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ワンピース、キャプ翼、テトリス、辞書まで映画化!? 中国第3のバブルの実態

ニューズウィーク日本版 2016年6月21日 6時17分

<ストーリーのないゲームが実写映画化されるなど、映画やゲームの原作となる「IP」の獲得競争が中国で激化。日本のアニメ・マンガを救う福音となるかもしれないが、日本企業は罠にはまらないよう注意も必要だ> (写真は「テトリス実写化ってこんな感じになるの?」とネットユーザーが制作した写真、中国メディア「今日頭条」より)

 ここ数年、「IPバブル」という言葉が中国メディアをにぎわせている。エンターテインメント市場が急成長するなか、映画やゲームの原作となる「IP」に膨大な投資マネーが流れ込んでいるのだ。

「IP」とはいったい何か。そして、中国の「IPバブル」は日本に何をもたらし、あるいは、どのようなリスクが待ち構えているのだろうか。

限界を超えて広がる中国のIPバブル

 世界を席巻した名作パズルゲーム「テトリス」が実写映画化される。「ストーリーのないパズルゲームをどうやって映画に!?」と世界のネットユーザーがツッコミを入れているが、着々と段取りは進んでいる。予算はなんと8000万ドル。宇宙をまたにかけたSF巨編になるのだとか。ちなみに俳優は中国人、ロケ地も中国になる予定だ。

 実は、このテトリス映画化も中国を席巻する「IPバブル」の一環だ。IPとは「Intellectual property」(知的財産権)の略語だが、現在の中国では「映画やドラマ、ゲームの原作となるような知名度のある"なにか"」というぐらいの意味でよく使われている。ネット小説を実写ドラマ化した「IP劇」という言葉が火付け役だ。原作付き映画・ドラマのヒットをきっかけとして、映像化権やゲーム化権の獲得競争が勃発。戦場はネット小説以外にも広がり、テトリスまでその波に巻き込まれたというわけだ。

 テトリスの映画化だけでも十分に不思議な話だが、これ以上の奇妙なエピソードも伝えられている。先日、中国ナンバーワンの漢字字典『新華字典』の映画化権を取得した企業が現れたというニュースが伝えられた。学校で無料配布されているだけに誰もが知っている大IPだという考えなのだが、果たして漢字字典がどのような映画になるのだろうか?

【参考記事】4.3億回、中国人に再生された日本人クリエイター

 ともあれ、中国ではエンタメ企業やIT企業がIP獲得競争を繰り広げる「IPバブル」が起きており、その影響はすでに日本にも到達している。手塚治虫の名作『ブラック・ジャック』の実写ドラマ化、高橋陽一のサッカー漫画『キャプテン翼』のアニメ映画化など、中国企業による日本IP獲得が続々と発表されている。水面下で交渉が進んでいる作品はさらに多いようだ。

「海賊版大国」の中国では、コンテンツで稼ぐことは難しかった。それがIPバブルによって大きく変わろうとしている。IP獲得競争により契約金が高騰しているだけに、コンテンツの供給者にとって中国は十分旨味があるマーケットになりつつあるというわけだ。

【参考記事】海賊版天国だった中国が『孤独のグルメ』をリメイクするまで

 もっとも"交渉"の中には怪しげな話も少なくない。日本のIPを獲得できるコネを持っている、中国の大手メーカーにわたりをつけられると吹聴するも、実際にはなんのパイプも持っていないブローカーが出没しているとの話も聞いた。



 先日、人気マンガ『ONE PIECE(ワンピース)』の実写映画化のプレスリリースが流れ、ちょっとした騒ぎとなった。今の中国ならば実現しかねないとも思わせる話だが、ただちに出版元の集英社が否定し、虚偽のニュースであることが明らかになっている。記載されていた電話番号は別人のもの、メールアドレスは存在しないというお粗末な偽プレスリリースだったが、上述のような怪しげなブローカーが跋扈していることを考えると、あるいはたんなるイタズラではなく、背後には怪しげな話が存在していたのではないか......とも想像させられる。

世界一のゲーム市場、世界2位の映画市場

 中国のIPブームは日本のコンテンツ業界にどのような影響をもたらしているのか。最前線の現場に立つ株式会社アクセスブライトの柏口之宏社長に話を聞いた。

 同社は日本のコンテンツの中国展開をサポートするベンチャー企業で、2011年の創業以来、実績を積み重ねてきた。

 スマホゲーム「ロボットガールズZ」は今年2月、iPhone向けアプリ配信プラットフォームApp Storeの中国版で有料アプリランキング1位を獲得。5月には『クレヨンしんちゃん』のスマホゲームを中国でリリースし、今後も「ハローキティ」『AKB0048』などのスマホゲームのリリースがひかえている。いずれもアクセスブライトが手掛けたものだ。

 また、同社は昨年11月に中国最大の映画・テレビ番組制作企業の「光線媒体」(エンライト)と資本提携し、ゲームのみならず映像の分野にも進出した。上述した『ブラック・ジャック』の中国進出にもかかわっている。

「シュリンクが続いていた日本市場にとって、中国市場という光明が見えた。これはすばらしいことです」と柏口社長は語る。中国はすでに世界一のゲーム市場、2017年には映画でも米国を抜き世界一になる見通しだ。この巨大市場が日本のすぐ隣にあることは、コンテンツ業界にとってはなによりの福音であり、米国やヨーロッパ以上に重要な市場だと指摘する。

 中国の景気減速が伝えられているだけに、コンテンツ市場も急ブレーキがかかるのではとの不安もあるが、エンターテインメント業界の成長はむしろ今後本格化すると、柏口社長は期待を示した。「エンタメの急成長というのは、いわゆるバブルの少し後に来るんです。私は1991年にセガに入社したのでよくわかっています。外車や高級時計が買えなくなると、安い娯楽に流れていくんです」

 しかし、巨大市場の成長という光の裏側には影も存在していると、柏口社長は警鐘を鳴らす。代表的な問題としてあげたのが以下の2例だ。

 第一に、株価上昇を狙ったIP獲得。映画やゲームを作って稼ぐのではなく、IPという資産を獲得したという事実で自社株を上げることだけを目的にしている。そして第二に、みかじめ料目的のIP獲得。ゲーム化権を取得したことをたてに、すでにサービスを行っている海賊版ゲーム企業から利益の一部を取り立てることで稼いでいる。



 これらのケースではIPを獲得しても映画やゲームが実際には制作されなかったり、あるいは低品質の作品が作られてしまうことが多い。日本企業にはまとまった額のミニマム・ギャランティ(最低保証使用料)が支払われるものの、高品質な作品によってIPの価値を上げることは期待できない。焼き畑農業的なモデルとなってしまう。

 これまで中国企業はライセンス料不払いなど数々の問題を起こしてきた。日本のコンテンツホルダーの多くは、ミニマム・ギャランティさえ受け取れれば十分だとして、長期的なビジネスにしようとまでは考えていないという。「これでは急成長を続ける中国市場のポテンシャルを取り逃してしまいます」と柏口社長は危惧している。IPバブルの影響でミニマム・ギャランティの相場は高騰しているが、目先の金にとらわれず、信頼できる中国のパートナーと提携し、高品質のコンテンツで大ヒットを狙うという王道を目指して欲しいと訴えた。

中国政府もバブル過熱を懸念

 ある中国アニメ業界関係者は「IPバブルは中国にとって最後の宴」だと話していた。製造業、不動産業と続いた投資ブームの第三の波、最後の機会がコンテンツ業界なのだ、と。このチャンスをつかもうと巨額のマネーが流れ込んでいるわけだが、すでにバブルは危険な水準に達しているとも危惧されている。

 6月8日、中国証券監督管理委員会は動画配信企業・暴風集団による映画制作会社、ゲーム制作会社の買収案を不許可とした。IPの価値を過大に評価し、実際の利益や資産価値を大きく上回る買収価格を示したことが問題視された。

 また13日には、中国証券監督管理委員会は所属業種を「ネット金融、ゲーム、映像制作、バーチャルリアリティ」に変更しての新株発行を禁止する通達を公布した。不動産市場減速で経営不振のセメントメーカーが、所属業種を映像制作企業に変更、大物IP獲得を発表し株価をつり上げた上で新株発行......といった手口が横行していることを警戒したものだという。

 2015年、中国の映画興行収入は前年比49%増の440億元を記録した。前述した通り、米国に次ぐ世界2位の市場だ。ゲーム市場は23%増の222億ドルで世界一となった。中国のエンターテインメント市場は堅調な成長を続けており、日本企業にとっても見すごせない巨大市場である。その一方で、陰謀と投機マネーが飛び交い、さまざまな罠も仕掛けられたIP市場。いかにして罠をかいくぐって利益を手にするのか。日本企業の智慧と勇気が問われている。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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