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サンダース支持者はヒラリーに投票するのか? しないのか?

ニューズウィーク日本版 2016年6月17日 18時30分

<サンダースは、民主党予備選での敗北は認めず、7月の党大会まで「政治革命」を継続する意思を明らかにした。これに対して民主党指導部は、ヒラリーを支持するような明確な圧力はかけていない。ヒラリーを敵視する支持者グループの票が、トランプに向かうことを避けたいからだ>

 6月7日、ヒラリー・クリントンは、ニュージャージーとカリフォルニアという2つの重要な州の予備選で勝利をおさめ、民主党の候補指名を確実にした。

 だが対立候補のバーニー・サンダースは、敗北宣言はせず、「フィラデルフィアの党大会に戦いを持ち込む」と強く語った。この日までサンダースは「党大会で特別代議員を説得して自分への支持に乗り換えてもらい、指名候補者になる」という戦略を語っていたので、支持者たちはサンダースがまだその戦略を続けると解釈した。

 オバマ大統領はその2日後の9日にサンダースをホワイトハウスに招いて1時間以上会談し、その後公式にヒラリーの支持を発表した。サンダースも記者の取材に「ドナルド・トランプが大統領にならないよう、力の限りを尽くす」と答えた。

 大手メディアは、これを「サンダースがヒラリー支持と民主党の団結を約束した」といったニュアンスで報じた。つまり、14日にワシントンDCで行われる最後の予備選までは戦いを続けるが、その結果が明らかになる15日には敗北宣言をして、本選でヒラリーに協力することを発表するという解釈だ。

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 しかし、サンダース支持でヒラリーを強く批判してきた左寄りリベラル(プログレッシブ)メディアである「The Young Turks」のキャスター、センク・ウイグルは異なる見方をしていた。

 9日のサンダースの声明は、7日の夜の宣言よりトーンダウンしている。だから、「党大会で特別代議員を説得して指名候補になる」という戦略は変わったかもしれない。だが、サンダースの支持者が求める社会改革についての根本的な戦いをやめたわけではない、という見方だ。

「トランプ打倒のためにどんな協働ができるのかを話し合うために、近い将来(ヒラリーと)会うのを楽しみにしている」というサンダースの声明には、(副大統領のポジションとかバーモント州への予算とかいう)個人的な利益ではなく、左寄りのアジェンダを盛り込む交渉をするという意味合いが含まれている。それがセンクの分析だ。

 スピーチを聞いた時の筆者の解釈もセンクに近かった。

 サンダースは、「トランプが大統領になるのを阻止する」ためのスピーチや活動は迷いなくやるが、「ヒラリーを公式に支持する」ことは躊躇している。メディアの質問に対して、「私は自分の支持者に誰に投票しろとは言わない。彼らを説得するのは私の仕事ではない。クリントン長官(ヒラリー)の責務だ」と何度か答えているが、それは、自分を熱心に応援してくれた支持者を裏切る行為だと感じているからだろう。

 その背後にあるのは、極めてユニークな「サンダース現象」だ。



 公共ラジオ放送NPRのリポートは、サンダース現象の二面性をこう説明する。「サンダースの選挙キャンペーンは、多くの面で愛の革命であり、団結、多様性、すべての人の繁栄のメッセージでもある。だが、この表層の下にあるのは、(愛の革命と)同レベルの怒りの行使としてのサンダース・ムーブメントだ」と。

「時間がたつにつれ、サンダース現象の(怒りのムーブメントの)面が自明になってきた。サンダースの対戦相手である(ヒラリー)クリントンだけでなく、彼女が属している党、彼女の報道をするメディア、そして、サンダースの支持者の多くが信じるところの不正に操られた選挙システムに対する明白な怒りだ。」

 この怒りの行使を繰り返した結果が次の現象だ。「強固な支持者にとって、バーニー・サンダースは真実であり光である。彼らの瞳からそれが読める。だが、それだけでなく、彼らにとってヒラリー・クリントンは嘘と闇なのだ」

「BernieOrBust(バーニーでなければ、破壊)」と唱えるサンダース支持者は、ヒラリーを「嘘と闇」の権化と信じきっている。ヒラリーに投票しない理由は、彼女が「嘘つきで誤魔化し屋、ウォール街支持、石油ビジネス支持、私立刑務所支持、(シェールガス採掘の)水圧破砕法支持、モンサント(遺伝子組み換え食品の大企業)支持、上位1%の高収入者支持、プログレッシブ派のリベラルではなくマイルドな共和党にすぎない、犯罪者(電子メール疑惑)でもうじき逮捕される」からだと説明する。

 だが、これらの理由は表層的なもので、「ヒラリーには絶対投票しない」本当の動機はNPRのリポートにもあるように「陰謀説」を基づいた強い怒りだ。大差をつけてヒラリーが予備選で勝利したのに、サンダースの熱心な支持者がそれを認めないのは、「予備選で実際に勝ったのはサンダースなのに、民主党全国委員会が八百長でヒラリーの勝利を決めた」と信じているからだ。「ヒラリーには勝たせたくないから、トランプに投票する」という人までいるのは、そのせいでもある。

 だが、たったひとつの事件で、強い信念が変わる可能性はある。

 ワシントンDCの予備選の2日前に起こったアメリカ史上最悪の銃撃事件はその一つだ。

 フロリダの有名なゲイ向けナイトクラブで、49人が殺害され、53人が負傷した悲惨な事件の犯人は、両親がアフガニスタン出身の移民で、自分もイスラム教徒だった。

 イスラム教徒の入国禁止を唱えていたトランプは、ここぞとばかりに自分の先見の明をアピールし、イスラム教徒と移民への差別発言、オバマ大統領の背信行為まで匂わせた。



 だが、ヒラリーは「アメリカ合衆国は寛容で、公平な国だ。見た目が異なる人、愛し方が違う人、宗教が違う人を含め、すべての人が公平に扱われるよう子供たちに教えなくてはならない」と、アメリカの多様性を讃え、国民が手をつなぐことを訴えた。

 さらにヒラリーは、予備選でも重要なアジェンダとしていた銃規制を強く訴えた。それを評価したサンダース支持者の一部が、ソーシャルメディアでヒラリー支持を表明し始めたのだ。

 この影響もあったのか、14日のワシントンDCの予備選は、78.7%対21.1でヒラリーが圧勝した。

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 しかし、サンダースはいまだに戦いをやめるつもりはない。また、ヒラリーの副大統領のポジションも望んでいないと言われる。なぜなら、それはサンダースの情熱的な支持者の目には「sell out(裏切り)」と映るからだ。すでにヒラリーを犯罪者のようにみなしている彼らにとって、それまでにどれほどリベラルな政治家として評価されていても、ヒラリー支持を表明したとたん「裏切り者」になる。

 たとえば、エリザベス・ウォーレン上院議員は、消費者金融保護局の設立に貢献し、「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」運動の思想基盤を作ったことでも知られ、サンダース支持者から愛されていた。サンダースを最初に担ぎだしたのは、この「ウォール街を占拠せよ」運動の中心人物たちだったとも言われている。

 ところが、ウォーレンがヒラリー支持を表明したとたん、「裏切り者」「魂を売った」「自分にとってエリザベスは死んだも同じ」という非難がソーシャルメディアにあふれた。ウォーレンのTシャツを燃やしている写真をツイートした若い女性もいた。「バーニー(サンダース)がヒラリーの副大統領候補になったら、彼も裏切り者だ」という意見もすでに見かける。

 ワシントンDCの予備選の夜、ヒラリーとサンダースは90分にわたって会談したが、サンダースは「ヒラリー支持」を表明しなかった。

 そして16日の夜、サンダースは自分の支持者だけに向けてオンラインの生放送で語りかけた。(リンクを入手するためには、サンダースのサイトで申し込む必要がある)

 その内容は、9日にセンクや筆者が予想した通り、ヒラリー支持を発表するものではなく、「政治革命」を続けるという宣言だった。トランプ批判よりも、民主党が「労働者」と「若者」のための党に変わるように支持者が圧力をかけ続けることを奮起する部分のほうが長かった。そしてヒラリーについても、同意する部分が多いことを認めつつ、「著しく意見が食い違うアジェンダがある」ことを強調した。



 こういったサンダースに対し、オバマ大統領を含めた民主党の首脳陣は、サンダースに「ヒラリーを支持せよ」という直接のプレッシャーは与えていないと言われる。

 それは、サンダースの心境を思いやるだけでなく、彼の支持者に心の傷を癒やす時間を与えたいからだろう。

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 以前から民主党員だった人や高齢層のサンダース支持者は、初めて政治に参加した若者とは異なり、何よりも「経済的正義」を重視している。サンダースの友人で元選挙参謀のハック・ガットマンは、サンダースにとって主要な問題は、「労働者階級の家族」のための政策と「経済的正義」であり、「戦争や公民権運動や同性愛者や女性の権利の問題であったことはない」とNPRの取材に答えている。銃規制やLGBTと女性の人権問題よりも「経済的正義」を優先している人たちは、「トランプが大統領になることだけは許してはならない」と、しぶしぶでもヒラリーに投票する可能性がある。

 民主党首脳部とヒラリー陣営があてにしているのは、このような層だ。

 一方、陰謀説を信じているサンダース支持者の多くは、ふだんなら投票所に行かない若者だ。だから、彼らを失うのは強い打撃ではないという見方もある。

 ヒラリーと民主党がなんとしてでも避けたいのは、陰謀説を信じるサンダース支持者を挑発してトランプに投票されてしまうことだ。だから民主党は、サンダースに無理難題を突きつけられても、それを無視できないでいる。

<ニューストピックス:【2016米大統領選】最新現地リポート>

≪筆者・渡辺由佳里氏の連載コラム「ベストセラーからアメリカを読む」≫

渡辺由佳里(エッセイスト)

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