<東欧で領空侵犯などを繰り返すロシアを牽制するため、NATOがポーランドで史上最大級の軍事演習を行った。これで新冷戦が避けられるのか>
ロシアと国境を接するNATOの「前線国家」ポーランドで、冷戦終結以降最大級の軍事演習「アナコンダ」が実施された。6月16日まで10日間にわたって行われた訓練には、米兵1万4000人をはじめ、24カ国の3万1000人の兵士が参加。NATOの東端の防衛力を見せつけた。
そこに込められたメッセージは明らかだ。「ロシアよ、見るがいい、アメリカとその同盟国は北大西洋条約の定める責務を果たし、東欧諸国を守り抜く覚悟だ」
【参考記事】もし第3次世界大戦が起こったら
米軍発表によると、演習の目的は「戦闘力を配備・集結・維持する同盟の防衛能力を示し、安全保障と戦争抑止のための諸策を補強する」ことだ。
もしもロシアが攻めてきても、アメリカがついているから大丈夫――ポーランドはじめ、NATOの東側の国々はそんな力強いメッセージを受け取ったことになる。
ロシアがクリミアを編入し、ウクライナに侵攻して以来、NATOの東欧の加盟国はロシアの動きに神経を尖らし、NATOの集団防衛という「盾」を強く求めるようになった。歴史を振り返れば、その懸念は理解できる。
【参考記事】戦争の時代:ロシアとの最終戦争は回避できるか
頭の中は帝政ロシア?
ロシアは帝政時代に占領した東欧諸国を今でも自国の裏庭とみなしている。帝政ロシアは絶頂期には1日約230平方キロのペースで領土を拡大した。1896年までには、皇帝ニコライ2世は「すべてのロシア人を治める皇帝にしてモスクワ大公国の君主、ポーランド、キエフ、リトアニア、フィンランド、エストニア、ブルガリアその他多くの国々の支配者」の称号を誇るようになった。
ロシアは今でもこれらの国々をまともな主権国家と認めず、かつての属国か衛星国とみなしている。
これらの国々の多くはNATOの加盟国で、今では西側に属しているが、帝政ロシア、さらには旧ソ連の支配下に置かれた苦難の歴史から、ロシアの拡張主義に対する警戒感は強い。
【参考記事】新冷戦へNATO軍がポーランドで軍備倍増
バルト3国(ラトビア、リトアニア、エストニア)はいずれも小国で、地理的に他のNATO加盟国と切り離されている上、国内にかなりの数のロシア系住民を抱えている。バルト3国は今、軍事力の行使とは異なる、ソフトな脅威に直面している。積極工作と呼ばれる手法だ。近頃では、こうした工作による介入を「ハイブリッド戦争」と呼ぶことも多い。
積極工作は一種の情報戦だ。偽情報、プロパガンダ、世論操作などを通じて、外国の政府や人々の行動に影響を与える。旧ソ連時代には、KGBが特定の地域を不安定化するために盛んにこの手法を行った。
ロシアは今、バルト3国にさまざまな積極工作を仕掛けている。メディアを通じた世論操作もその1つだ。ロシア政府の支援を受けたロシア語メディアがロシア系住民やロシア語を話す住民に向けて日々、ロシア寄りのメッセージを流している。
ロシアマネーの影響も見逃せない。キプロスの金融危機以降、ロシアの特権階級や犯罪組織がラトビアに資金を逃避させるようになった。ロシアマネーが流入すれば、ロシアの影響力が強まるのは必然の成り行きだ。
目に見えない工作に加え、あからさまな軍事的恫喝も辞さない。ここ2、3年、ロシア軍機がエストニアなど周辺国の領空をたびたび侵犯、最近ではバルト海の公海上で訓練中の米駆逐艦にロシアの戦闘爆撃機が異常接近するなど挑発的な行為を繰り返している。
こうした脅威に対し、NATOにはロシアと国境を接する加盟国を守る準備ができているだろうか。
挑発にはあらゆる抵抗手段
プーチンは旧ソ連時代の戦略である積極工作を復活させ、帝国主義的な拡大プランに巧妙に組み込んできた。バルト3国はじわじわと着実にロシアの影響下に絡めとられつつある。ウクライナとクリミアの場合は、ソフトな介入にとどまらず、軍事介入にまでつながった。拡張主義の政策はプーチンにとってはただの「常識」かもしれないが、NATOの存在意義は、加盟国が帝国主義的な野望の標的になったときに集団で防衛することにほかならない。
だからこそアナコンダが必要だ。ロシア政府はこの演習はロシアとNATOの緊張を高めるものだと批判する。ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、ロシアはNATO加盟国に対して何の脅威も及ぼしていない、だからこの演習は正当化できない、と語り、こう付け加えた。「ロシアの安全と主権を守るため、挑発に対してはあらゆる手段を用いて対抗する」
NATOの抑止力が効果的であるためには、ひとたび攻撃を受ければ同等以上の軍事力で対抗するという信用を保つことが欠かせない。
アメリカが同盟国の安全保障に責任を持つことを信じてもらえなくなれば、ロシアの侵略に道を開くことになる。
This article first appeared on the Daily Signal.
Luke Coffey is director of the Allison Center for Foreign Policy Studies at The Heritage Foundation.
ルーク・コフィー
ロシアと国境を接するNATOの「前線国家」ポーランドで、冷戦終結以降最大級の軍事演習「アナコンダ」が実施された。6月16日まで10日間にわたって行われた訓練には、米兵1万4000人をはじめ、24カ国の3万1000人の兵士が参加。NATOの東端の防衛力を見せつけた。
そこに込められたメッセージは明らかだ。「ロシアよ、見るがいい、アメリカとその同盟国は北大西洋条約の定める責務を果たし、東欧諸国を守り抜く覚悟だ」
【参考記事】もし第3次世界大戦が起こったら
米軍発表によると、演習の目的は「戦闘力を配備・集結・維持する同盟の防衛能力を示し、安全保障と戦争抑止のための諸策を補強する」ことだ。
もしもロシアが攻めてきても、アメリカがついているから大丈夫――ポーランドはじめ、NATOの東側の国々はそんな力強いメッセージを受け取ったことになる。
ロシアがクリミアを編入し、ウクライナに侵攻して以来、NATOの東欧の加盟国はロシアの動きに神経を尖らし、NATOの集団防衛という「盾」を強く求めるようになった。歴史を振り返れば、その懸念は理解できる。
【参考記事】戦争の時代:ロシアとの最終戦争は回避できるか
頭の中は帝政ロシア?
ロシアは帝政時代に占領した東欧諸国を今でも自国の裏庭とみなしている。帝政ロシアは絶頂期には1日約230平方キロのペースで領土を拡大した。1896年までには、皇帝ニコライ2世は「すべてのロシア人を治める皇帝にしてモスクワ大公国の君主、ポーランド、キエフ、リトアニア、フィンランド、エストニア、ブルガリアその他多くの国々の支配者」の称号を誇るようになった。
ロシアは今でもこれらの国々をまともな主権国家と認めず、かつての属国か衛星国とみなしている。
これらの国々の多くはNATOの加盟国で、今では西側に属しているが、帝政ロシア、さらには旧ソ連の支配下に置かれた苦難の歴史から、ロシアの拡張主義に対する警戒感は強い。
【参考記事】新冷戦へNATO軍がポーランドで軍備倍増
バルト3国(ラトビア、リトアニア、エストニア)はいずれも小国で、地理的に他のNATO加盟国と切り離されている上、国内にかなりの数のロシア系住民を抱えている。バルト3国は今、軍事力の行使とは異なる、ソフトな脅威に直面している。積極工作と呼ばれる手法だ。近頃では、こうした工作による介入を「ハイブリッド戦争」と呼ぶことも多い。
積極工作は一種の情報戦だ。偽情報、プロパガンダ、世論操作などを通じて、外国の政府や人々の行動に影響を与える。旧ソ連時代には、KGBが特定の地域を不安定化するために盛んにこの手法を行った。
ロシアは今、バルト3国にさまざまな積極工作を仕掛けている。メディアを通じた世論操作もその1つだ。ロシア政府の支援を受けたロシア語メディアがロシア系住民やロシア語を話す住民に向けて日々、ロシア寄りのメッセージを流している。
ロシアマネーの影響も見逃せない。キプロスの金融危機以降、ロシアの特権階級や犯罪組織がラトビアに資金を逃避させるようになった。ロシアマネーが流入すれば、ロシアの影響力が強まるのは必然の成り行きだ。
目に見えない工作に加え、あからさまな軍事的恫喝も辞さない。ここ2、3年、ロシア軍機がエストニアなど周辺国の領空をたびたび侵犯、最近ではバルト海の公海上で訓練中の米駆逐艦にロシアの戦闘爆撃機が異常接近するなど挑発的な行為を繰り返している。
こうした脅威に対し、NATOにはロシアと国境を接する加盟国を守る準備ができているだろうか。
挑発にはあらゆる抵抗手段
プーチンは旧ソ連時代の戦略である積極工作を復活させ、帝国主義的な拡大プランに巧妙に組み込んできた。バルト3国はじわじわと着実にロシアの影響下に絡めとられつつある。ウクライナとクリミアの場合は、ソフトな介入にとどまらず、軍事介入にまでつながった。拡張主義の政策はプーチンにとってはただの「常識」かもしれないが、NATOの存在意義は、加盟国が帝国主義的な野望の標的になったときに集団で防衛することにほかならない。
だからこそアナコンダが必要だ。ロシア政府はこの演習はロシアとNATOの緊張を高めるものだと批判する。ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、ロシアはNATO加盟国に対して何の脅威も及ぼしていない、だからこの演習は正当化できない、と語り、こう付け加えた。「ロシアの安全と主権を守るため、挑発に対してはあらゆる手段を用いて対抗する」
NATOの抑止力が効果的であるためには、ひとたび攻撃を受ければ同等以上の軍事力で対抗するという信用を保つことが欠かせない。
アメリカが同盟国の安全保障に責任を持つことを信じてもらえなくなれば、ロシアの侵略に道を開くことになる。
This article first appeared on the Daily Signal.
Luke Coffey is director of the Allison Center for Foreign Policy Studies at The Heritage Foundation.
ルーク・コフィー