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ピート・ローズの愚痴をスルーしたイチロー選手の「選球眼」 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2016年6月23日 15時50分

<ピート・ローズが付けた、日米通算の安打記録への難癖を見事にスルーしたイチロー選手。ところが、この「ローズ発言」への反動から、アメリカで今回の偉業が大きく評価された一面もある>

 マイアミ・マーリンズのイチロー選手が、日米通算で4256安打の記録を越えて4257本目を打ち「ピート・ローズを越えた」ことが、大きな話題となりました。

 これに対して、ピート・ローズ本人が「イチロー選手の記録達成まで3本」という時点で「日本の記録をカウントするのなら、自分の高校時代の安打数も入れてくれ」などと発言。さらには「タフィ・ローズ(元近鉄)が日本で55本ホームランを打ったが、アメリカではダメだっただろ」というような「屁理屈」まで付けました。

 この発言に関して一つ指摘しておきたいのは、ピート・ローズという人物の立ち位置です。ローズは、レッズの監督時代の1989年に野球賭博への「関与」を指摘され、球界から今でも永久追放が解けていない人物です。

 昨年のオールスターでは、新任MLBコミッショナーのロブ・マンフレッドから部分的な名誉回復を受け、「各球団のベスト4選手」に選出されるという形で表彰されました。とは言っても「野球殿堂」には絶対に入れないことが事実上確定しています。

【参考記事】リングと米社会で戦い続けた英雄アリが語った奇跡の一戦

 そのローズから見れば、イチロー選手というのは「すでに野球殿堂入りが確定している」わけで、何ともまぶしい存在なのです。ですから、こうした愚痴を言ってみたくなるのは、非常によく理解できます。

 もちろん、これだけの著名人ですから、この種のイヤミや愚痴というのは、基本的には我慢するべきだと思います。ですが、身から出たサビとはいえ、「名誉」を生涯取り上げられた人間として、どうしても言ってしまったのだと思います。

 ですから、このローズの発言を受けたイチロー選手が「ローズに祝福してもらえないなら自分としても興味ない」という絶妙な「スルー」を決めたのは、見事な「選球眼」だとしか言いようがありません。

 ところが、人間の心理というのは意外なもので、「ローズ発言」の反動で、イチロー選手の4257という「日本球界込みの数字」が、アメリカでも意外なほどの評価を受けた面があるのです。例えば、記録達成をしたのはサンディエゴで、イチロー選手にとっては「敵地」だったのですが、達成の瞬間には場内の電光掲示板に大きな表示がされ、観客は大変に盛り上がって祝福していました。

 また、この「日本の記録を数えるかどうか?」という点について、アメリカの球界では賛否両論が巻き起こっています。その結果として、とりあえずの平均的な理解というのは「日本のプロ野球はアメリカのマイナー以上」なのだから、イチロー選手が仮に「メジャーでの3000本安打」を達成したとして、「これにプラスして、その前に1278本のヒットを日本で打っていた」ことは、「とにかく偉大である」という評価です。



 イチローのボスであるマーリンズのドン・マッティングリー監督は、「わたしは日本の投手の水準が完全にメジャーレベルだということを知っている。だから、その日本の投手陣から打ったヒット数の価値は十分にある」という言い方をしています。これは、決して「身びいき」の発言ではないと思います。

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 ただ今回の「記録騒動」、そしてすでに「あと17本」に迫った「メジャー3000本達成」を前にしてイチロー選手の評価はジワジワと上昇していますが、それはローズ発言の反動だけではありません。42歳をむかえたイチロー選手の、特に今シーズンの野球に取り組む姿勢に対して、全米の野球ファンがあらためて注目しているのです。

 年齢を感じさせない打撃、守備、走塁、そしてそうしたパフォーマンスと体型を維持するための「極めてハイレベルの自己管理」をしていると思われること、加えて「第四の外野手」としてレギュラーポジションを与えられていないながらも、準備を怠らず、自分の役目を果たしている姿勢、そのすべてが全米の野球ファンに畏敬の念を起こさせているのです。

 はるか昔のことですが、私はシアトル時代のイチロー選手が「日本からのプレッシャー」で「安打数を伸ばす」ことを宿命付けられており、そのために出塁率が犠牲なっていることを残念に思っていました。またそのことを理由に、将来の「殿堂入り投票」では「一発」はあっても「満票には程遠い」という見通しを持っていたのも事実です。

 ですが、今シーズンのイチロー選手は違います。静かなオーラを放つその姿は、すでに「レジェンド」のレベルになっていますし、もしかすると将来の「殿堂入り資格1年目」の投票では限りなく満票に近い(アメリカの野球記者には個性的な人が多いので、100%は事実上不可能ですが)票を獲得するのではと思わせる凄みがあります。

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