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ドイツ発「インダストリー4.0」が製造業を変える

ニューズウィーク日本版 2016年6月23日 17時28分

スマート工場でデジタルバリューチェーンを構築

 インターネットや人工知能といったデジタル技術を駆使して、モノづくりや産業界、ひいては社会に革新をもたらそうとする「インダストリー4.0」が注目を集めています。これは2013年4月にドイツが国を挙げたプロジェクトとして提唱したもので、第4次産業革命とも呼ばれます。

第1次~第3次とは様相の異なる「第4次産業革命」

 第1次産業革命は、水力・蒸気機関の活用、自動織機などの機械製造設備の導入といった形で18世紀末にイギリスで起こりました。

 20世紀初めにはアメリカで第2次産業革命が起こり、電力を使った大量生産が始まりました。工場で労働者がそれぞれの持ち場で部品を組み立てるという分業体制を敷くことで生産効率が大きく向上したのです。

 そして、1970年代初めにはエレクトロニクスやIT技術を活用した第3次産業革命が勃興。産業用ロボットや自動化装置によって、生産の効率も精度も高まっていきました。

 第1、第2の産業革命は物理的な技術、いわばモノづくりを高度化、複雑化させ、第3の産業革命はデジタル技術を取り入れることで成し遂げられました。歴史的にはインダストリー4.0はこれら3つの産業革命の上に成り立つものですが、物理的技術とデジタル技術を融合しているという点で今までの産業革命とは性質が異なります。ソフトウェアを上手に使いながらモノづくりの生産効率をさらにアップさせることで、社会に革命的な変化をもたらそうという壮大なビジョンがそこにはあるのです。

第4次産業革命は物理的技術とデジタル技術を融合。それまでの産業革命と次元の違うダイナミックな変化をもたらす。(『決定版 インダストリー4.0――第4次産業革命の全貌』p.23の図を参照・改変して作成)

部品が自律的に動いて完成品となる

 インダストリー4.0が目指しているのは「サイバー・フィジカル・システム(CPS)」を通じた製造現場のベストマッチング、すなわち「スマート工場」の実現です。

【参考記事】ドイツ発の新産業革命「インダストリー4.0」の波に乗ろうとする中国企業と、動きが鈍い日本企業

「サイバー」は人工知能やIT、「フィジカル」は現実や現物、工場現場を意味します。工場の情報をデジタルデータに変換して集約し、そこに人工知能などITの力を加えることで、設計、生産計画、物流、部品の供給から調達までを最も効率よくスピーディに行おうというのです。

 例えば、生産情報を製造機械だけでなく個別の部品にも組み込めば、消費者のオーダーに応じて部品が自発的に加工・組立機械の元へ移動し、自分自身を自ら完成させるといった完全自動化も可能になるでしょう。

 Aさんのオーダーした大型セダンと、Bさんのオーダーしたコンパクトなスポーツカーを1つの工場で効率よく、迅速に、しかもコストを抑えて製造する、そのようなことが現実となるのです。製造品が自律的に動くわけですから工場の大規模な製造ラインが要らなくなり、企業の設備投資の縮小も期待できます。

国全体を1つの仮想工場に見立てる

 インダストリー4.0やスマート工場は、IoT*やIoS**の一部を構成する概念であると言えます。モノがインターネットにつながり、データの集合につながり、ひいてはモノ同士がつながっていく。"製造するモノ"と"されるモノ"がつながり、最も効率的な生産を実現すべく自律的に動いていく。その実現手段が、モノと情報をつなぐCPSなのです。

【参考記事】 GEがボストンに本社を移し、日本企業は標準化の敗者となる



 そうしてスマート化した工場同士を連結すれば、従来のバリューチェーンがデジタル化したデジタルバリューチェーンが完成します。各工場の情報システムをつないで、最終的に国全体を1つの仮想工場に見立て、国家の基幹産業である製造業を包括的に効率化することがインダストリー4.0の目標です。

 これを推し進めて、ドイツ国内だけでなく海外にもインダストリー4.0の技術を使った工場が増えればグローバルな水平展開も見込めます。従来のバリューチェーンがデジタル化される、すなわちデジタルバリューチェーンが構築できれば自国のスマート工場と基盤を同じくするスマート工場が増えるので、それだけ連携先も増えることになり、これもまたドイツにメリットとなるわけです。

インダストリー4.0はエコロジーも推進

 また、スマート工場のシステムや設備、機器などを丸ごとドイツに発注したい新興国の企業が出てくるかもしれません。買い替えや他のブランドへの乗り換えが容易にできる消費財と違って、工場となるとそう簡単に代替できません。最初の設備投資もさることながら、メンテナンスやバージョンアップも含めて長期的で安定した利益をもたらすでしょう。インダストリー4.0ビジネスは輸出産業としても将来性が期待されているのです。

 さらにもう1つ付け加えるとするなら、スマート化が実現すれば生産や廃棄のロスを減らせますし、そもそも本当に必要なものを作っているかを問い直すリデュースも促進されます。ですからインダストリー4.0はエコロジーを推進するものでもあります。

 ドイツは2018年までにインダストリー4.0のプロトタイプを完成させ、2020年までに一部をマス・カスタマイゼーション化した工場を自国の工場内で操業するという計画や、2035年までにはインダストリー4.0を産業全体に適用するという研究ロードマップを発表しています。***

 そうなると製造現場で今以上に機械やロボットが関わるようになりますが、ドイツは全てを機械任せにしようとは思っていません。デジタル化することで効率的な製造を可能にしようとしているだけで、従業員の再教育や学校教育の変革を通して人間はよりクリエイティブな新しい仕事を担うことが望まれています。

 世界に通じる革新的な産業を自分たちで作り上げ、それを伝播させていく。インダストリー4.0はモノづくり大国ドイツの野心的な取り組みを示すものといえるでしょう。



インダストリー4.0の背景にあるのはITの発展、コスト上昇、ニーズの多様化


 インダストリー4.0が生まれた背景には、ドイツが製造業の分野で直面する3つの環境変化があります。

 1つは情報通信技術、インターネットの発展です。アメリカのIT企業を中心にクラウドコンピューティングやビッグデータを活用した製造業の新しいビジネスモデルが急成長しています。そうしたIT企業の下請けとして部品の製造や組み立てに従事するだけでは旨みがありませんし、低価格競争に巻き込まれることへの危機感もあります。これを打破するためにドイツは新しいモノづくりを主導することを考えているわけです。

 2つ目の変化は生産コストの上昇です。東欧諸国やアジア新興国が生産拠点として台頭する一方、ドイツ国内では原発の廃止などでエネルギーコストが上昇。生産効率性を高める必要に迫られています。



 3つ目が消費者ニーズの多様化です。安く、大量にモノを作って売る大量生産では勝てないと考えたドイツは、多様化するニーズを満たすビジネスに新たなチャンスを見出しています。そこでカスタマイズ化による高付加価値製品の製造(マス・カスタマイゼーション)、複雑な新製品の迅速な市場投入、そしてコスト競争力を高めるためにこれらを大量生産と同じ程度のコストで実現する技術と仕組みを整備しなければなりません。それには製造現場のスマート化が欠かせないというわけです。

マス・カスタマイゼーション=消費者起点のモノづくり

 インダストリー4.0のセンターポイントでもあるマス・カスタマイゼーションは、消費者起点のモノづくりと言い換えることができます。

 従来のようにメーカーが作った商品ラインナップで見せるのではなく、消費者が作りたいものを発想し、それをベースに工場が動き出せばこんなに面白いことはありません。実際、服飾産業ではそのようなスタイルのモノづくりが始まっていますが、これを複雑な工業製品についても実現しようというのがインダストリー4.0の狙いです。

 先ほどの自動車製造の例でいえば、AさんとBさんのクルマは車体の色や装備品など個別のカスタマイズを施すこともできるようになります。自分にぴったり合ったもの、あるいは世界に1つしかないものという視点で、消費者が本当にほしい製品を購入できるようになる。これこそが高付加価値の提供なのです。

 さらに、スマート化によって今より手厚いアフターサービスが実現することも予想されます。クルマのエンジンに組み込んだセンサーから、メーカーはエンジンの日々の稼働状況や摩耗状態などを把握できます。そのデータから、もしAさんのクルマに不具合が起こる可能性があると判断されれば、ただちに点検を勧めることができるでしょう。

 製品を売ったら終わりという従来のビジネスモデルから脱却し、デジタル技術を駆使したアフターサービスでより使い心地を高めていく、製品をより長く使ってもらうビジネスモデルへと移行していくわけです。

ソフトウェアを活用してベストマッチングを実現する

 では、メーカーは具体的にどのような付加価値を提供すればいいのか。スマート化で生み出される付加価値とはどのようなものなのか。

 例えばここにキャンディのいっぱい入った透明の容器があるとしましょう。もっとキャンディを入れようと思っても、もう入りきらないので別の容器に入れるキャンディを作ろうと考えます。これが従来のビジネスモデルです。

 けれども、ガサガサと容器を振るとキャンディの間のすきまがなくなって全体のかさが減りますね。満杯と思ったけれどもそうじゃない、まだまだ入る。これが新しいビジネスモデルの考え方です。つまり、最適な状態にまで持っていくことで限られた資源を最大限有効に使うということ。これこそがベストマッチングであり、そこで生まれるものが付加価値なのです。

 ガサガサと容器を振る、つまり効率を最大限まで追求するのは人工知能やビッグデータといったソフトウェアです。センサーを活用してモノとモノをつなぎ、モノとソフトウェアが連動することで"ガサガサ"が行われてベストマッチングがはじき出される。そこに付加価値が生まれて人々がメリットを享受するわけです。

 インダストリー4.0は人間が培ってきたテクノロジーの1つの到達点であり、それをどう使っていくかが問われます。付加価値そのものも、時代ごとの新しい価値観の元で常に編み直されるはずです。なので一概に提供すべき付加価値はこれだということは言えないのですが、いずれにせよソフトウェアの活用なくしては付加価値の創出そのものが難しい時代になっていくことは間違いないでしょう。これは企業が中長期の展望を描く上で押さえておきたいポイントと考えます。

WEB限定コンテンツ
(2015.12.8 港区の三菱UFJリサーチ&コンサルティング 本社オフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Tomoyo Yamazaki

※インタビュー後編:インダストリー4.0やIoTが生み出す付加価値とは

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社はコンサルティング事業、国際事業、政策研究事業、人材開発事業、会員事業、マクロ経済調査などを展開している。資本金20億6千万円、従業員数約700名、コンサルタント数約400名。
http://www.murc.jp


* IoT
Internet of Things/モノのインターネット

** IoS
Internet of Services/サービスのインターネット

***フラウンホーファー研究所(ドイツ)などの試算によると、インダストリー4.0への取り組みにより、ドイツ国内だけで2025年までに11兆円の経済効果がもたらされ、経済成長率は1.7パーセント上昇すると予想されている。



尾木氏の著書『決定版 インダストリー4.0――第4次産業革命の全貌』(東洋経済新報社)では、最先端のデジタル技術がビジネスを激変させる未来図を分かりやすく解説している。



尾木蔵人(おぎ・くらんど)三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 国際営業部副部長。ドイツ連邦共和国ザクセン州経済振興公社日本代表部代表。1985年東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行。ドイツ、オーストリア、ポーランド、UAE、英国に合わせて14年駐在。日系企業の海外進出支援に取り組み2005年ポーランド日本経済委員会より表彰。日本輸出入銀行(現・国際協力銀行)出向。アジア諸国向けIMF、世界銀行、アジア開発銀行協調融資等担当。2014年より現職。日本経済調査協議会 人工知能研究委員会 主査、企業活力研究所 ものづくり競争力研究会 委員、IVI(インダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブ)学術メンバー。


※当記事はWORKSIGHTの提供記事です





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