗せ、クズ製のクラッカーに黒トリュフを乗せたアミューズ、黒トリュフと鰹ダシをマリアージュさせたフラン(筆者撮影)
――和食に関心を持ったのはいつですか。
90年代後半のことだ。一度ブーレイを閉じてタイ王国の王室シェフを務めていた際、辻さん(編集部注:辻調グループ代表の辻芳樹氏)が「東京に来てください、1週間料理を教えましょう」と誘ってきた。行ってみると、1日目は丸一日ダシ作り。2日目はまた別の種類のダシ作り......。とても面白いと思い、その3年後には日本から食材を取り寄せるようになった。クズ、西京味噌、昆布、数種類の醤油や餅などだ。
和食ブームのおかげで今は当時の3倍の種類の食材が手に入るようになったが、クズやダシをフランス料理に取り入れたのは私が最初だ。現在はニューヨークにいるビジネス関係者が和食の素材に興味を持っていて、その対象はクズ、さまざまな種類の豆腐、湯葉、蕎麦、漬物など多岐に渡る。
――日本で好きなレストラン、トップ3を教えてください。
まず絶対に、京都の「天ぷら 松」。息子が店を継いでいるが、彼はブーレイで数カ月働いていたことがある。次は京都の「吉兆 嵐山本店」で、伝統が息づき完成されている。銀座の「壬生」も好きだが、ここは会員制。他にもたくさんある。銀座の「寿司幸」や京都の「未在」も好きだし、大阪の「カハラ」も素晴らしい。
――ニューヨークで1番好きな日本食レストランはどこですか。
ブラッシュストロークだ(笑)。
――ブラッシュストローク以外でお願いします!
(少し考え込んで)......ないな。(イースト・ビレッジの寿司店)ジュエル・バコはオーナーが昔私の下で働いていたので、行くとスペシャルなメニューを出してくれるが、私はあまり和食を食べに出かけない。フランス料理も外で食べない。フランス料理が食べたくなったらJFK空港に行って、フランスに飛ぶ。和食が食べたいときは、日本に食べに行く。辻さんたちのせいで、ニューヨークで和食が食べられなくなってしまった(笑)。日本のスタンダードはとても高いから。
――ブーレイが休業する際には、ブラッシュストロークも閉店するのですか。
いや、ブラッシュストロークは続けるが、レストラン自体は進化させていく。店内を3つのエリアに分けて、1つは懐石、1つはもっとカジュアルに、1つは寿司オンリーという風に。日本では寿司、懐石、天ぷら、蕎麦は別々の店で食べるものだが、アメリカ人はまだその点をよく理解していなくて、全て同じように出てくるものだと思っている。全部を少しずつつまんで、一晩で4つのレストランに行ったかのような体験を求めている。
色々試したいという人たちを変えるのは難しいと分かったので、カジュアルなエリアでは刺身や寿司、温かいメニューなど何でも試すことができる「欧米人が思うような和食」を提供することにした。一方で、別のエリアではハイレベルの懐石体験、もっと純粋な日本式を追求する。
――休業後にオープンする新「ブーレイ」はどのようなレストランになるのですか。
新しいブーレイのオープンは、2018年初めになる予定だ。とてもユニークで、私の強みが結集した夢のようなレストランになるだろう。
現ブーレイは約120席あるが、同じトライベッカ地区の別の場所に移転後のブーレイは25~30席だけのとても小規模なレストラン。ビルを買って、私は上の階に住み、1階はキッチン、2階がダイニングルーム、地下はワインセラーとバンケットルーム。土日は休みにして、料理本を作ったり、インターネットの視聴者に向けて調理したり、もっと他のことに挑戦する予定だ。
新しいブーレイの客席はカウンターテーブルの周りに設けて、カウンター越しにシェフが調理する様子や食材まで見られるようにする。私が使う料理の構成要素を学んでもらい、自宅で自分なりに使ってみてほしい。シンプルな構成要素がどのようにして料理になるのか、簡単で手早いやり方を見せたい。昨年この構想を思い立ったとき、多くの人に料理の仕方を教えられると思ってわくわくした。
ここでは、日本の懐石料理のように感性の点で最高の体験が出来ることを目指す。懐石料理を食べていると、四季や自然を体感する。料理人ではなく、自然に触れている感覚だ。新ブーレイには触り心地の良い輪島塗のテーブルを置き、魅惑的でロマンチックな空間にする。ミレニアル世代から年配の方まで、色々な人に来てほしい。
――いつかは引退する、ということを考えたことはありますか。
いや、まったくないね。
――ずっと働き続けると。
働くのではない。私がやっているのは仕事ではなく楽しみだ。私に仕事なんてものはない。今まで仕事というものをしたことがない。私は幸せ者だ。
◇ ◇ ◇
「楽しんでいる」という言葉どおり、ブーレイ氏はこれから冒険に出る少年のような表情で新店舗の構想について語ってくれた。現在のブーレイがあと数カ月で閉店というのはファンにとっては残念だが、休業期間中は日本でキッチンに立つブーレイ氏の姿が見られるかもしれない。
仕込み中の市村栄司氏(6月15日、ブラッシュストロークにて筆者撮影)
インタビューを終えてブラッシュストロークを出ようとすると、同じ店内に設けられた8席だけの人気寿司店「イチムラ・アット・ブラッシュストローク」で仕込みをしている日本人の姿が目に留まった。ミシュラン2つ星の腕を持つ寿司職人、市村栄司氏(62)だ。
「ブーレイ休業ですね」としばらく話をしていたら、なんと市村氏も今年の年末を目途に独立するという。カウンター10席の新しい寿司店「イチムラ」は、ブラッシュストロークから徒歩5分程度の69 Leonard Streetにオープン予定。工事の進み具合によって開店時期は前後するかもしれないが、今と同じように1日2回転、メニューは「オマカセ」1本で始める。ブーレイ氏が新しい挑戦をするのを機に、市村氏も心機一転することにしたそうだ。
年内の休業・独立を前に、この2店はますます予約が取りづらくなるかもしれない。生まれ変わった「ブーレイ」と「イチムラ」にも、今から予約を入れたいくらいだが。
小暮聡子(ニューヨーク支局)